貧乳娘とオレ②
「…………という訳で、悪いのはあたしで、この方は助けようとしてくれただけなんです」
必死に訴える少女にクレイは乙女の心を惑わせるような優しい目をしながら囁いた。
「お嬢さん、貴女は少しも悪くない。悪いのは、わざとぶつかって貴女に難癖つけようとした輩とちょっとしたことで、すぐかっとして暴力を振るう怪力娘なんだから」
な、なんだとう! オレも悪いのか?
確かに全員ぶっ倒した方が楽だって思ったことは認めるけど……。
何も全否定しなくたって。
「そ、そんなことないです……どうしたらいいか困ってたんです。助けてもらわなければ、今頃どうなっていたか」
い、いい娘だ!
「ほら、クレイ。この娘だって、そう言ってるじゃないか。……えと、何さんだっけ?」
「あ、申し遅れてすみません。あたし、ユク・エヴィーネと申します」
「あ、ごめん、こっちこそ。オレはリデル・フォルテ。あっちはクレイ・ハーグリーブス。よろしくね」
「フォルテさんにハーグリーブスさん?」
「リデルでいいよ」
「俺もクレイで構わない」
「はい、ではあたしのこともユクって呼んでください」
「わかった、そうするよ。で、そのユクちゃんが何でこんな物騒なところに一人でいるんだ?」
「それは……帝都に向かうためです」
「帝都へ?」
「はい、聖石の欠片に選ばれた17歳の女の子は帝都に集まるように告知されたからです」
聖石の欠片!
「って言うか、ユクちゃん、17歳なの?」
「はい、そうですが……見えませんか?」
心なしか落ち込んだようにユクは言った。
「そ、そんなことないけど、少し幼く見えるかな」
いや、てっきり13、14歳ぐらいかと思ってた。
「よく言われます。けど、こんなでもリデルさんよりお姉さんなんですから」
「ちょっと待て、オレも17歳だから」
「え……?」
とても見えませんって顔してるな。
「まぁ、俺から言わせれば、どっちも年相応には見えないけどな」
クレイの暴言は無視して、オレはユクをまじまじと見つめた。
童顔で華奢な体型の彼女に、言いようのない親近感を抱く。
向こうも同じようで親愛の情が見てとれた。
オレ達二人は、どちらともなく互いの手を取り、見つめ合った。
「さしずめ同病、相憐れむってとこだな」
クレイに無言で蹴りを入れてから、ユクに聞いた。
「聖石の欠片と告知って、どういうこと?」
オレの質問にユクは不思議そうな顔をした。
「リデルさんの街や村には告知官が来なかったんですか?」
「ごめん、一所に長くいることがないから」
「そうなんですか」
「そう、見てのとおり傭兵稼業なんだ」
背中の剣の柄を叩いて見せる。
「よ、傭兵さんなんですか……ごめんなさい、とても見えませんでした」
ぐさっ。
驚いた可愛らしい顔が、オレへ無意識のダメージを与える。
どうせ、闘いを生業にしている人間には見えないよ。
だから、スカートを穿くのは嫌だって言ったのに……。
あとでクレイをぶん殴ってやる。
「あの……あたし、何かいけないこと言いました?」
オレの憮然とした表情に気付き、おろおろしながら尋ねる。
「いや、ごめん。なんでもないよ、気にしないで」
慌てて、にっこり笑って安心させる。
どうもユクは人見知りの上、自分に自信がないみたいだ。
相手に気を遣いすぎて思い悩むタイプに見えた。
見た目からして、可愛らしく繊細な感じがして、同い年なのになんだか守ってあげたい気分になる。
友人というより保護者の気分だ。
「で、その告知の内容って?」
クレイがさりげなく話の先を促す。
「あ、その話でしたね……」
ユクは恥ずかしそうにクレイの視線から目を伏せ、話し始めた。
半年ほど前……そう、2の下月(にのしもつき、太陽暦で6月にあたる)だったと思います。
あたしの村に告知官がやってきました。
知ってのとおり、告知官は王や役所の告知を村や町に赴き、読み上げるのが役目です。
でも、その告知官は違いました。
村人を広場に集め、書状を恭しく開き、朗々と告知を始めるところまでは同じでした。
けれど、告知の内容は次のようなものでした。
『今年17歳になる娘は全て、我が前にて聖石のご神託を受けよ』
そう言うと、告知官は懐から、更に大事そうに小箱を取り出しました。
村のみんなが一斉にあたしを見たのがわかりました。
何故なら村に17歳の娘はあたししかいなかったから……。
周りに押し出されるように告知官の前に出ると、彼は小箱を開き、中にある聖石の欠片に手をかざすように言いました。
あたしは言われるままに、手を伸ばすと……。
聖石がほんのりと輝きました。
