男前な乙女とオレ③
カーテンの隙間から差し込む朝の光の眩しさで、オレは眠りから目覚めた。
背伸びしながら、大きな欠伸するとゆっくり半身を起こした。
どうも、ふかふかのベッドって奴に慣れない。
かえって背中が痛くなりそうな気がする。
結局、昨日はオーリエに会うことができなかった。
食事もそこそこに就寝したらしい。
やはり、ショックを受けたのが原因なのだろうか。
今日は6の日、安息日だ。
授業は休講で、自由に過ごしても良い日となっている。
「シンシア、今日は宮殿の外に出ようと思うんだけど」
起き抜けにシンシアに確認する。
「はい、たぶんそうなるだろうと思って、昨日のうちに外出許可を申請しておきました」
少しも動じず、そう返答する。
「さすが、シンシア。気が利くなぁ」
「いえ、リデル様の落ち着きのない性格から考えれば、当然の予測です」
む……なんか馬鹿にされた気がする。
「あ、ユクも誘いたいんだけど……」
気を取り直して、さらに訊く。
「抜かりはありません。ソフィア姉様にも予め連絡してありますので、ご一緒できると思います」
淡々と述べるシンシアに、オレは素直に感心した。
「やっぱり、シンシアってすごいね。ソフィアも優秀だけど、勝るとも劣らない気がするよ」
「ば……ば、馬鹿なこと言わないでください。ソフィア姉様は私の目標なのです。私など足元にも及びません」
あれ、顔が赤くなってる。
テレると意外に可愛い。
「いやいや、すごいって。若い分、シンシアの方が優秀かも」
さらにからかってみた。
「そ、そんなことありません!」
「クレイもシンシアはしっかりしてるって言ってたよ」
しっかりし過ぎるって、言ってたのは内緒だけどね。
「…………い、いい加減にしてください。本当に怒りますよ」
顔を赤くして怒るシンシア……か、可愛いすぎる。
オレって、Sっ気があるのかな。
ますます、いじめたくなってくる。
ま、待てよ、クレイがよくオレをからかうのは、こういう気持ちなんだろうか?
う~ん、わかるようなわからないような複雑な気持ちだ。
とにかく、シンシアをこれ以上、怒らせてもまずいので、もう一つの質問を訊いてみる。
「ごめん、ごめん。それより、シンシア。今日の外出の話だけど、オーリエを誘ってもいいかな?」
何気なく訊いた質問にシンシアは眉根を寄せた。
「あ、今から外出許可をとるのが難しかったら、無理しなくていいから」
「無理ではありませんが……」
シンシアにしては歯切れが悪い。
「何か問題あるの?」
「別に問題はないのですが…………単にオーリエの従者のジェームスと折り合いがあまり良くないだけで」
「え、ジェームスさんと仲悪いの?」
「そうではありません。少し苦手なだけです」
意外な言葉を聞いた気がした。
「シンシアにも苦手な人がいるんだ」
「どういう意味ですか? 私も人間ですから、好き嫌いぐらいあります」
「そうそう、オレのことは嫌いだもんね」
「嫌味ですか? 否定はしませんけど」
一瞬、目をそらすと唇を噛む。
「シンシア?」
「……とにかく、ジェームスには得体の知れないところがあって、どうにも話しにくいのです。仕事面では尊敬に値する人物なのでしょうが……」
シンシアの表情の意味を計りかねて、オレは慌てて言った。
「わ、わかった。じゃ、オレが直接話してくるよ。シンシアはクレイとソフィアに連絡しておいて」
「リデル様……」
シンシアは何か言おうとしたけど、オレが着替え始めると黙って手伝ってくれた。
「あれ、すげー別嬪さんだ……で、何か用?」
オーリエの部屋をノックして出てきた男は、オレを見るなりそう言った。
「あの……オレ、リデルって言います。オーリエに取り次いでもらいたいんですけど」
「ああ、お嬢のお客ね……おーい! お嬢、別嬪さんのお客が来てるよ~」
いかにも女にだらしなさそうな、にやけた色男だ。
雰囲気も所作も堅気の人間には見えない。
「その呼び方は止めろと言っているだろう、ディノン。……リデルじゃないか、どうした?」
