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いつまでも可愛くしてると思うなよ!  作者: みまり
〇〇なんて今さらオレが言えるかよ!
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男前な乙女とオレ②

 それは武術の授業だった。


 宮殿の広い中庭にオレ達は集められていた。

 有事の際は、隊伍を整えるためにも使われるその空間は武術を訓練するのにうってつけの場所だった。


「いいですか、皆さん。貴女方が直接、闘うような場面はほとんどないでしょう。そのために護衛がいるのですから。しかし、万が一の場合に備えて護身用として武術を学んでおくのは有用なことです」


 舞踊などの体術系を教えるテニエル先生は、ほっそりとした優男で、切れ長の目に薄い唇で、どことなく色気がある。

 れっきとした男性だが、男性らしさがあまり感じられない。


「私は踊りが専門で、武術にはあまり明るくないので、今日は特別に講師をお招きしました。お忙しい方ですが、皆さんのために時間を作っていただきました。では、デイブレイク先生、よろしくお願いします!」


 テニエル先生の語尾に確実にハートマークが見えた。


 デイブレイク帝都守備隊長はやや憮然とした顔つきで、オレ達の前に現れた。


 無理矢理、講師にさせられたのは明白だった。


「武術の基礎や理論については、私が指導しますので、デイブレイク先生は実技をお願いしますね」


 やたらテンションの高いテニエル先生はオレ達を芝生に座らせ、嬉々として授業を始めた。

 デイブレイクは少し離れて腕を組んだまま候補生を眺めている。


 オレの見るところ、テニエル先生は自分で言うほど弱くない。

 初心者にだったら、守備隊長を担ぎ出さなくても十分教えられるように思えた。


 何か意図があるんだろうか?


 一通り講義が終わると、テニエル先生は実技指導に移行することを告げた。


「そうねぇ、ここはやっぱり、実際に誰かがデイブレイク先生と立ち会ってもらうのが良いわね。見るだけで他の人も勉強になるし」


 そう言いながら、オーリエに視線を送る。


 オーリエは黙って立ち上がるとデイブレイクを見つめた。


 でも、その視線は彼の目には届かなかった。

 デイブレイクは別方向に、その目を向けていたからだ。


 

 え、オレのこと見てる?


 デイブレイクと目が合って、オレは焦った。


 何で、オレを見てるんだよ。


 見つめられる理由はわからなかったけど、鋭い視線は決して色恋が絡むものでないことだけは確かなようだ。

 

 テニエルに木剣を渡されて、デイブレイクは初めてオーリエに気付いたように彼女へと向き直る。


 オーリエは自分が歯牙にもかけられていないことに気付き、静かな闘志を燃やしていた。

 一方、デイブレイクは淡々と闘いの場……中庭の中央に移動し、オーリエを待った。


 そして、クラスメイト達が息を呑んで注目する中、二人は相対した。




 勝負は一瞬だった。


 剣をたたき落とされ、手を押さえながら呆然とするオーリエ。


 どうやら、デイブレイクという人物は、手加減とか遊び心とかいうものに無縁な男のようだ。


「悪いことは言わん。闘いは護衛に任せ、棒切れ遊びはやめることだ」


 そう言うと、デイブレイクは背を向け立ち去ろうとした。


「待ってください!」


 顔を真っ赤にしてオーリエが呼び止める。


「もう一度……お願いします」


「何度立ち会っても同じことだ。無駄なことはしない方がいい。私と闘っても君の益にはならない」


「っ……」


 一瞬、オーリエの目に光るものがわずかに見えた。


 それを見たとたん、オレの頭に血が上った。


「ちょっと、おっさん! 先生かもしれないけど、その言い方ひどいんじゃないか」


 黙っていられなかった。


 飛び出したオレをデイブレイクは興味深そうに見下ろした。


「おいあんた、オレと立ち会え!」


 やべっ、勢いで言っちまった。


 ここにいる間は無用なトラブルを避けるため、絶対大人しくするという約束をクレイと取り交わしたばかりだったんだ。

 

 いきなり、約束破っちまう。


 激しく後悔したオレにオーリエが押し殺した声で話しかける。


「リデル、ありがとう。でも、気にしないでくれ。これは私自身の問題だ。単に私が弱かっただけに過ぎないのだから」


 それは断じて違う!


