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いつまでも可愛くしてると思うなよ!  作者: みまり
いつまでも可愛くしてると思うなよ!
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旅立ちの門出に①

「リデル、支度はできましたか? 何か忘れ物はありませんか?」

「あ……うん」


 状況が飲み込めず、オレは目を白黒させていた。


「あのぉ……ヒュー、少し聞いてもいいかな?」

「はい、どうぞ」


 にこにことオレの荷物を運びながらヒューが答える。


「あのさ、何でここにいるの?」






 ラドベルクとイエナが和解した後、宿に戻ったオレ達は翌日の早い時間にルマから出立することを決めた。ソフィアにオレ達の居場所を聞いて、矢も盾もたまらず飛び出したラドベルクのおかげで、事なきを得たけど、ああいう輩が他にも現れる可能性は高かった。

 目的であった武闘大会が終わったことだし、安全面を考えると、なるべく早く街から出るのが賢明だった。

 エクシーヌ公女にお別れの挨拶ができないのは心残りだったけど、公女様にはもれなくあいつが付いてくるので泣く泣く諦めた。

 さんざん世話になったアーキス将軍には別れの言葉ぐらい告げていきたかったけど、それも断念する。

 会いに行けば、きっと時間を空けてくれると予想できたけど、ここは敢えて何も言わずに出て行くことにしたのだ。

 だってホントは、オレのような一傭兵が公国の重鎮である将軍に気安く話してはいけないものなんだ。

 今更ながらの話だけど、本来はそういうものらしい。大会期間中ならまだしも、大会が終わった今では、将軍が良くても周りが体面を気にするだろう。それにこちらから会いに行くのは、頼りにしてるみたいで嫌だったし、例の事件で多忙な将軍の貴重な時間を無駄にさせるつもりもなかった。

 それに黙って行く方が、男を袖にするみたいでかっこよくないか?


 朝起きると、ソフィアにお願いして、ティオドルフ近衛将軍から約束通り帝都までの旅費を受け取りに行ってもらうことにした。

 その間、クレイと二人で旅支度をしていたところ、いきなりヒューがやってきて、あれこれと世話を焼き始めたという次第だ。


「何でって、一緒に帝都に行くからに決まってるじゃないですか」

「えっ?」


 クレイと相談して、傷を癒すため治療所にいるヒューだけには、声をかけていこうと決めていた。

 そのために都合をクレイの部下に聞きに行ってもらったんだけど……。

 返事ではなく、本人が来るとは思わなかった。


「どうして帝都へ?」


 まさか、オレが心配だからって理由じゃないよね?


「師匠が帝都にいると人伝ひとづてに聞いていたものですから」

「……師匠って、死んだんじゃないの?」

「一言も亡くなったとは言ってませんが……」


 回想口調が紛らわしいんだよ!

 てっきり、死んだからヒューが名誉挽回するしかないって、思い込んでた。


「それとも、クレイとの二人旅にお邪魔でしたか?」

「そ、そんなことないよ」


 焦って否定したけど、二人きりの旅になるはずだったと想像したとたん、急にドキドキしてきた。今まで、ずっと二人で旅してきたのに、何でだろう?


「で、でも二度と会わないって誓ったんじゃなかったっけ?」

「ええ、そのつもりだったのですが、今回の大会でいろいろと思うことがありまして……」

「そうなんだ……まぁ、クレイが良ければ、オレは別に一緒でもいいけど」


 オレも妙な気持ちにならなくて済むし……。


「俺も別に構わないんだが、傷の方はもういいのか?」


 クレイは、ヒューが運ぼうとしていたオレの荷物をさりげなく奪いながら言った。


「ええ、完全ではありませんが、もう大丈夫です。修行中にはよくあることですから」


 ヒューはオレの荷物を残念そうに見送りながら答える。


「それじゃぁ、またしばらく一緒だね。よろしく、ヒュー!」


 クレイから無理矢理自分の荷物を取り返すと、オレはヒューに笑顔を向けた。ヒューが笑顔を返し、何か言おうとした時、ソフィアが戻ってくる。


「ただ今、戻りました。旅費は確かにいただいて参りました」


 相変わらず有能なソフィアだけど……。


「あのさ……ソフィアも何で旅支度してるの?」


 旅支度どころか、どんな深い迷宮に入りますかレベルの装備をしたソフィアにオレは頭を抱える。頭にはフードを被り、肌を露出しないように長袖・長ズボンを着込み、背中にはバックパック、右の腰にはランタン、左の腰には縛ったロープを吊り下げ、釣竿に簡易ピッケルまで持参した姿に声もなかった。


