学園な毎日とオレ①
休憩室に入ると、大きな丸テーブルにお茶の用意がされていた。
休憩室と言うより、少人数用の談話室といった感じだ。
オレ達は思い思いの場所に座ると一息ついた。
ずっと歩き詰めだったので、腰掛けられるのは有難かった。
「さっきの話で、今回オレ達が集められた理由は、大体わかったけど……連中は本気なのか?」
オレは、彼らの真意を疑っていた。
他に理由があるような気がしてならない。
「確かに、彼らの言葉どおり信じるのはどうかと思うな」
クレイは、興味なさそうに陶器製のカップを弄びながら、ぼそりと言った。
「でも、真剣そうでしたよ、あの方」
ユクが逆に目をきらきらさせながら、オレを見つめる。
「リデルさんが、行方不明の皇女様だったら、素敵です」
「ずいぶん、行儀の悪い皇女様もいたものですね」
椅子の上に胡坐をかいているオレをちらりと見てシンシアが、馬鹿にした口調で言う。
だから、オレは男だっての。
「だけど、クレイ。皇女様って、15年前に乗っていた船が沈没して亡くなったって聞いたぞ」
その言葉にクレイとソフィアは互いの顔を見合わせる。
何なんだ、その意味深なリアクションは?
「一般的には、そう言われてるな……」
「異論があるのですか、クレイ?」
ヒューが意味ありげな視線をクレイに向ける。
「う~ん……ソフィアはどう聞いてる」
「私ですか……この場でお話して良いのであれば、お話しますが」
ソフィアは目をキラキラさせているユクが気になるようだ。
「いい。俺が許す」
「では……」
今まで見せていた優しそうな笑みを消し、真剣なまなざしで一同を見る。
「15年前の嵐の晩、皇帝専用船の沈没のために陛下が亡くなったというのは事実ではありません」
思わぬ発言にオレが驚いていると、ソフィアはさらに驚愕する言葉を続けた。
「陛下は暗殺されたのです」
言ったソフィアと言わせたクレイ以外は、その言葉の持つ意味に沈黙する。
再び、口を開いたヒューが慎重に尋ねる。
「それが、もし本当なら誰が何のために?」
クレイは黙ったまま、ソフィアに先を促した。
「デュラント四世は若くして皇帝になられましたが、英明な方でした。前皇帝である神帝が亡くなられ、実権を握ると、様々な改革を実行され帝国の統治を安定させようと努力なさいました。特に神帝の取り巻きで横暴を極めた大貴族達を次々に失脚させ、新たに能力のある身分の低い者を抜擢し、帝政を刷新しました」
「それは本当のことです。私の師であるユーリス様も、皇帝に取り立てられた一人ですから」
「陛下と剣聖ユーリス様が身分を越えて厚い友誼を結ばれたことは、巷でも噂になるほどでしたからね」
「酒を嗜むと師はいつも、そのことを懐かしそうに話されていました。そして……いや、話を続けてください、ソフィア」
ヒューは言葉を濁して、ソフィアに話の続きを促した。
「はい、では続けます。陛下の行った改革の多くは、良い結果をもたらしました。しかし、大きな変革は大きな抵抗を生みます。事実、失脚させられた貴族達は結束し、表に裏に陛下に反抗しました」
ソフィアはオレの方を気にするように見た。
オレが頷くと、ソフィアは声を落として続ける。
「……15年前のその日、反対勢力の刺客達は船中の使用人に成り済まし乗船に成功しました。そして、嵐が激しくなった夜半、寝所の陛下を襲い、暗殺を果たしたのです。宰相ダンフォード様が異変を感じ、兵を連れてお部屋にたどり着いた時には、時既に遅く、陛下は亡くなられていたそうです」
「皇女は……?」
「別の部屋でお休みになっていたそうです。刺客を討ち果たした宰相が、皇女のご無事を確かめようとした矢先に船が座礁したそうです。これは乗船して生き残った宰相の側近の証言です」
「つまり、皇帝が亡くなったのは確実だけど、皇女が亡くなったかは確証が無いわけだ」
「その通りです。もちろん、船が沈没しているわけですし、宰相が亡くなられたことも考えると、ご一緒に亡くなった可能性も否定できません。しかし、ケルヴィン局長の態度を見ると何らかの情報を掴んでいると思ったほうが妥当でしょう」
消えた皇女様か……やっかいな話に巻き込まれた感がしないでもない。
でも、待てよ。
「なぁ、ソフィア。それだと、出自が確かなさっきのお嬢様や、親父のいたオレなんかは、除外されるんじゃないのか?」
まぁ、元々男のオレは問題外だけど。
「そうですね。リデル様の仰る通りだと思います。ケルヴィン局長の思惑が今ひとつ不明ですので、おいおい探っていく必要があるでしょう」