 オーリエは決して弱くない。


 それどころか、かなりの腕の持ち主だ。

 オレと武闘大会で闘った女剣闘士のシリルに勝るとも劣らない。


 ただ、デイブレイクが強すぎたんだ。


 奴の強さは恐らくあの武闘大会でも無差別級上位者に匹敵するレベルに思えた。


 オーリエを責めるのは気の毒な話だ。


「もう、デイブレイクったら容赦ないわねぇ。姫様候補生なんだから、ちょっとは考えてくれないと……」


 テニエルが口を尖らすと、デイブレイクは不服げに眉をピクリとさせる。


「不器用なのでな」


 一言、言い残すと背を向けて歩き始めた。


 テニエルが講義の再開を告げると、場に張り詰めていた緊張の糸が一気にほぐれる。


 気になってオーリエを振り返ると、打撃で赤くなった右手をいつまでも見つめている姿が印象に残った。




 夕食の時間になってもオーリエは食堂にやってこなかった。


 プリケット先生のマナー講習が前日で終わっていたので、大食堂での夕食は自由参加になっていた。


 アレイラは当然として幾人かは部屋で食事をとるようだったけど、多くの者は食堂で食事をしていた。


 オレもそうだけど、一人で食べるより人と一緒に食事する方が楽しい。

 さすがに食事中に私語を話すことはなかったけど、食後にたわいもない話で盛り上がるのは、いい息抜きになる。


 オーリエも普段なら、食堂に下りてきて、みんなのよもやま話に加わっていたんだけど。


「オーリエ……大丈夫?」


 ノルティが不安げにオレを見た。


 いつもオーリエにくっついている彼女は、オーリエがいないので、今はオレの右隣に座っている。


「あたし、様子を見てきましょうか?」


 左隣のユクが心配そうに訊く。


「う~ん、そこまでしなくても、たぶん大丈夫だよ」


「それならいいんですけど……」


 ユクは、オレの言葉に頷くと、それ以上何も言わなかった。


 でも、オレは内心、言った台詞とは反対にかなり心配していた。


 恐らく、あのオーリエの腕だ。

 今まで、そう負けたことは無いはずだ。

 下手したら、完敗は初めてかもしれない。


 仮に、オーリエより腕が立つ者がいたとしても、髭団長の娘と知って、完膚なきまでに叩き伏せられる人間はそうはいない。


 それこそ、そんなことができるのは、堅物のデイブレイクぐらいだろう。


 髭団長が一人娘を溺愛しているというのは、わりと有名な話だし、傭兵稼業に関わっているなら、その娘にちょっかい出そうものなら、どうなるか、知らぬ者などいないはずだ。


 だから、今日のアレにはオーリエは相当へこんでいるに違いない。


 食事が済むとオレは、ユクにノルティを押し付けるとそそくさと食堂を後にした。


 オーリエのことが気がかりで部屋へと向かうつもりだった。




 けど、中庭に面した廊下を歩き、宿泊棟に向かおうとした時だ。

 テラスで誰かが話しているのが聞こえた。


 何気なく目を向けると、そこに見知った顔が見える。

 オレは慌てて身を潜ませると聞き耳を立てた。


 密会している二人は、なんとも意外な組み合わせだったからだ。


「ねぇ、あれで良かったの?」


「はい、手筈どおりにしていただき、ありがとうございました」


 そんなやりとりをしていたのは、ダンス講師のテニエルとオーリエの従者のジェームスだった。


「なら、いいんだけど。あの、かなりへこんでたみたいだから、心配になっちゃって」


「大丈夫です、それも想定内のことですから」


「それにしても、悪役になるのはしんどいわ。報酬、弾んでもらわないと割が合わないわ」


「いえいえ、悪役になったのは、デイブレイク殿でしょう」


「ホントあいつったら、融通きかないから。ま、それがあいつの良いとこでもあるけど」


「報酬の割増の件は、首尾よくいったのなら、考えておきましょう」


「あら、そう? 嬉しいわ。でも、割増分はお金じゃなくて、貴方でもかまわないわよ」


 熱っぽい目付きでジェームスにしなだれかかる。


「お戯れを……。こんな老いぼれをからかうなどと、あなたもお人が悪い」


 笑って、テニエルの間合いを油断なく外すと、話し合いの終わりを告げた。


「それでは、これからも…………よろしくお願いします」


 一瞬、オレの隠れているほうにちらと視線を向けてから、ジェームスはテラスから立ち去った。


「全く……隙がないわね~」


 テニエルが残念そうにため息をつく。



 気付かれたかな?

 やっぱり、あの男ただ者じゃない。


 テニエルの言う通り、従者にしては動きに隙がない。


 何者なんだろう。


 オレもテニエルに気付かれないように、その場からゆっくりと離れた。


 それにしても、今回の一件がジェームスが仕組んだものだとすると、いったいどういうつもりなんだ?


 仮にも、主人といえる立場のオーリエに不利になることを依頼するなんて。

 ジェームス本人に問いただしたい衝動に駆られたけど、そんな立場じゃないし、大人しくするって約束してたから我慢した。


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