闇闘技場とオレ②
「闇闘技場?」
意味がつかめなくて、もう一度聞き直す。
「非合法の闘技場のことさ」
先ほどの件で拗ねているクレイが横からボソリと言う。
「非合法……?」
「そう、国や剣闘士協会の管理下に無い私的な闘技場のことだ」
オーリエが肯定すると、クレイが話を繋げる。
「法もルールもあったもんじゃない。何でもありの恐ろしい世界さ。女、子どもが覗きに行くには、ちと刺激が強すぎると思うけどな」
「そ、そうなのか?」
「ああ、お前達みたいなのが行ったら、おかしな薬を嗅がされて、気がついたら、厭らしい腹の太った金持ちに買われてたなんてことになりかねない」
ニヤニヤしながら脅すような口調でクレイが言う。
変なこと言うなよ。
見ろ! 想像して、ユクは真っ赤になるし、ディノンは興奮で鼻息が荒くなってるぞ。
「さすがに、そこまでは言い過ぎだと思うが、危険なことには変わりはない」
オーリエはオレとユクを交互に見ながら続ける。
「リデル達をそんな危険な目に会わせる訳にはいかないからな。途中からは別行動をしよう」
オーリエ、本気で行く気なんだ!
「お嬢、俺は反対です。そんな危険なところに俺は連れて行けない」
「ディノン、別にお前に付いて来いとは言ってない。一人で行くからお前に迷惑はかけない」
それ、護衛役として最大の迷惑じゃ……。
絶望的な顔をするディノンに密かに同情した。
「だが、何でそんなところに行きたいんだ?」
クレイが唐突に疑問を投げかける。
それは……と口を開きかけて、オーリエは押し黙る。
「え、教えてよ~」
クレイから視線で合図を受けて、オレは精一杯、可愛らしく演技して訊いてみる。
「……恐ろしく強い奴がいると聞いた」
はぁ……やっぱり、このパターンか。
オーリエのこと、ヒューの女性仕様って言っちゃうぞ。
「それは気になる情報ですね」
ほら、ヒューが反応した。
「やはり、ルーウイック様だ。話が早い」
「私のことはヒューと呼んでください。確かに貴女とは気が合うようだ」
「では、私のこともオーリエと」
なんか盛り上がってるけど、怪しい方向に話が進んでる気が……。
「戦闘馬鹿の言うことはおいといて、リデルはどうする?」
意気投合する二人に半分呆れながら、クレイがオレに訊く。
「もちろん、行くさ。オレもちょっと興味あるし」
お前もか、という非難めいた目でオレを見つめたが、口から出た言葉は真逆だった。
「オーリエ、闇闘技場の場所は知ってるのか?」
「いや、具体的な場所までは……」
「そうか、なら俺に任せろ。少し当てがある」
「クレイ!」
クレイの申し出にディノンが噛み付く。
飲み込んだ台詞は、『余計なことするんじゃねえ!』だ。
「クレイと言ったか? それは助かる。ぜひ、お願いしたい」
オーリエは期待に満ちた表情でクレイへ微笑む。
お、ほんの少しクレイの好感度が上がったような……。
結局、ディノンの反対意見は封殺され、クレイが情報を持って戻るまで帝都観光をすることとなった。
帝都は宮殿を中心に主要道が放射線状に八つの外門まで張り巡らせされている。
そして、宮殿の囲むように神殿、兵衛府、都庁舎などの主要な施設が立ち並んでいた。
定番コースをヒューに案内されて、都内を見て廻っていると、オーリエが気付いたように話し出す。
「申し訳ないが、父がお世話になった方に一言挨拶しに行っても良いだろうか」
どうせ待ち時間だし、断わる理由もなかった。
オーリエが向ったのは大神殿だった。
「じゃ、ひとっ走り行って相手の都合を聞いてきますよ」
そう言うとディノンは神殿の中へと消えた。
考えてみると両護衛とも護衛対象のオレ達を置き去りにして出掛けてるんだけど、大丈夫なのか?
