学園な毎日とオレ③
オレとシンシアは部屋を前にして、呆気に取られていた。
「あの……係員さん、これ何かの間違いじゃないですか?」
「リデル様の言うとおり、他の部屋とはグレードが違いますね」
そう、オレに用意された部屋は、下級貴族用のそれとは明らかに違っていた。
「申し訳ありません。急な増員であったので用意していた部屋が不足してしまいまして。他の部屋より良い部屋ですので、問題はないかと……」
問題は…………ある。
オレは踵を返すと走り始めた。
「リ、リデル様。どこへ?」
係員の声を背後に聞きながら、オレは今来た廊下を戻る。
そして、ドアを激しくノックした。
すぐに、ドアが少し開き、オドオドした顔が見える。
「な、何かご用ですか? アレイラ様が何事かとお怒りになってます」
「アレイラに伝えてくれ。部屋を交換しないかって」
「交換?」
不思議そうなレベッカに、オレは大きく頷いた。
「オレの部屋、他の部屋よりずっと豪華なんだ。アレイラにとっても悪い話じゃないと思う。取り次いでもらえるかな?」
遅れてやってきた係員に確認すると、候補者同士で納得するなら部屋の交換は構わないとのことだ。
まぁ、部屋のレベルが下がるオレの申し出に、しきりに首を捻っていたけど。
レベッカを通じて、オレの提案を聞いたアレイラはなかなか部屋から出てこなかった。
想像するに、喉から手が出るほど受けたい申し出なのだけど、オレから良い部屋を譲られたという事実が残ることに彼女のプライドが許さないといったところか。
「あなたがどうしても言うのなら、わたくしも考えないでもなくてよ」
プライドと快適な住環境と秤にかけた結果、オレが哀願するので渋々了承したという体裁なら受けいられると判断したらしい。
めんどくさい女の子だ。
「うん、お願いするよ、『どうしても』……」
「そうまで、言うのなら仕方ありません。わたくしは、今のままでも充分でしたけれど、譲って差し上げますわ」
口では嫌そうに言いながら、うきうきしながら、すぐさま引越しの準備を始める。
準備を終えるとアレイラはいそいそと部屋を出て行き、荷物を抱えたレベッカは何度も何度もオレに頭を下げ主人の後を追った。
アレイラのいた部屋に入り、荷物を下ろして振り返ると、シンシアが入り口で冷ややかな目でオレを眺めていた。
「満足しました?」
「え?」
シンシアの言ってる意味がわからない。
「ですから、他人に良いことして自尊心を満足させられましたか」
ああ、そういう意味ね。
「うん、満足だよ。アレイラも口ではああ言ってるけど、嬉しかったみたいだし、レベッカも機嫌の良い主人と一緒だと気が休まるだろう」
ソフィアと同じ色をした瞳を見つめながら、オレは正直に答えた。
「オレもあんなに立派な部屋だと、かえって落ち着かないしさ。みんなが気分良く過ごせるんだから大満足だよ」
それが、オレの嘘偽りない気持ち。
「それは本心で言っているのですか?」
シンシアは嘆息しながら、もう一度訊く。
「うん、そうだけど?」
質問の意図が見えず、曖昧に返答する。
シンシアは一旦、目を閉じ、次に開くと醒めた目でオレを見つめた。
「あなたの頭の中が一面のお花畑で、度し難い愚か者だと……よくわかりました」
あんまりの言葉にオレは二の句が告げないでいた。
「ご忠告申し上げますが、今すぐ荷物をまとめて出て行くことをお勧めします。あなたは決して皇女様になれません。いや、なるべきではありません」
シンシアが何故、怒っているのかオレにはわからなかった。
「そうは言っても、今さら辞退することはできそうにありませんけどね」
そう言うと、荷物を広げ部屋の整理を始める。
「リデル様、支度が終わったら、すぐに追いつきますので、先に大食堂へお急ぎください」
取り付くしまも与えず、シンシアが淡々と言う。
手伝うとさらに怒られそうな気がして、おとなしく椅子に腰かけていたオレは、その言葉で立ち上がると部屋の出口に向かった。
正直、どう接していいか見当もつかなかった。
オレの何がいけなかったんだろう。
納得がいかないまま、大食堂に入ると、どうやらオレが一番最後だったようだ。
50人近い女の子がこうして集まると、なんだか圧巻だ。
皆、それぞれが魅力的で、世が世なら後宮に集められた美女達ってところか。
オレが席に着くと、若々しさの中に上品さを感じさせる女性がオレ達一同の前に現れた。
「皆さん、私はあなた方に礼儀作法を教えるプリケットと申します。夕食をいただく前にお話したいことがあります」
一同が注目するのを確認すると、こほんと咳払いして再び話し始める。
でも、何だかしゃべりにくそう?
