忘れられた都とオレ③
街壁の中に入ると、外とは別世界だった。
活気に溢れてはいたけど、薄汚れて猥雑な雰囲気がしていた壁外と違って、壁内は管理が行き届き、清潔で整然とした町並みが並んでいた。
目抜き通りは道も広く、人通りもそれなりにある。
「ユク、これからどこへ向かうんだ?」
クレイがさりげなく雑踏からオレ達を護るように前へ立つと、ユクに訊いた。
「はい、宮殿に出頭するように言われています。宮殿の場所は……」
「言わなくてもわかりそうだな」
クレイが、たくさんの集団が一方向に向かうのを視線で知らせた。
「これなら道に迷わなくてすむね」
オレが言うとクレイが苦笑いする。
「お前に地図を読ませると最悪だからなぁ」
誓って言うがオレは決して方向音痴じゃない。
ただちょっと、地図と実際の位置が一致しないだけなんだ。
戦闘中の平衡感覚には自信があるし。
クレイにぶつぶつと文句を言いながら、その流れに乗り、オレ達はほどなく宮殿の前に到着した。
宮殿と言うより城と言った方が適切なその建造物は、圧倒的な威圧感でオレ達を出迎えた。
内戦時にも戦闘に巻き込まれることのなかった宮殿は往時の荘厳さを保っているようだ。
そして、宮殿の前にはユクと同じように選ばれたであろう娘達で人だかりができていた。
オレ達がそれに近づこうとすると、不意に後ろから声をかけられた。
振り向くと、ニコニコしながらソフィアが立っていた。
「ソフィア! 元気だった?」
「はい、リデル様。ここで待っていれば、必ず会えると思っていました」
優しい笑顔が、相変わらず綺麗だ。
ソフィアはクレイの幼馴染で、クレイが関係する謎の一族の一人で諜報活動に携わっている娘だ。
美人で優秀なんだけど、ちょっと天然なところがある。
それにルマの事件以来、オレのお世話することに使命感を燃やしているのが、少々困りものだ。
「クレイ様、お指図通り宿屋の手配をいたしましたが……」
そこはかとなく非難の目をクレイに向ける。
「そうか……ありがとう、助かるよ」
クレイの返答も含むところがあり、今一つ意味がわからない。
また、二人だけでわかる会話しやがって……。
これだから、幼馴染ってのは質が悪い……いや、別に焼きもちじゃないから。
単に、こそこそ隠し事するのが嫌いなだけなんだから。
誤解しないように!
オレのジト目を軽やかにスルーすると、クレイはソフィアの後ろにいる少女に気付く。
「もしかして、君はシンシアかい? 大きくなったんで、わからなかったよ」
ソフィアの後方から、シンシアと呼ばれた少女がはにかみながら進み出る。
「クレイ様、お久しぶりでございます。お会いできるのを楽しみにしておりました」
丁寧にお辞儀する彼女はオレとそう変わらない年齢に見え、ソフィアの少女版と言った感じだった。
「それにしても見違えたな。とても綺麗になった」
クレイの言葉にシンシアは頬を染める。
「クレイ、この子は?」
「ああ、ソフィアの妹でシンシアって言うんだ。仲良くしてやってくれ」
オレの質問に身内を紹介するように答える。
「うん、わかった……シンシア、はじめまして。オレはリデル、よろしくね」
「………………よろしくお願いします」
オレが笑いかけると、キッと睨んだ後、棒読みの挨拶をする。
あれ? 何か嫌われてるみたい。
初対面で、何か気にさわることしたかな?
オレが疑問に思っていると、突然、人だかりの最前列でざわめきが起こる。
見ると、兵士を連れた若い男が群衆の前に進み出ていた。
男は一段高い台の上に立つと声を張り上げる。
「神託によって選ばれし娘達よ、遠路はるばる帝都まで、ようこそ。私は帝都行政局長ケルヴィン・ロクアだ。これから、君たちに今後の予定を説明する」
そう言うと言葉を切って、一同を見渡した。
色白で線は細いけど、頭のよさそうな能吏といった印象を受ける容貌だった。年齢は20代後半か、いっても30歳前半ぐらいに見えた。
けど、若造なのに何気にエラそう。
一同が次の言葉を待っているのを確認すると、彼は続けた。
「宮城に入る前に、まず、ここで証書の確認と聖石による再度の神託を受けてもらう。それが済んだ者から、入城を許可する」
ケルヴィン局長の発言にあちこちで不満の声が上がった。
「拒否した場合は即刻、投獄する」
声のした方を冷たい視線で見据え、淡々とした口調でケルヴィンが告げると場は静まり返った。
その言葉と同時に、集まった人々の周囲を兵士達がぐるりと取り囲む。
「証書が本物でも、人間が入れ替わっている可能性もあるから、この措置はわからんでもないが……」
クレイの疑問の通り、それにしては物々しすぎる。
逃げ出す暇も与えないなんて、やり過ぎに思えた。
そもそも、ここに集まった娘達が何のために集められたのか、それさえ明らかになっていないというのに、この処遇は無いだろう。
当事者ではないので、腹を立てるのは筋違いだけど、理不尽さを感じた。
すると、ヒューがオレの顔を窺い、先回りして必死になだめ始める。
「リデル、気持ちはわかりますが、堪えてください。ここで貴女が暴れると全てめちゃくちゃになってしまいますから」
むぅ……。
「そうだぞリデル。大体、お前は短気で乱暴すぎる。も少し、お淑やかにだな……」
あのさ、二人とも、何でオレが暴れると思ってるわけ?
