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いつまでも可愛くしてると思うなよ!  作者: みまり
〇〇なんて今さらオレが言えるかよ!
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天才魔法使いとオレ②

 反論する間もなく、候補者とやらになったオレはユクと一緒に宮殿へ入ることになった。

 まぁ、当初からユクに付いていくつもりだったから、結果的には良かったと言える。

 保護者から当事者になっちまったけど……。


 そして、二名の介添え人の内、護衛についてはクレイがオレの、ヒューがユクに付き添うこととなった。

 ユクは最初、『白銀の騎士』様があたしの護衛だなんて……と固辞したのだけど、クレイが『リデルの護衛は俺、異論は認めない』と駄々をこねたので、選択の余地はなかった。


 一方、身の回りの世話の方だけど、これについてはひと悶着あった。 

 結論から先に言えば、シンシアがオレの、ソフィアがユクの身の回りの世話を担当することになった。


 ソフィアが示したその提案を当のシンシアは最初、盛大に不満の声を上げた。


 何で、こんな人の面倒を見なきゃならないの……と。


 それに対し、ソフィアは明快に論拠を述べた。


 曰く、これからどのような展開になるかわからない状況であり、リデル様とユク様が同じ場所にいられるとは限らない。

 もし、リデル様の方にクレイ様と私が付くと、ユク様の方には闘える人間がヒュー様だけになってしまう。

 それなら、私がユク様に付いた方がバランスがとれ、もしも何かあっても臨機応変に対処できるはずだと。


「それに私は、シンシアにリデル様をよく知ってもらいたいの」


 ソフィアはまっすぐシンシアを見つめた。

 その穏やかだけど、曇りの無い瞳から目を逸らして、シンシアは渋々従った。


 たぶん、ホントはソフィアだって、クレイと一緒にいたいのだと思う。


 けど、シンシアのオレへのわだかまりに気付いているソフィアはあえて、その気持ちを抑えて、オレとシンシアの関係改善に配慮してくれたようだ。


 ソフィアはやはり聡明な女性だ。

 オレには、とても真似できない。


 シンシアの方もクレイと一緒にいられるとわかり、まんざら嫌そうではなかった。

 クレイもソフィアの提案を一も二もなく採用した。

 そこに、揺るぎない信頼関係が見え、少しだけ胸が痛かった。


 聖石の片づけを守備兵に指示すると、トルペンはさっさと先に立って歩き始めた。

 オレ達も慌てて、その後を追って中へ入る。


 そこは広いエントランスホールになっていた。

 トルペンはオレ達のことなど全く意に介さぬように先へ進んだ。


 と、そこへ奥の廊下から男が一人、早足にこちらへ向かってくるのが見えた。

 宮殿の中で帯剣が許されているところを見ると、どうやら武官のようだ。華美でない実戦的な装備で、歳もまだ若く見える。

 均整の取れた体格と身のこなしは闘う人のそれだった。

 顔だちは整ってるけど、ヒューのような柔和さの欠片も無く、冷たい印象に感じた。


 彼も誰かの護衛だろうか。


 そんな感想をオレが抱いていると、彼がトルペンに尋ねる。


「宰相補殿、外で何かあったと兵から聞いたのですが、どのような状況ですか?」


「お、デイブレイク君ではありませんカ。守備隊長の君が案ずることなど、何も起きてはいませんョ」


 しれっと嘘をついたな。


 って言うか……宰相補?

 それって、かなりエライ地位じゃないの。


「……そちらの方々は?」


 守備隊長と呼ばれた男はトルペンの後ろにいるオレ達に気付き、再度トルペンに尋ねる。


「ああ、今日の……というより、恐らくハ最後の『姫様候補者』殿になる方でございマス」


 トルペンの変な口調にも意味深な発言にもさしたる感情を示さず、デイブレイクは得心したように頷くと、一礼してこの場を立ち去った。


 若いのにどこか老成した印象がする男だった。


 再び、歩き始めたトルペンの後を追いながら、オレは誰に聞くでもなく疑問を呟いた。


「なあ、宰相補ってエライんだよね?」


 その発言に、ユクを除く全員が呆気に取られた顔をした。


「リデル、お前……」


「リデル様……」


「リデル、君という人は……」


「気は確かなの?」


「あ、リデルさん、あたしもそう思いましたよ」


 それぞれが異なる反応だったけど、総じて『言動が痛い子』を見る目に変わった気がして、オレは大いに焦った。


 何? 知らないと恥ずかしいことなの?


 あいにく、オレは政治って苦手なんだよね。

 対外的な面倒なことはクレイに押し付けてたからなぁ。


「仕方ない。こうなった責任の一端は俺にある。俺が説明しよう」


 大きく嘆息するとクレイが疲れたようにオレを見る。


「ご、ごめん」


「いや、いい。俺の責任だ……リデル、帝国で一番偉いのは誰だ?」


「ば、馬鹿にするな! 皇帝に決まってるだろう」


「じゃ、その次は?」


「さ、宰相かな……」


「その次は?」


「………………」


 オレの沈黙に、ユク以外の皆は一斉にため息をついた。


「こんな馬鹿に仕えなきゃいけないの? 最悪!」


「シンシア!」


 ソフィアが恐い顔でシンシアを睨む。


「ソフィア、勘弁してやれ。気持ちがわからんでもない……いいか、リデル」


「……はい」


 出来の悪い生徒のようにオレは、恐る恐る返事をする。


「別に怒ってるわけじゃないから、固くなるな。それにお前は『知識は無いけど、知恵はある』タイプだから、説明を聞けば理解は早いさ」


 褒められてるのか、貶されてるのか……微妙なんだけど。


「皇帝が帝国のあるじであることは当然として、宰相は皇帝を補佐し実質上の帝国運営をつかさどる、臣下として最上位の職にある。そしてその職は皇帝の勅命によって任じられる……そこまではいいな?」