ま、いなくても、さして困らないけど。
待っている間、暇を持て余していると、にこにこしながらユクが不意にオーリエへ話しかける。
「それにしても、良かったですね。オーリエさんが元気になって」
ユク……まさか。
「ユク、それはどういう意味だ?」
オーリエが不思議そうな顔をする。
「え、だって、武術の授業の後、とても話しかけられる雰囲気じゃなかったですもん。あたし、これでも凄く心配してたんですよ」
とたんに、オーリエの表情は曇る。
やばっ、ユク天然過ぎるぞ。
か、可愛いけど、今それはまずい。
せっかく、気持ちが上向いてたっていうのに……よし、ここは強行策で。
「全く、デイブレイク隊長もひどい奴だよな。何もあんな言い方しなくても良かったのに」
「うん、あたしもそう思いました。ちょっとひどいです」
オレとユクが口をそろえて、デイブレイクを非難していると、オーリエは慌てたように口を挟む。
「いや、デイブレイク隊長は全然悪くない。むしろ、優しい人だ」
優しい?
あれのどこを見たら、そんな感想が出る?
「私に対して手加減せずに闘ってくれて、しかも私の弱さを気付かせてくれたんだ……」
はぁ? いったい何、言っちゃってるの、オーリエ。
驚いて、彼女の顔を見ると、ほんのりと顔が赤い。
も、もしかして、オーリエ!
あんた、あんな融通の利かない堅物に……?
「もっと腕を上げて再戦したら、今度こそ叩きのめしたいと思ってる」
言ってることは物騒だけど、その目は恋する乙女の目だよ。
「そうなんだ、頑張ってくださいね。あたしも応援してますから」
「ああ、ユク。ありがとう」
笑い合う二人に、何故かオレは謎の脱力感に襲われていた。
とにかく、ディノンがいない時で良かった。
あいつがいたら、余計ややこしいことになってたに違いない。
オレが思うに、ディノンの奴、絶対オーリエに惚れてる。
オレの女性(?)の勘がそう告げていた。
奴のことだ、顔を赤らめるオーリエなんかを見たら、卒倒してたかもしれない。
「おーい、お嬢!」
噂をすれば影がさすって言うのはホントだ。
ディノンが神殿から息を切らして走ってくる姿が見えた。
それはまるで、主人の言いつけを一生懸命守る忠犬のように見えて、ちょっとばかり切なく映った。
「残念ですが、パティオ司祭は多忙のためお会いできないそうですぜ」
「そうか、ぜひご挨拶したかったが、仕方が無いな」
「オーリエ、それって誰?」
いいかげん、新しい人物名を覚えるのに疲れを感じてきたけど、念のため確認する。
「お若いながら、大神殿の責任者で、実質上の帝都での宗教部門の取りまとめ役です」
オーリエに代わって、ヒューが答えてくれた。
「って言うことは?」
「はい、行政はケルヴィン局長、軍事はデイブレイク隊長、宗教はパティオ司祭……このお三方で帝都を動かしているのです」
だ、大丈夫なのか、この国?
若造三人で、取り仕切って、大過なく運営できてるのだろうか。
「三人とも、大変優秀な方ですから、問題も起こっていないようですよ」
オレの表情を読んで、ヒューが補足してくれた。
けど、正常な状態とは、とても言えない。
今回の姫様探しに躍起になっている理由が、ほんの少しわかったような気がした。
この国の行く末や目の前のディノンの不憫さを憂いていると、ディノンと目が合う。
「リデルさん、そんなに俺のこと、じっと見て俺の顔に何か付いてます?」
「いや、別に……」
まさか、想いが叶うことのないお前が憐れ過ぎて、切なさを感じていたとは、決して言えない。
「……! リデルさん、ごめん。気持ちは嬉しいけど、俺には好きな女がいるんだ」
はぁ?
何、勘違いしてんだ。
そこまで、自分がモテル男だと思ってんのか、こいつ。
「ないない。絶対ない。世界が終わっても、それはない!」
オレが全力で否定しても、ディノンは生暖かい目で頷く。
「いいって、照れなくても。リデルさんほどの美少女なら、一夜だけの素敵な思い出ぐらいなら作ってあげ……ほげっ」
オレのパンチを受けて、綺麗な放物線を描いてディノンは吹き飛んだ。
全く、ディノンといい、レオンといい、どうして人の話を聞けないんだ。
自分の都合の良いように聞こえる耳を持っていやがる。
「リデル、みごとだな。格闘術に心得があるのか?」
オーリエが目を丸くして興味深そうに近づいてくる。
あのぉ……倒れてるディノン君は心配しないんですか?
本気でオーリエの視界に奴の存在は入っていないようだ。
……ディノン、悪いことは言わん、諦めろ。
脈は、全くないぞ。
無様にひっくり返っているディノンに心の中で語りかけた。