そりゃ確かに良い感じはしなかったけど、オレにだってそれくらいの分別はあるぞ。
どんだけ二人の想像の中のオレって狂暴なんだろ。
ほら、ユクが心配そうにオレを見てるじゃないか。
「受付に行こう、ユク」
二人を無視して集団の後ろに並んだ。
オレ達の後ろに慌てたクレイとヒューが、その後ろにソフィアとシンシアが続いた。
クレイが不機嫌なオレに気を遣って黙っていると、ソフィア姉妹の会話が聞こえてくる。
「ソフィア姉さま」
「どうかした、シンシア?」
「あの人って、そんなに凶暴なんですか?」
あの人って、オレのことか……。
「えっ、そんなこと…………ないから怖がらなくて大丈夫よ。とても強くて優しい方だから……でも怒らせてはダメよ」
ソフィア……それ、全然フォローになってないから。
「ふ~ん、それじゃクレイ様も大変ですね。お可哀想に……」
後ろを振り返らなくても、非難の視線が痛い。
や、やっぱりオレ嫌われてる?
「そんなことないぞ、シンシア」
クレイが二人の会話に口を挟む。
「リデルもあれで、なかなかいいところもあるんだ」
「例えば?」
シンシアの声は疑わしそうだ。
「例えばだな………………あれ?」
おい、お約束だけど、そこで詰まるなよ。
「やっぱり、ないんじゃないですか」
「いや、ある……きっと、あるはずだ。え~と……………貧乳?」
振り向きざまのオレのスペシャルパンチで、クレイは囲んでいる兵士のところまで吹き飛んだ。
い、言うにことかいて、何を言いやがる。
見ろ、オレだけじゃなくユクまでダメージを受けてるじゃないか。
ユクの引きつった顔を見て、クレイに文句を言いおうとした時、突然、横合いから凄い剣幕の声がした。
「いきなり、何をするんですか!」
見ると、シンシアが目を吊り上げて怒っている。
ソフィアはクレイの救護に向かったようで、隣にはいない。
ま、まずい。
はからずも、オレが凶暴であることを証明する形になってしまった。
「い、いやクレイの奴がね、暴言を……」
「だからと言って、暴力を振るって良い理由にはなりません!」
シンシアはぴしゃりと言ってのける。
確かに正論だ。
返す言葉も無い。
けど、素直に頷きたくない。
ソフィアはふんわりしてるけど、シンシアはどうやら真逆な性格らしい。
「まあまあ、妹さん。そんなに熱くならなくても……この二人にとって、これは一種のレクリエーションみたいなもので、本気ではないんですよ」
「妹さんではありません、シンシアです。現にクレイ様はお怪我なさってるじゃないですか。これのどこが本気じゃないと言うんです」
非難の目をヒューにも向ける。
「クレイもそこまで馬鹿じゃないですよ。殴られるのを承知で言っていますから、防御は万全です。たいしたダメージは受けてないでしょう……それに」
「それに?」
「リデルが本気なら、どんな人間だって立ち上がることはおろか、生命の危険すら有り得ます」
立ち上がってこちらへ歩いてくるクレイを眺めながら、ヒューは言った。
「クレイ様!」
大丈夫ですか?との問いに隣のソフィアが笑って頷く。
「ヒューの言う通りさ。リデルのあれは一種の愛情表現と言っていい。まあ、言ってみりゃ大人の関係の成せる業だな」
近づいて爽やかに笑いながら、
「お子様には早すぎたかな」
と言ってシンシアの頭を優しく撫でる。
「…………クレイ様、顔にげんこつの痕が残っています」
負け惜しみのように一言呟くと、シンシアは黙り込んだ。
オレには沈黙したシンシアが自分を部外者と感じているように見えた。
そんな風に扱うつもりはなくても、新しい集団になじむまでにそう感じることは、よくあることだ。
何かかけるべき言葉はないか考えたけど、何を言っても反発されそうな気がして諦めた。
たぶん、シンシアはクレイのことが好きなんだと思う。
だから、クレイと親い存在のオレが気に入らないのだろう。
それは、きっとオレがソフィアに最初に持った感情と恐らく同種のもの。
その思いに伴う焦燥感やイラつきはオレがかつて感じたものだけに、よく理解できた。
何とか仲良くできないか、あれこれ考えているうちに、ユクの順番が回ってきていた。




