天才魔法使いとオレ①
宮殿の入り口には黒いクロスが掛けられたテーブルがあり、その前に腰掛けられるように椅子が置かれていた。
テーブルには『聖石の欠片』と思しきものが見え、両脇に宮殿の守備兵が立っている。
並んでいた人だかりは、いつの間にかあらかた神託を受け、残っているのはオレ達だけになっていた。
オレは門兵との一件を教訓にして、ユクを自分の前に立たせ一歩後ろに下がる。
これなら、勘違いされることもない筈だ。
気がつくと、あの偉そうな兄ちゃんは姿を消していた。
どうやら、中へ戻ったらしい。
受付の兵は、証書を確認するとユクを椅子に座らせた。
「告知官の前で行った時と同様にせよ」
ユクが兵の指示を受け、聖石に手をかざすと欠片がぼーっと薄く輝いた。
他の人がやるのも見ていたが、その見た中でユクのが一番はっきりとしていたように思える。
受付の兵達も少し驚いたようにユクを見た後、互いを見て頷き合った。
「ユク・エヴィーネ、本人に間違いない。入城を許可しよう……で、お前たちは?」
怪訝な顔つきでオレ達を睨んだ。
どうやら、門兵のように『付き添いその1』の冗談が通じる相手ではなさそうだった。
「ユク様の身の回りの世話をするものです」
ソフィアが如才なく答える。
ちょ……この大人数では無理が……。
「残念だが、介添え人は世話役一名、護衛役一名と決められている」
あ……やっぱり。
オレ達は丸くなって相談する。
「どうする? オレが身の回りの世話、クレイが護衛って線はどうかな?」
「お言葉ですが、リデル様に身の回りのお世話は無理かと思います」
「じゃ、身の回りの世話がソフィアで、護衛がオレっていうのは?」
「それなら、良いと思います」
「待て待て、俺は外で待つのは御免被るぞ!」
「いえいえ、私が護衛につくのが自然でしょう」
クレイとヒューが反対する。
「え~、オレはユクに絶対ついていくぞ。宮殿に入れるせっかくのチャンスだし……」
「お、目的をちゃんと覚えてるじゃないか」
「ば、馬鹿にするなよ」
本来の目的である帝都の聖石探し、今の今まで忘れていたことは秘密だ。
「おい、お前たち……」
オレ達があーでもないこーでもないと話していることに業を煮やした守備兵が近付こうとした時だ。
振り向いたオレの目の前が突然、青一色になった。
誰かがオレの前に立っているのに気付く。
慌てて後ろに飛び退き、相手を確認する。
「…………!?」
そいつは全く奇妙な格好をしていた。
頭からフード付きの青いマントで全身を覆っていたのだ。
よく見ると単純な青でなくマントの裾にいくにしたがって濃紺になるグラデーションで、しかもご丁寧に金色の星が散りばめられていた。
顔にはマスカレードで使うようなマスクを付けていて、表情の一切を窺い知ることは出来なかった。
不審人物の登場に、ヒューはユクとソフィア姉妹を、クレイはオレを守るように前へ立った。
けど、オレはそのクレイを押しのけると、そいつの前へ敢えて立ちはだかる。
他の参加者が驚いている中で、守備兵が少しも慌てていないことから、こいつの存在はここでは普通の風景なんだと直感で気がついたからだ。
「お前は何ものだ?」
背が高いというより、ひょろ長いそいつに、オレは見上げるように少し顔を上げて訊いた。
「我輩は、大天才にして偉大なる魔法使い『カール・トルペン』と申す者ですョ」
男としては甲高い声と妙なイントネーションで、そいつは言った。
「大天才……偉大なる魔法使い……あなた、頭おかしいんじゃないですか?」
容赦の無い突っ込みはシンシア。
まぁ、口には出さなかったけど、オレもそう思った。
「愚昧な凡人にはわからぬが道理ですネ。致し方ないことですョ」
さらに目が釣りあがったシンシアが何か言う前にオレは質問した。
「で、その天才で偉大な魔法使いさんが、オレに何か用?」
「“大”天才でございマス……お、そうでしたネ。何やら星詠みに面白い結果が出たので、こうして出て参った次第ですョ」
どうやら、オレの常識とは違う常識で生きてる人物のようだ。
「あ、もしかして門の上にいたのはあなたですか?」
ユクが思い出したように尋ねる。
「アレアレ、見られてましたカ? それは恥ずかしデス」
いやいや、存在そのものが恥ずかし過ぎると思うぞ。
「で、話を戻すけど、え~と……カール・トルペンさんだっけ?」
「トルペン先生と皆、呼びますョ」
「……トルペン先生、オレに何か用?」
「おお、そうでした。貴女、お幾つになられましたですカナ?」
「え? まだ17だけど……」
「やはり!それでは、ぜひ聖石のご神託をお受けくだされデス」
「神託……オレが?」
「ハイ、貴女には受ける資格がありますネ」
「確かに。ユクの話だと国中の17歳の女の子はすべからく神託を受けるべしという告知だったよなぁ」
無責任なクレイめ、このタイミングでいらんことを言いやがる。
「そうですよ。リデルさんも受けてみると良いですよ」
ユクも期待に満ちた目でオレを見つめる。
「リデル様なら間違いありません」
「私には関係ないけど、やってみれば」
ソフィアとシンシアも同意する。
唯一、ヒューだけが不安そうな顔をしていた。
何を思ってるかはわかる。
そりゃそうだ、だってオレ……男だもの。
神託の御印が表れるわけがないじゃないか。
オレが戸惑っていると、トルペンがいきなり大声で呼びかける。
「守備兵諸君! 聖石をこれヘ」
「はっ!」
守備兵達は掛け声を揃え、テーブルごと聖石の欠片を恭しくオレの前へ移動させた。
え……もしかして、こいつエライ人なの?
どうして、オレの周りの偉い人って、おかしな奴ばっかりなんだろう。
ルマで付きまとわれた変態を不覚にも思い出し、げっそりする。
「ところで、御名は何と申されますカ?」
「リデル……リデル・フォルテだけど」
「リデル……」
何故か遠い目で、恍惚としたようにトルペンが呟く。
「あのぉ……トルペン先生?」
返事が無い。
仕方なく呆けたトルペンをそのままに、オレは聖石の欠片へと手を伸ばす。
そのとたん、聖石の欠片が眩いばかりに光り始めた。
「な……こ、これは……!」
オレは慌てて手を引き、テーブルから大きく飛び退いた。
正直また、制御できずに爆発するのかと思った。
それは、ルマで自分が起こした光にそっくりだったのだ。
あの時は、それでみんな助かったし、人的被害も無かったけど、オレにとってあれは忘れたい出来事だ。
そのせいで自分が何者なのか思い悩む原因となったからだ。
あの時、イクスが言った『貴女の存在そのものが奇跡』という言葉が、今もオレの頭から離れない。
どういう意味なんだろう。
聖石の奇跡を使ったからなのか。
答えを出すには、もう一度イクスに会うしかないのかもしれなかった。
オレが離れたことで、聖石の光は急速に弱まり、やがて消えた。
ほっとして大きくため息をつき、辺りを見回すと、守備兵が……他の参加者達が……ぎょっとした顔でオレを見つめていた。
やば……めちゃ目立っちまった。
その中で、一人トルペンだけが大きく頷くと、歌うように言った。
「ようこそ、最後の姫様候補者殿。歓迎いたしますデス」
姫様候補者……って、どういう意味?




