闇闘技場とオレ①
「何も安息日に、しかも壁外にわざわざ出掛けなくてもいいんじゃないのか」
宮殿のエントランスでオーリエ達と待ち合わせているオレに、クレイが面倒そうに言った。
「えっ、だって……せっかく帝都に来たんだし、あちこち行ってみたいだろ?」
「思うほど、たいした場所じゃないぞ」
やる気のなさそうなクレイを見ながら、ヒューがくすくす笑う。
「クレイはですね。リデルを宮殿に置いて、一人で遊びに出ようと思ってたんですよ。あてが外れて、くさってるんです」
「おい、ばらすなよ」
慌てたようにオレを見る。
「ふ~ん、オレ抜きで遊ぶって、どこへ行くつもりだったんだ?」
「お子様のお前には、立ち入り禁止の場所さ」
オレのじと目を軽くスルーして、平然と答える。
クレイめ、開き直ったな。
嫌味の一つでも言ってやろうとした時に声がかかる。
「待たせたな、リデル」
簡易な武装を身につけたオーリエだった。
流麗な女騎士といった風体に見える。
帝都は朝晩、冷え込むようになってきたけど、まだ比較的暖かいので、オレもユクもそれほど厚着していない。
ただ、壁外の街で目立たないように平素な格好をしていた。
まぁ、ユクは清楚な美少女だから、何を着ていても目立つだろうけど。
宮殿に入ってから、テリオネシスの剣を持たせてもらえてないので、今は武装をしていない。
ちょっと心許ないけど、クレイとヒューがいるから大丈夫だろう。
シンシアとソフィアは今回、留守番役として残っているので、今頃は姉妹で情報交換してるに違いない。
きっと、シンシアはオレのしでかした悪行をソフィアに言いつけてる気がする。
「クレイ!」
突然、大きな声がした。
振り向くと、ディノンが喜色満面の笑顔でクレイに近づいてくる。
「なんだ、ディノンじゃないか」
一方のクレイも懐かしそうに歩み寄る。
抱き合う距離で互いの片腕を、がしっと交差させると不敵な笑みを浮かべて笑い合う。
「久しぶりだなクレイ」
「ディノン、お前こそ少しも変わらないな。相変わらず、女の尻を追っかけてるのか?」
「当たり前だろう……そういうお前はどうなんだ。ぞっこんの彼と上手くやってるのか?」
ぞっこんの彼?
オレが怪訝な顔をすると、ディノンが補足する。
「いやぁ、リデルさん。クレイの奴には、ぞっこんの彼がいましてね。俺と会うたびにそいつの話をするんですよ」
「おい、いいかげんにしろ」
クレイが焦りまくって制止する。
「俺は最初、てっきり自分の彼女の話をしてるんだと思ってたら、男でしかも同僚だなんて、真剣ドン引きましたよ」
それって……まさか。
オレのこと?
「リ、リデル。誤解するな! 俺はあくまで友人として話題にしていただけで、断じて、そういう気があった訳じゃない」
クレイにしては、珍しく慌てまくっている。
過去の逸話の数々を思い出すとあまりにグレーゾーンで、クレイの言い分に説得力がない。
オレが白い目でクレイを睨んでいると、場の空気を読んだディノンが取り繕うようにクレイの擁護に回る。
「あ、でもリデルさん。クレイが気にしていたのは、そいつ一人だけで、決して男好きってわけじゃないんです。だから、今あんたと付き合ってるんなら、真っ当な道に立ち戻ったと安心していいと思いますぜ」
悪いけど、ディノン……それ全然フォローになってないから。
けど、ユクもオーリエも目を丸くしているし、ヒューは笑いを抑えるのに必死な様子なので、とりあえず我慢することにした。
ところで、傭兵時代にオレは髭団長にあったことがあると前に言ったけど、それはオレとクレイの所属していた傭兵団と髭団長とこのグレゴル傭兵団とが、ある作戦のために共同戦線を張ったことがあったからだ。
クレイとディノンはその折に知り合ったらしい。
えっ、オレはどうしてたかって?
実は病気で寝込んでたんだ。
今でも時々、急に体調が悪くなる時があるんだけど、昔から結構デリケートな体質らしい。
ホント、クレイの丈夫な身体が羨ましいよ。
その時はホントに起き上がれないほど調子が悪くて、半月ほど床に着く羽目になった。
だから、クレイからグレゴルに面白い奴がいたとは聞いていたけど、面識はなかったんだ。
逆にあいつもオレのことは知らないから、面倒なことにならなくて好都合だけど。
「そうか、二人は旧知の仲だったのか。親しそうだな」
オーリエの視線が、なんとなく冷ややかに見えた。
「そりゃ、もう意気投合したんで」
「そうだな、二人でいろいろ馬鹿やったもんだよな」
クレイとディノンは昔を思い出したように目を細める。
「じゃ、あんたもディノンと似た者同士って訳か?」
あれ、なんかオーリエのクレイへの評価がみるみる下がっていくような……。
「まぁ、どちらかと言えば、そうかな」
クレイは何気なく答える。
「リデル……悪いことは言わん。護衛役はもっと吟味した方が良かったと思うぞ」
どうやら、オーリエの中でディノンと同類というのは、最低ランクの烙印を押されたのと同義語らしい。
「えっ……?」
驚くクレイを無視して、オーリエはヒューの方へ向きを変える。
「白銀の騎士ヒュー・ルーウィック様ですね。お目にかかれて光栄です。ご高名は予てより、聞き及んでおります。お近づきになれて嬉しいです」
やっぱり、ヒューは女性受けが違う。
「初めまして、オーリエさん。グレッグ団長ご自慢のお嬢さんですね。前に伺ったことがあります。団長の仰った通り、本当に素敵な方ですね。私こそ、お近づきになれて光栄です」
にっこり笑う爽やかさは、天性のもので作った仕草でないところが、ヒューの凄いところだ。
オーリエもにこやかに会話を交わしている。
「俺とはえらい違いだ」
オレの横でクレイがぶつぶつ不平を言っている。
まぁ、自業自得だな。
「おおっ、すげえ。本物の白銀の騎士だぜ」
いつもの待遇なのか、ディノンの方は別段、不満に思うでもなく素直にヒューに会ったことに感動していた。
やっぱり、おめでたい奴だ。
きっと、頭の中まで筋肉に違いない。
「お、白銀の騎士もすげえけど、隣の女の子も可愛いなぁ」
ユクをハートマークの目で見つめてる。
全く忙しい奴だ。
良く言えば正直、悪く言えば本能のまま生きている感じだろうか。
とりあえず、場の空気を変えるため、さっきから気になっていたことをオーリエに訊いてみることにした。
「ところで、オーリエ。さっきの話だけど、今日行きたいとこがあるって言ってよね?」
その言葉にオーリエは困った表情を浮かべる。
「行きたいところはあるんだが、君やユクのような可憐な女の子を連れて行くのはどうかと思ったんだ」
オーリエにしては歯切れが悪い。
それにユクはともかくオレが可憐……?
「なんだよ、お嬢らしくないぜ」
ディノンが考えなしにけしかける。
無責任な奴め。
「それもそうだな……別行動しても構わないわけだし」
別行動?
もちろん、付いていくつもりになってるけど。
「で、どこへ行きたいんだ?」
興味津々で再び尋ねる。
少し間があって、オーリエは、はにかみながら言った。
「……闇闘技場だ」