ふと、前を見るとあのトルペンがオレ達に交じって最前列に陣取り、くい入るようにプリケットを見ていた。
長身だから、目立つことこの上ない。
いったい何を考えてるんだ、あの男。
「皆さんの中にも、何故、専属の侍女や護衛がつくのか疑問に思っている方もいると思います。宮廷の中にいれば安全は保証されているし、身の回りのことは自分で出来ると思っていることでしょう」
全くだ。
自分で出来ることは自分でやる。
自分の身は自分で守る。
それが、オレ達傭兵の鉄則だ。
ソフィアには悪いけど、武闘大会の時はホント無理矢理お世話されて閉口したっけ。
「ですが、ここでは決して自分ではなさらないでください。彼ら従者がすべきことは彼らに任せるのです。そのような経験が初めての方もいると思いますが、皇女となれば多くの侍女や護衛を付き従えるのが日常となります。これは、その時のための訓練なのです」
トルペンの視線を無視して、プリケット女史はきっぱりと言った。
「また、中には逆にそうした立場であった方もいるかもしれません。もし、そんな時、仕えるべき人物が全て行ってしまったら、どうですか?」
近くに座っていた、こうした場に明らかに不慣れな女の子に訊く。
「は、はい。困ります……私の仕事が無くなってしまいます」
「そうですね……では、あなたは?」
プリケットは気の強そうな別の子に尋ねる。
「隠す必要もありませんが、私は貴族の侍女をしていました。私は……自分の仕事に誇りを持っていました。労いの言葉は嬉しいですが、気まぐれに手を出されるのは、かえって迷惑でした」
プリケットは頷くと、一同を見渡した。
「いいですか、皆さん。自分で何でも行うのは時間も手間もかかりませんし、気も遣いません。正直言って楽と言えるかもしれません。しかし、人に任せるのが高貴な者の務めなのです。それによって、彼らは職と信頼を得ることができるのです。王族や貴族に生まれた者は、始めからそのような生活をしてきているので疑問さえ持ちませんが、皆さんがそうした意識を持つことは難しいと言えるでしょう」
厳しい表情を少し緩めてプリケットは続けた。
「ですが、こうした経験はめったにできるものでもありません。それこそ、お姫様になった気分で、優雅に暮らしてみましょう。……今から、夕食の時間が始まります。もし、ナイフやスプーンを落としても自分で拾ってはいけませんよ」
最後のは彼女流のジョークのようだ。
「何か質問がある方はいますか?」
プリケットが笑顔で一同に尋ねる。
すると、真っ先にトルペンが手をあげた。
他のみんなはトルペンの勢いに気圧されて、誰も手をあげる気配もない。
トルペンは指されるように一生懸命、手を高くあげ続ける。
お、お前は子どもか。
「何ですか、トルペン先生」
プリケットは諦めたのか、ため息をつきながらトルペンに訊いた。
っていうか、ホントみんなにトルペン先生って呼ばせてるんだ、あの宰相補殿は……。
「はい、プリケット先生! 先生は何で独身なんですカ?」
いきなり、何なのその質問。
「教えてあげません!」
目を吊り上げて、きっぱりとプリケットが答える。
「え~っ、質問に何でも答えるって言ったじゃないデスカ」
「い、言ってません! それにトルペン先生は私の生徒じゃありませんから」
「そんな……プリケット先生の授業、受けたいのに……ノニ」
プリケットに拒否され、大きい図体で拗ね始める。
事情を知らない他の生徒が引きまくっていた。
みんな、あいつの正体を知ったら、卒倒するだろうな。
プリケットはトルペンの質問をぴしゃりと退け、姿勢を正すとマナー講習を交えた夕食会の開始を宣言した。
本来は格調の高い講習になるところが、トルペンのせいで台無しだ。
オレ、礼儀作法は苦手だけど、彼女のためにちょっと頑張ろうかなと思った。
結局、トルペンは衛兵達に両腕を掴まれ強制退去の憂き目に遭い、夕食会及びテーブルマナー講習は滞りなく終わった。
けど、つまみ出される最高権力者ってのも、どうなんだろう……。
とりあえず、ユクもソフィアの助けを借り、そつなくこなせて安堵していた。
えっ、オレ?
シンシアの逆鱗に触れなかったかって。
見くびってもらっちゃ困る。
こう見えてもオレは、やればできる子なのさ。
……というのは冗談で、オレ、昔から食べ方だけは綺麗だねって、人によく言われてたんだ。
食べ方だけってのが引っかかるけど。
まぁ、傭兵稼業の影響で豪快に食べる時もあるけど、その場に合った食べ方はできるつもりだ。
そもそもオレの親父、食事はおいしく食べられれば作法なんて関係ないってタイプで、マナーなんて教えてくれなかったけどね。
でも、そう言う親父の食事風景は凄く綺麗でマナーも完璧だった。
親父曰く、独りで食べる時はどう食べてもいいが、誰かと食事するのなら、相手を不快にさせたら自分もおいしくないだろう、と。
子どもの頃に見よう見まねで親父の真似をしている内に自然と身に付いたってわけだ。
「まあ、全然なっていませんが、まるきり野蛮人というわけではないようですね」
シンシアにもそう褒められたから、ちょっと親父に感謝かな。
考えてみると、なんだかんだ言っても、いろんなことを親父に教わった気がする。
今までも、結構助かっていたのかもしれない。
ここでの生活に役に立つかは微妙だけど……。
それにしても、急に親父のことを思い出すなんて、オレもどうかしてる……。
環境の変化のせいだろうか。




