忘れられた都とオレ②
それからのユクを加えた帝都までの道中は、オレにとって興味深いものだった。
というのも、ユクの発言や行動がオレのそれとは全く違っていて、女の子ってこんな反応するんだ……という驚きの連続だったからだ。
なんだろう、別に意識してやってるわけでも無さそうだし、ごく自然な振る舞いのようだ。
クレイもヒューもそれに普通に応対してるところを見ると、オレが今までいかに破天荒だったか痛感した。
思えばソフィアも、確かに常識人ではあったけど、どこか普通じゃないところがあって、こういう素直なリアクションを見ることがなかったっけ。
まぁ、あういう特殊な仕事をしてるから当然なのかもしれないけど……。
いや、性格かも?
意外に大胆というか、オレの前で平気で服を脱ぐのは勘弁して欲しかった。
とにかく、ユクを見てオレは真の女の子にはなれないって悟ったんだ。
早く聖石を探して男に戻らなきゃ。
そんな決意を胸にしていると、ふとユクが首から提げているペンダントを無意識に触っているのに気付く。
ユクの身なりはお世辞にも裕福なものには見えなかったけど、唯一そのペンダントだけは大事そうにいつも身につけていた。
「ユク、それいつも付けてるけど、綺麗なペンダントだね?」
一瞬、驚いた表情を見せたユクはすぐに笑顔になった。
「ありがとうございます、あたしも気に入ってるんです」
「ひょっとして、彼氏からの贈り物だったりして」
「ち、違います。彼氏なんていないって、先ほども言いました……でも、大切な方からいただいたものなんです」
「そうなんだ」
どこか憂いを帯びた微笑を浮かべ、ペンダントに視線を落とすユクにオレはそれ以上、声をかけられなかった。
何かいわくがあるのかもしれない。
オレ達はそれから程なくして、帝都の外縁にたどり着いた。
帝都に近づくにつれオレは実のところ、違和感を覚えてならなかった。
その原因は『忘れられた都』と称されていた帝都イオス・ターナにうら寂れた印象をオレが持っていたからだ。
けど、実際に近づいてみると、それが見当違いだと気付かされる。
確かに治安は悪く、いかがわしい輩も多く集まっていたけれど、思っていた以上に住人も多く、意外にも活気に満ち溢れていたのだ。
無秩序であるが故に、かえって力と金さえあれば誰でも権勢を自由にできる状況にあると言えるのかもしれない。
元々、帝都周辺は皇帝直轄領であったため、カイロニア・ライノニア両陣営が帝国を二分している現在でも、両者の緩衝地帯となっており、どちらの支配も及んではいない。
また、本来なら帝国府の行政官が統治を行うべきところが、それも全く機能していないようだ。
イオス・ターナ周辺地域の裏社会の形成はそういう状態の上に成り立っているらしい。
どちらにしても、その混沌は帝都の街壁外での話で、帝都を囲む街壁の内側では内戦前の秩序が、かろうじて保たれているようだった。
そして、オレ達は今、その街壁の南に位置する巨大な門を見上げていた。
帝都に入るための主要な門で、中に入るには門兵の通行検査があるらしく、門の前に長蛇の列ができているのが見える。
「げ、これじゃ今日中に中へ入れるかわからないぞ」
オレがげっそりした顔で列を見つめると、クレイがかぶりを振った。
「甘い、甘いぞリデル。周りを良く見てみろ」
「えっ?」
クレイに言われて辺りをキョロキョロ見回したけど、別段おかしなものはない。
「クレイ?」
「リデル、門の近くにこれだけ宿屋が立ち並んでる意味を考えろ」
「も、もしかして……」
「そうだ、一日や二日では入れないということだ」
「そ、そんな……」
思わず脱力して膝を付く。
やっと帝都に着いたっていうのに、こんなところで足止めなんて。
「なるほど、閉門と同時に列を解散させ、開門と同時に列を作らせるという決まりのようですね」
ヒュー、冷静な分析ありがとう……何の解決にもならないけど。
「リデルさん、あれ何でしょう?」
落ち込むオレの服の裾を引っ張り、ユクが門の上方を指差す。
「え……どうかした」
オレがユクの指差す先を見ると、高い街壁の上でオレ達を見下ろすように誰かが立っていた。
それは、全く不思議ないでたちだった。
遠目でよくはわからないけど、全身を青い装束で身を包み、舞踏会で使う仮面みたいなものを付けているように見えた。
「なんだ、あれ?」
オレが驚きの声を上げると、クレイが反応する。
「リデル、どうかしたのか?」
「いや、門の上に変な奴が……」
言いながら、もう一度見上げると、すでに誰もいない。
あれ……どこ行った?
「リデル?」
クレイが怪訝な顔でオレを見る。
「な、何でもないよ」
オレは言葉を濁すとユクに視線を向ける。
ユクも無言で頷く。
何だったんだろう、あれ?
確かに誰かが立っていた……。
オレとユクが二人で疑問符を頭に浮かべていると、ヒューが話しかけてくる。
「リデル、どうやら我々はそんなに待たなくて良さそうですよ」
ヒューの視線を追うと、長い列の脇に別の列が出来ているのが見えた。
皆、女性を伴う一行で、門兵に書状を見せると簡単に中へ入れるようだった。
どうやら、聖石に選ばれた娘達専用受付みたい。
そうとわかれば、こんなところでうだうだしてられない。
「ユク! あの列に並ぶぞ」
「は、はい」
ユクの手を引っ張って列の後ろに並ぶ。
クレイとヒューもオレとユクの後ろに付く。
やがて列は順調に進み、オレ達の番になる。
機械的に受付をしていた若い門兵は、オレを見ると目を丸くし、手に持っていた受付表を取り落とした。
あれ、何かオレ、目立つことしたかな?
門兵は顔を赤くして、
「し、神託の証書をご提示願います」
と、オレに告げた。
「いやいや、オレじゃないから……選ばれたのはこの子」
ユクを門兵の前に立たせる。
「ご、ごめんなさい」
いきなり、ユクが謝る。
違うでしょ、ユクは悪くないって。
間違えた、この人が悪い。
「これ……証書です」
ユクが証書を差し出すと、門兵は受け取って中身を確認する。
「証書に間違いありません。あ、勘違いして申し訳ありませんでしたね」
そう言うとオレとクレイとヒューを見て訝しげな顔をした。
「で、あなた達は?」
「付き添いその1です」
きっぱり断言する。
「同じく付き添いその2です」
クレイも真面目な顔で続ける。
門兵は疑わしげな目をオレ、クレイに向け、最後にヒューを見た。
「わ、私は付き添いではなく、負傷された護衛の代わりにここまで送ってきたヒュー・ルーウィックと申す者、怪しい者ではありません」
慌てて、説明を加える。
「ヒュー・ルーウィック……もしや、あの高名な『白銀の騎士』様でいらっしゃいますか?」
「高名かどうかはわかりませんが、そのように呼ばれている騎士ルーウィックなら私に相違ありません」
ヒューの返答に門兵達が動揺するのわかる。
「そうさ、本物の『白銀の騎士』様だよ……だから早くここを通してよ」
たたみかけるようにオレが言いつのると応対している門兵は恐縮して道を空けた。
「失礼しました、どうぞお通りください」
さすが『白銀の騎士』の名は伊達じゃないね。
まぁ、銀の甲冑装備一式を平時に華麗に着込んでいる人も、あんまりいないからね。
オレ達は固まっている門兵達に会釈して門をくぐった。
あの若い門兵が、オレの姿が見えなくなるまで目で追っていたのが、少し不可思議に感じたけど、気にしないことにした。