『貴女様には御印がございます。この証書をお持ちになり帝都へお向かいください』
告知官は突然、態度を変え恭しくあたしに言いました。
『あの……あたし一人で帝都に行くのですか?』
治安の悪い帝都にあたし一人で向かうのは、どう考えても無理でした。
『ご安心ください、護衛の者が後日参りますので、その者と一緒に帝都へお向かいいただきます』
『え、告知官様は?』
『私は次の村へ向かわねばなりません。帝都の告知官全てが国中にこの告知を行っているのです』
あたしに証書を渡すと、告知官はすぐさま隣の村へ出立しました。
そして、そんな一件があったことをすっかり忘れかけた二月ほど後に、護衛の兵士が村にやって来ました。
本来なら、近場の選ばれた娘達何人かでグループを作り、複数の護衛の兵士と共に帝都へ向かう段取りのようでした。
でも、あたしの村の近くにそうした娘が他にいなくて、あたしと護衛の兵士と二人だけで旅立つことになりました。
「ふう~ん。男と二人だけの旅だなんて、怖くなかったの?」
オレが訊くと、ユクは笑って答えた。
「いえ、おじいちゃんの兵士さんだったんですよ。それにリデルさんだって、クレイさんと旅をしてるじゃないですか」
「いや、こいつは……」
「ユクちゃん、よくぞ聞いてくれました。ホント、さっき見てたからわかると思うけど、リデルの暴力ってそりゃひどいもんでね。旅の途中、怖いのなんのって……」
横からクレイが、でまかせを言うとユクは目を丸くする。
「ちょ……信じんなよ。クレイもいい加減にしないとただじゃおかないぞ」
「ほら、これだ。ね、怖いでしょう?」
オレが睨み付けると、クレイはユクに片目をつぶって見せ、オレから逃げ出した。
全く……クレイの奴。
ルマの件でちょっとは見直したのに……やっぱり馬鹿だ。
「で、その護衛はどうしたんだ?」
気を取り直してオレはユクに尋ねた。
「はい、それが一つ前の町で腰を悪くして動けなくなったんです」
思い出してくすっと笑うと、
「ごめんなさい、本人にとっては笑いごとじゃないんですが、それはもう大騒ぎで、いつもの威厳も吹き飛んで、悲鳴を上げてました。少し身体を動かすだけで死ぬほど痛いようで……」
最後の方は痛みを想像してか神妙な顔付きで言った。
「だから、一人で帝都へ向かうとことにしたんです」
ど、どうして……その発想になる?
迷いも無く断言するユクにオレは額を押さえながら訊いた。
「あのさ、一人で危ないから、護衛がついてたんじゃないのかな」
「はい、そうです」
「一人で向かったら危険だと思わなかった? っていうか、実際危なかったし……」
「それが、あたしにはわかったんです。このまま向かっても大丈夫って」
「はい?」
ユクの言ってることがわからない。
「ど、どういう意味?」
「あたし、昔からそうなんですけど、不思議とこれから起こることがわかるんです。今回も一人で行っても大丈夫……むしろ良いことがあるって感じたんです」
ユクは目をキラキラさせながら、オレの手を握った。
「ね、当たったでしょ」
や、やべっ……神秘系か。
心持ち引きながらも、オレは恐る恐る確認した。
「で、これからどうするの?」
「はい、頑張って帝都へ向かいます」
「それも直感?」
「はい、何とかなる気がします」
う、疑ってないなぁ。どこから来る自信なんだろ。
「ごめん、ちょっといい?」
ユクをそこに待たせ、クレイに目配せすると一緒に少し離れる。
「クレイ……あのさ」
「お前の言いたいことはわかる。ダメだとて言ってもそうするんだろう」
半分諦め顔でクレイはため息をついた。
「さすが、クレイ。だって、ほっとけないじゃん。それにどうせオレ達も帝都へ向かうんだし」
「断言するが、お前絶対やっかいごとに巻き込まれると思うぞ……」
クレイの忠告を背中に聞き流し、ユクの元へ戻るとオレは言った。
「ユク、一緒に帝都へ行こう!」
「えっ、いいんですか?」
驚く仕草は演技とは思えなかった。ホントに一人で行く気だったのか……。オレもどちらかと言えば無謀な方だけど、ユクはその上をいく逸材だ。
「うん、オレ達も帝都へ向かう予定だったから、気にしないでいいよ」
「そうなんですか。でも、リデルさん達とご一緒できて、あたし嬉しいです」
嬉しそうに微笑む姿に、ちょっとキュンとした。
か、可愛らしい。
何て言うか、小動物の可愛らしさに似ている。
「とにかく、この連中の後始末は俺がやるから、リデル達は宿屋に入ってくれ」
クレイはやれやれといった顔つきで、オレ達を促すと気絶している男達に向かった。




