貧乳娘とオレ①
「で、どうしてこうなったか、説明してもらおうか?」
クレイは呆れたようにオレに言った。
「いや、ちょっとした成り行きでね……」
目を合わせずに視線を落とし、オレは神妙に答える。
「リデル……俺が目を離したとたん、これじゃ。先が思いやられるぞ」
い、言い返せないけど、何かムカつく。
「で、でもさ……仕方なかったんだよ」
「ほお~っ、この状況で、まだ言い訳が通ると思ってるのか?」
クレイは、オレと周囲でのびている男達の山を見比べ、黒い笑みを浮かべながら、指をならした。
オレの名は、リデル・フォルテ。
本当は17歳の男子だけど、故あって女の子してたりする。それも自分で言うのも気が引けるけど、美少女という範疇に入るらしい。
自分ではよくわからないし、自分自身それほど変わったようにも思えないけど、これまでに遭遇した事件から、その恩恵というより実被害でその現状を十分理解した。
で、なんでこんな羽目に陥ったかと言うと……この世に奇跡を起こすという『聖石』の力と相棒のクレイのせいだと言っていい。
聖石に願いは何かと問われたオレが『世界最強の男にしてくれ』と言い終わる前に、横から相棒のクレイが『美少女にしてくれ』なんて口をはさんだものだから『世界最強の美少女』になっちまったって訳だ。
う~っ、思い出しても腹が立つ。
そもそも、こいつのせいでこんな情けない状況になってるのに、なんで今、こいつに上から目線でお説教を受けなきゃならないんだよ。
言い返そうとオレが口を開くよりも先に、後ろからクレイの前に進み出た少女が、おどおどした表情でクレイに頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。あたしが悪いんです」
ユク・エヴィーネは泣きそうな顔で謝った。
話は少し遡る。
カイロニアの公都ルマを出立したオレ達一行は順調に旅を続け、帝都イオス・ターナまで、あと2、3日の所まで到着していた。
ちなみに一行とは、不幸を一身に背負う可哀想なオレ(リデル)、腕は立つし頼れるけど変態な傭兵クレイ、美形だけど女心に鈍い白銀の騎士ヒュー、クレイの幼馴染で謎多き清楚な美女ソフィアの4名だ。
む、何か反論の声が聞こえてきそうだけど、敢えて無視する。
とにかく、帝都まで指呼の距離になり、普通なら安心するところなんだけど、帝都に近づくにつれ治安は悪くなる一方だった。
法を遵守すべき公権力がないのに、富と人間が集まっていることが原因なのだろう。
そんな訳で、ソフィアは一足先に帝都に行って情報収集と滞在準備をしてきますと一人先行し、ヒューも今のうちに痛んだ馬具を修理すると出掛け、久しぶりにクレイと二人きりになった。
そのことに気付くと、なんだか妙にどきどきして、クレイの顔がまともに見られない。
今まで、ずっと戦場で寝食を共にしてきた相棒なのにオレが女になってしまってから、どうも微妙な感じだ。
「……あのさ、ちょっと外へ行ってもいい?」
今日の寝泊りについて、宿の主人と話をしているクレイにぶっきらぼうに言う。
「……? 構わんが、この辺りは治安が悪いから気をつけろよ」
「大丈夫さ、めったな奴には負けないから」
「違う! 逆だ。お前の馬鹿力で相手に怪我させないか心配してるんだ」
クレイ流の冗談だとわかってたけど、オレはむっとして返答もせず表へ向かった。
う~ん、何故だろう?
今ひとつクレイとの間がしっくりこない。
そんなことを考えながら、通りへ出ると何だか騒がしい。
見ると一人の少女を人相の良くない連中が取り囲んでいる。
オレは足音を立てないように、そっと近づいた。
男達は武装しているところを見ると、傭兵か傭兵くずれといった感じで、一方の少女は華奢な身体をしたおとなしそうな娘でオレより幾つか年下に見えた。
「ご、ごめんなさい。あたしがぼーっとしてたもんだから……」
少女は何度も謝っていた。
それに対し男達はにやにやと笑い、舐めるような目付きで少女を眺めている。
会話から推測するに、少女は男達の誰かとぶつかったらしい。
その拍子に男が手に持っていた串焼きのようなものを地面に落としてしまったようなのだ。
男達が慰み半分で因縁をつけ、少女がひたすら謝っているという図式だ。
「そうだなぁ、許してやらんこともないが、それにはだ」
いきなり、リーダー格の男が少女の腕をつかんだ。
「それ相応の誠意を見せてもらおうじゃないか?」
顔を近づけ、酒臭い息を吹きかける男に、少女は青白い顔で身体を硬くする。
「おいおい、 いいかげんにしないと天罰が下るぞ」
突然、オレに声をかけられ、驚いた素振りを一瞬見せた彼らは訝しげに振り向くと、オレの姿を見て目を丸くした。
「な、なんだ、驚かすなよ。どんな奴かと思えば、こりゃまたすげえ上玉じゃないか?」
少女の腕を掴んでいる男はオレを上から下まで見て品定めすると、周りの男達に目配せする。
「丁度いいや、お嬢ちゃんもこの娘と一緒に俺達と仲良くしようぜ」
「願い下げだ」
オレの底冷えするような視線に全く気付かず、別の男が舌なめずりしながら近づいてくる。
「目上の人に対する口の訊き方がなってないようだな。俺がじっくり教えて……」
最後まで言い終える前に、その男はオレの前から吹き飛んだ。
一瞬、何が起こったかわからなかった男達は、にやにや笑いを張り付かせたまま硬直した。
けど、次の瞬間、仲間を倒された怒りで血相を変えてオレを取り囲んだ。
「こいつ、可愛いからって付け上がりやがって、ただじゃおかねーぞ」
なんて常套句なんだ。
小悪党の典型だ、きっと逃げる時の決め台詞は「覚えてやがれ」に違いない。
オレがげんなりして黙っていると、怯えていると勘違いしたのか不用意にオレへ手を伸ばしてくる。
すかさず、あのクレイさえ黙らせるパンチをきっちりお見舞いする。
二人目が吹き飛ぶと、奴らは一斉に襲いかかってきたけど、ぬるすぎる相手だった。
少女が驚いて瞬きする間に、全員が地に伏せていた。
手加減したから、死人は出ていない。
「君、大丈夫だった?」
「……はい、あたしは平気です……あの、ありがとうござ……」
「リ――デ――ル!」
振り向くと、クレイが目を三角にして立っていた。