「あ、突然、来てごめん。今日、六の日だけど、何か予定が入ってる?」
「別段、決まった用事はないが、何か用か?」
不思議そうにオレを見つめる。
「いや、宮殿の外へ出ようと思うんだけど、一緒にどうかなと思って」
「外へ一緒に……」
驚いて目を丸くしたオーリエは、隣で会話に加わりたくて、うずうずしているディノンに気付き睨みつける。
「ディノン、何だ?」
「お嬢、この別嬪さんを紹介してくださいよ。さっきから話せなくて悶々としてるんですから」
「お前と話すとリデルが穢れるからダメだ」
「そんな殺生な……」
「しょうがない奴だな。リデル、この男はディノンと言って、我が傭兵団の鼻つまみ者で私の一応、護衛役だ」
オーリエは急かすディノンを抑えてオレに紹介する。
「で、こちらは同じ班の皇女候補生のリデル・フォルテだ。ディノン、間違ってもちょっかい出すなよ。その時は私が容赦しないからな」
「わかってますって……それにしても、あんたほど綺麗な女の子って、俺今まで見たことないなぁ。もう少し年齢がいったら、あんたをめぐって野郎共が目の色変えて争うんでしょうな」
オーリエの牽制をものともせず、熱っぽく語るディノン。
「悪かったな。綺麗な女の子でなくて」
オーリエが苦笑しながら、オレを促す。
ディノンに気圧され、呆気に取られていたオレは慌てて挨拶を返す。
「あ、はじめまして……さっきも言ったけど、オレ、リデルって言います。オーリエとは仲良くさせてもらってます、よろしく」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いです。良かったら握手してもらってもいい?」
「はあ?」
満面の笑みで、差し出された手に面食らう。
「リデル、止めとけ。悪い病気が伝染るぞ」
「ホント?」
「お嬢!」
オレとディノンの返答にオーリエは声を上げて笑った。
オーリエの話ではジェームスは所用で出掛けているとのことだ。
それじゃ、外出は無理だねとオレが落胆すると、オーリエは首を横に振る。
今日は最初から外に出るつもりでいたので、既に外出許可をとってあるのだと言う。
だから、一緒に外へ出るのは構わないんだ、ただ……と口を濁す。
「行きたいところがあるんだ」
目を輝かせながら、話すオーリエに、オレは内心ほっとした。
昨日のことを気に病んでるんじゃないかと思っていたから、その表情に安心する。
少なくとも表面上はいつものオーリエだ。
「ジェームスさんに断わらなくても大丈夫なの?」
気になって尋ねると、オーリエは不思議そうな顔になる。
オーリエの説明によると、ジェームスは彼女のための執事ではないそうだ。
元々は、髭団長の懐刀と呼ばれた人物で、戦場での怪我を理由に引退した後、グレッグ家の家宰のような立場になっているんだとか。
ディノンについても、護衛役というより、傭兵団で役職も無く暇そうだから連れてきたらしい。
最初、世話役も護衛もいらないと突っぱねたオーリエに、帝都視察を兼ねて私が行きましょうとジェームスに諭され、渋々了承した経緯があるようだ。
「だってなぁ、ジェームスは明らかに働きすぎだったんだ。だから、私と一緒に来れば、いい骨休めになると思ってね」
けれど、帝都に来ても、彼はなかなか忙しいらしい。
「何をやっているかは、よくわからないが、よく出掛けるぞ。私は基本的に自分のことは自分でする主義なので、一向にかまわないが」
だから、勝手に行動しても問題ないと断言する。
「ちょっと、待て。俺の存在、忘れてませんか?」
恨めしそうにディノンがアピールする。
オーリエは、ああそうかという顔つきで、
「そうだな。私はリデルと出掛けるが、ディノンお前はどうする?」
と律儀に確認した。
「もちろん、お嬢に付いていきますよ!」
護衛に、ついてくるかと問うオーリエもオーリエだけど。
ディノン、あんたは曲がりなりにもオーリエの護衛だろ、置いていかれたらどうするつもりだったんだ?
なんとなく、オーリエの中でのディノンの立ち位置が理解できた。
頑張れ、ディノン。