「うん」


「その下が、行政部門を司る内政府の長『尚書令しょうしょれい』、軍務を司る兵衛府の長『上将軍じょうしょうぐん』、神事を司る大神殿の長『聖神官せいしんかん』……これらも皇帝の勅命によって任じられる職で、宰相と合わせて『帝国四官』と呼ばれる帝国の中枢だ」


 そ、そうなんだ。


「宰相補は宰相によって任じられる宰相の補佐役で、位も低く臨時職であるが、宰相不在のときは、その代行を務める職にある」


 トルペンって……やっぱり偉いのか偉くないのか、よくわからん。


「そして現在……『帝国四官』の全てが空位の状態にある」


 クレイが厳かに告げた。


「な、何だって!」


 それじゃ帝国の為政者が誰もいないってことなの?


「どうしてそんな状態に……」


「『帝国四官』の内、『尚書令』、『上将軍』、『聖神官』の三官は皇帝が崩御すると自動的に失職する。『宰相』だけは次の皇帝が即位するまで帝国の混迷を避けるため在職し続け、新皇帝が即位すると失職する。そして、新皇帝が新たに四官を勅命する……そういう仕組みになっているんだ」


「それで?」


「15年前の皇帝専用船の沈没により皇帝が崩御した際、当然三官は自動的に失職した。そして次の皇帝の即位を取り仕切るべき宰相も運悪く同じ船に乗船していたため、一緒に亡くなってしまったんだ。だから、四官全てが空位となってしまう結果になった。通常なら、帝位を継承した新皇帝がすぐに四官を任じるところなんだが、次期皇帝については帝位をめぐる内乱となったのはお前も知っての通りだ。新皇帝がいなければ勅命は下りず、新たな『帝国四官』が任じられることはない。だから、現在『帝国四官』の全てが空位となっているわけさ」


「じゃあ、帝国はどうやって運営されてるんだ?」


「本来は、宰相不在であるので宰相補がその任を代行するんだが……」


 え、トルペンが……。


「帝国参事会ですョ」


 正面を向いたまま、トルペンが答える。


「帝国参事会?」


 オレの疑問にトルペンの返答は無かったので、クレイが答えを引き継いだ。


「帝国参事会は、元々は帝国の有力貴族に皇帝が意見を聞くために設けられた機関で、それほどの権限を与えられていたわけじゃない。しかし、皇帝亡き今、その構成員にカイル、ライル両デュラント公爵が含まれている参事会に重きが置かれるようになったのは当然と言えるだろう」


 ということは、現在の帝国がカイロニア・ライノニア両公国で統治されているってのは、あながち間違いじゃないんだ。


「もっとも現在は、帝国の大半は両公国が実質統治していて、帝国参事会の役目は専ら両者に属さない皇帝直轄領の運営に限定されているけどな」


 オレは前を歩く奇抜な装束の男の背を見つめた。

 図らずも帝国最上位の役職にありながら、何の権限も行使できない人物。

 いや、今見てきた性格から、そんなことなど望んでいないようにも思えた。


「クレイ、宰相補はいつ辞められるんだ?」


「皇帝の崩御により失職しない宰相に任命された宰相補が、宰相の死により失職するという規定はないそうだ。だから、新皇帝により新宰相が勅任された際、新しい宰相補が任命されるんじゃないか?」


 お気楽な人間かと思っていたけど、何だか気の毒な人に見えてきた。


 クレイが話し終わる頃、長い廊下を抜けてオレ達は両開きの大きな扉の前に立っていた。


 トルペンが扉の前に立ち、両脇の従者が扉を開けようとした時だ。

 突然、ユクが声を上げた。


「待ってください!……開けるのを少し待って」


 上気したように頬を染めて、前に出たユクはそう言うと目を瞑った。

 トルペンは従者に扉を開けるのを待たせると興味深そうにユクを見つめた。


「ユク?」


 心配になって小声で話しかけてみる。


「あたし、感じるんです。この扉を開けた瞬間から何かが始まる……そんな予感がするんです」


 熱に浮かされたように、目を閉じたまま何もない宙を見上げるように頭を上げると、急に振り返ってオレをまっすぐ見る。


「そして、その中心にいるのは貴女。其は始まりの光……」


 オレ達は唖然として、ユクを見つめた。


 皆、決して痛い子を見るような視線ではなかった。

 彼女の予言めいた言葉を紡ぐ高い声は、神々しい余韻を残し……やがて静寂が訪れた。


 何だろう……突拍子もないことを言っているのに、抗えない何かを感じる。

 ユクは蝋燭の火が消え入るように、急に黙り込むと気だるそうに頭を垂れた。


「では、入りますデスョ」


 トルペンは何事も無かったように扉を開けさせた。


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