「……そうか、しばらくここに滞在することになるんだよね」
「はい、少なくともケルヴィン局長の言う『試練』が終わるまでの一ヶ月は、ここに留まることになりますね」
「ソフィア姉さま……やっぱり、代わってもらえませんか? 一ヶ月もこの人に仕える自信がありません」
シンシアがオレを横目で見てソフィアに哀願する。
オレだって、シンシアにお世話される自信ない……でも。
「あのさ、無理強いするつもりはないけど、オレはシンシアと仲良くやっていきたいんだ……悪いとこあったら直すから、一緒に頑張れないかな?」
シンシアの返事は無い。
気まずい沈黙が続きそうになった時、今まで黙っていたユクが心配そうに呟いた。
「ところで、皇女様になるための準備って、どんなことをするんでしょう」
場の雰囲気を察したソフィアが明るい声で説明を始める。
「それは、一国を代表する女性となるわけですから、礼儀作法は当然として政治・外交・歴史等の知識に加え、武術の嗜みも必要でしょう。生半可な努力では身に付けられないと思います」
ソフィアの発言にオレもユクも一気に青ざめる。
「あ、あたしで大丈夫でしょうか?」
「いや、オレは絶対無理だ」
「リデルさんが無理なら、あたしはもっと無理です」
二人して後ろ向きな発言を口走る。
ソフィアが困った顔をして、口を開きかけた。
「仕方ないですね。不出来な主人を支えるのも私達の仕事ですから」
後ろから別の声が割り込む。
「シンシア……」
驚いて振り向いたオレに、上から目線でシンシアが言葉を続ける。
「無礼承知で言っておきますが、私は貴女が嫌いです。でも、仕事は仕事ですので、きっちりやります。一通りのことは出来るつもりですから、お任せください」
言い方はきついけど、確かな歩み寄りを感じて、オレは笑顔で頷いた。
「うん、よろしく」
オレとシンシアの会話を聞いていたクレイが安心させるように言う。
「まぁ、そう心配するな。要するに『学校』で学ぶのと大差ないわけだから」
「あの……あたし学校にいったことありません」
「あ、オレも」
学校は都市部にあったが、地方の町や村には無かったし、あっても高額な授業料がかかった。
また、それらの多くは私塾で『大学』に進むための施設であり、庶民にはあまり馴染みのないものだった。
算術や読み書きは、村の中で教えられる者が子ども達を預かり、子守りしながら教えるというのがどこの村でも見られた。
教会があれば、助神官が教義を交えながら授業を行ったりするのが普通だ。
そうでないなら、商家に奉公に出たり、職人に弟子入りした先で学ぶ者も多い。
傭兵団にいたオレは親父から、いろんなことを教わった。
親父は見かけによらず、教え上手で傭兵団の子ども達を集めては授業を行い、好評を得ていた。
そのように身近な人から学ぶのが、庶民の生活だった。
だから、学校へ通うのが簡単なことのように言うクレイは、相当裕福な家庭に育ったんだとオレは密かに思った。
「文法・修辞学・論理学・算術・幾何・音楽・天文学・神学・法学・医学・儀典・武術……まさに『大学』並みのカリキュラムですね」
ヒューが日課表を見て、目を丸くする。
オレとユクにはヒューの言葉が何か不思議な呪文のように聞こえた。
「ユク……」
「リデルさん」
オレ達が涙目でお互いを見つめ合うと、ソフィアが慌てて言った。
「お二人とも学者になるわけでも、専門家になるわけでもありませんから、そんなに深刻にならなくても……」
「いや、皇女様となれば、そのくらいマスターしないとなぁ」
「クレイ様!」
茶化すクレイをソフィアがたしなめる。
今のオレには二人の馴れ合いに腹を立てる気力さえ残っていなかった。
正直、オレは勉強が苦手だ。
どちらかと言えば、身体を動かす方が性に合ってる。
座学の多さに先が思いやられ、気分が滅入った。
疲れを感じたオレは、部屋の隅に四人掛けのソファーがあるのを見つけると腰を下ろした。
同じように気づいたユクが隣へ座る。
二人で、これからの生活の不安について話し合っているうちに不意に眠気を催してきた。
長旅の疲れが出てきたのかもしれない。
見るとユクの目も半分閉じかかっている。
クレイはと振り返るとヒューと何事か談笑していた。
ソフィアとシンシアは、日課表や規則の書かれた書類を見ながら打ち合わせをしている。
その光景をぼんやり見ながら、オレはいつしか眠りについていた。