「もちろん、リデル様にお供するつもりです。リデル様のお世話は、クレイ様から仰せつかった大切な役目ですから……」


 断言するソフィアにオレは慌てて質問した。


「あ、あれは大会期間中だけの話じゃなかったの?」

「私が自主的に延長しました」


 ソフィアはにこにこしながら冗談とも本気ともとれる発言をした。


「そ、そうなの……じゃ、これからもよろしく」


 まぁ、この際一人増えようが二人増えようがどうでもいい気分になったオレは無責任にも快諾する。


「ソフィア……お前、ルマの情報収集と分析が役目じゃなかったのか?」


 クレイだけが憮然とした表情で彼女に確認する。


「クレイ様に再会する前に、既に許可を得ていますので大丈夫です」


 さては、始めからクレイに付いていくつもりだったな、ソフィア。

 クレイ、残念だけど諦めろ。

 彼女の方が一枚上手だ。

 納得いかない顔のクレイを笑顔で見つめていたソフィアは思い出したようにオレの方へ向き直ると、ティオドルフの伝言を告げた。


「ティオドルフ様が、ぜひ練兵場に立ち寄って欲しいと仰っていました」

「練兵場?」


 確か、練兵場はルマ市郊外にある軍の施設で、ルマを出立する際に近くを通る位置にあった。

 練兵場に何の用があるんだろう?

 まぁ、どうせ近くを通るから、立ち寄るぐらいなんでもないけど。


「うん、わかった……で、みんな支度できたの? 準備が良いなら出発しようと思うんだけど」


 疑問を感じつつ、とりあえず出立することにした。

 オレが赤月亭から出ようとすると、クレイが押しとどめる。


「クレイ? どうかした」

「ああ、実はお前に渡す物があるんだ」

「え、何かくれるの?」


 突然の申し出に嬉しさ半分、この間のテリオネシスの剣みたいに交換条件があるのかと身構える。


「外を見てみな」


 クレイは扉を開けて、外を指し示した。

 オレが目を向けるとそこには……。




 賢そうな白い馬が佇んでいた。


「ク、クレイ……この馬は?」

「お前のだ」


 クレイの言葉に一瞬、思考が停止する。

 

 オレの馬……。

 次の瞬間、オレは嬉しさのあまり訳がわからなくなって外へ飛び出した。いきなり近づこうとして、円らな瞳と目が合い、足を止める。

 怯えさせてはいけないと思い、様子を窺いながらゆっくりと近づく。

 注意深く腕を伸ばし、首を優しく撫でると大人しくしている。


「素直で優しい女の子だ、可愛がってやってくれ」


 後ろからクレイの声がした。


「名前は?」

「リーリム」

「可愛い名前だね」


 リーリム、と声をかけると鼻をこすりつける仕草をした。


「悪いな、本当は戦闘馬を買ってやりたかったんだが、持ち合わせが足りなくて乗用馬になっちまった」


 頭をかきながらクレイが謝る。


「そんなことない。とても気に入ったよ」


 リーリムを撫でながら、本心からそう思った。


「クレイ様はリデル様に大金を賭けていらしたんですが、ああなってしまわれましたから……」


 ソフィアが悪気も無く暴露する。


 あ、オレのせいか……。


「ご、ごめん。クレイ……」


 振り返って、頭を下げる。


「いや、いいんだ。俺が不甲斐ないせいだから……」


 と言いつつ、ソフィアの頭を軽く小突く。


「い、痛いです。クレイ様」


 お前が悪いとばかりに、涙目のソフィアを見てクレイが苦笑する。


「お前とヒューは馬で行くといい。俺とソフィアは馬車を借りることにする」


 宿屋の主人が天蓋付きの馬車を入り口につける。

 恐縮するソフィアを乗り込ませると、クレイは御者台に座った。

 ヒューも愛馬のナヴァロンに乗り、出立の準備が整う。


 いよいよルマから離れる時がきた。

 思い返せば、いろんなことがあったけど、来て良かったと思う。

 聖石の情報も入ったし、ラドベルク親子を救うこともできた。

 たくさんの人とも知り合えた。

 武闘大会で優勝できなかったことより、ラドベルクと闘えなかったことの方が心残りだったけど、大会自体はいい経験になった。

 早く男に戻って、一から武術の鍛錬をやり直したい気持ちで一杯だった。


「どうしたリデル? ぼんやりして」

「ん……何でもない。じゃ、出発しよう!」


 リーリムにまたがったオレの掛け声で、一行は思い出深いルマを後にした。


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