天才魔法使いとオレ③
そこは舞踏会等が催されるための大広間だった。
たくさんの同い年であろう候補者達が一斉にオレ達を注目する。
いったい、何人ぐらいいるのだろう。
多くの視線を浴び、気後れしているとトルペンがゆっくり歩き始める。
オレ達も続けて部屋に入ったところで、足を止めた。
何故なら、他の候補者達も規則正しく整列しているわけでなく、思い思いの場所に無秩序に固まって所在無げに話している感じだったからだ。
トルペンは、と見るとオレ達をここへ残すと、何も言わずに次の間に消えていた。
仕方なく、オレ達一行も部屋の隅のほうに固まることにしたけど、好奇な視線が追いかけてくる。
何でだ?
「皆さん、リデルさんが気になるみたいですね」
ユクが嬉しそうに言う。
「えっ、どうして?」
「たぶん、他の人とは違うからでしょう」
どういう意味だろう?
オレから見れば、ユクだって明らかに普通人とは違う雰囲気を持っていたし、集団を見渡せば、同様に何か違うと思える娘も何人かいるように見えた。
「きっと、リデルさんが特別なんですよ」
出た! 神秘発言。
オレが反論しようと、口を開きかけた時、先ほどと同じようにあの若造が現れた。確か、ケルヴィン・ロクアって言ったかな?
ざわめきが静まるまで、一言も話さず厳しい目でオレ達候補者を見回した。
「この場にいられるということは神託を無事済ませ、御印が表れた方々だと解釈する。したがって、ひとまず祝辞を述べよう。おめでとう、諸君」
皆に一礼するとケルヴィンは話を続ける。
「さて、君達は何故、自分がここへ招かれたか不思議に思っている者も少なくないだろう。今、それを説明する」
全員、私語の一つも無く熱心に聞き入っている。
「私は君達の中に行方不明の皇女様がいらっしゃる可能性が高いと考えている」
一瞬の後、大広間は蜂の巣を叩いたような大騒ぎになる。
まさに青天の霹靂の発言だった。
ケルヴィンの従者達が懸命に静粛にしようと声を上げ、何とか小康を保つ。
再び、ケルヴィンが口を開いた。
「君達全員が皇女様候補と言って差し支えないだろう。我々も、それが誰かは今現在はわからない。そのため、今から一ヵ月後に君たちにある試練を受けてもらう予定だ。それにより、この中の誰かが選ばれ、皇女様と呼ばれる可能性があるとだけ断言しよう」
その言葉に候補者達は沈黙し、心中でその意味を理解することに努めた。
「だが、一ヶ月も無為に待つことは時間の浪費だ。また、皇女様と選ばれたなら、すぐその時から皇女としての役目を果たさなければならない。ここに集められた者の多くは、その準備が足りないと言っていい。したがって、これから一ヶ月、皇女となるための基礎は全員に学んでもらうこととする」
一斉に驚きや不満の声が出る。
「君達、よく考えてくれたまえ。たとえ、皇女に選ばれなかったとしても、ここで学んだことは、決して無駄にはならない。全額、国の負担で高度な教育が受けられると考えれば、得にはなっても損にはならない筈だ。また、それはその者にとって良い嫁入り道具となるだろう」
最後のは彼流の冗談のようだけど、全く笑えない。
大体オレ、嫁に行く気ないし、勉強はもうこりごりなんだけど……。
でも、辞退するという選択は無理そう。
「教えるだけ無駄だと思うけど……」
後ろでぼそりと呟く声が聞こえる。
誰が言ったのか、振り返らなくてもわかったけど、あえて聞こえない振りをした。
オレとしても、別の意味で全くその通りだと思ったからだ。
そもそも15年前の行方不明者を今頃になって探し出そうとするのは、どう考えても無理な話だ。
生きているかどうかも怪しいし、この場にいると断言すること自体、胡散臭い。
横を見るとクレイも訝しげな顔をしていた。
「今後の予定については、この後資料を配布するので、それをよく読んでもらいたい。もし、字の読めない者は従者に聞くように。また、護衛・従者を連れてきていない者については、こちらで用意するので、申し出て欲しい。そして、本日のこの後の日程についてだが夕食まで自由に過ごして構わない……何か質問は?」
冷たい視線で一同を見渡すと、手が挙がる。
まるで薔薇のような華やかなドレスを纏った少女が目に入った。
「わたくしは、アレイラ・テトラリウムです。貴方が責任者と思ってよろしくて?」
名乗られた姓に周りから、密やかな声が上がる。
(テトラリウムって、あの侯爵家の……)
(アレイラ様と言えば、三姉妹の末っ子で、めったに人前へ姿を見せないことで有名な……)
(なんて……高貴な雰囲気なのかしら)
「そう思って差し支えない」
あろうことか、ケルヴィン局長は侯爵令嬢に対してもそっけない。
「そうですか。では、貴方の上司にお言いなさい。わたくしはこんな茶番に付き合うつもりは全くありません」
さすがにむっとしたのか、声に棘がある。
「君には、先ほどの話が耳に入っていないようだな。今回の告知に例外は認められない」
「何ですって!」
見る見るうちに怒りで顔が赤くなるのがわかる。
「他に質問がなければ、説明は終わりだ」
アレイラの発言を無視して、ケルヴィンは話を結んだ。
「なんて無礼な男なの」
怒りに満ちた視線を送る侯爵令嬢を遠巻きに見ながら、オレは密かに思った。
あの娘には近づかないようにしよう。
何か面倒になる予感がする。
そう考えた矢先に悪いことに目が合ってしまう。
アレイラは一瞬、驚きの表情を浮かべた後、意地の悪そうな目付きで言う。
「そこの貴女! 何か、わたくしに言いたいことでもあるの?」
「え? いや、別にないけど」
「そう」
アレイラはふんと鼻を鳴らすと、資料を配布しているケルヴィンの部下のところへ向かった。
オレは、ほっと胸を撫で下ろし、ユクと一緒に指示された列の後ろへ並んだ。
そして、自分の番が来ると、これからの日程や留意事項の書かれた資料を受け取り、左手に細い金属製の腕輪をつけられた。
どうやら、候補者である証と同時に施設の通行証となるようだ。
それについても、お嬢様は係の人に文句を述べていたようだけど。
全く、よく疲れないもんだと感心した。
日程を見ると、本当に夕食まで何もすることがない。
部屋割りについても、その際に発表されるようだ。
オレは、自由に使用してよいという休憩用の一室へみんなを誘った。
いろいろ相談したいことがあったからだ。




