最近、お父さんと話したことがありますか? ②
「おい、あんた!」
不意にオレ達に話しかける声がした。
「あんた、あのリデルじゃないのか?」
「お~本物だ!」
「なんでこんなところにいるんだ?」
ガラの悪そうな男数人がオレ達を覗き込んでいた。
見ると、彼らの後ろには一般市民とおぼしき集団が続いている。
どうやら、賭けに負けて不満を持った市民の集団が彼らと共に街を徘徊していたようだ。
そして、オレとイエナの周囲を取り囲むと、成り行きを見守るように静かになった。
「俺達、あんたのせいで大損したんだぜ」
「そうそう、大会運営に言っても埒があかないんで、こうして街で主張してるって訳さ」
主張って……街で暴れてるのはこいつらか。
「ホントにエライ目にあったぜ。あんたのせいで俺の生活はめちゃくちゃだ、どう落とし前つけてくれるんだよ」
「大会を欠場したことは謝る。ごめんなさい……」
オレは立ち上がって頭を下げた。
「でも、賭けのことをオレに言われても困る。それは大会運営者に言って欲しい」
こいつらの気持ちもわからないでもない。確かに理不尽な気もする。
けど、この大会はトーナメント制のため、今日の試合の怪我が次の試合に影響することはよくあることだ。
そのため、それらの状況を加味して賭けるのが常識となっている。
つまり、対戦者の負傷状況も考えて賭けなければいけないのだ。大会規約では、前日に賭けが締め切られた時点で賭けが成立すると決められている。
たまたま今回は試合直前に体調不良で欠場したが、そのまま無理をおして出場して負けた場合と同じと考えるのが規約上の判断だ。
けど、あの時点でオレが欠場するなんて、誰も予想できないと思うから怒りをぶつけたい気持ちも納得できる。
だから、事件を公表して賭け自体を無効にして払い戻しすることを進言したんだけど……。
「こんなところで出くわすなんて、俺達も運がいいぜ」
「その通りだ、ちょっと俺達に付き合ってもらおうか」
「賞金だってたんまりもらったんだろ?」
賞金は断った……なんて言っても信用しないだろうな。
それに、なんとなく身の危険を感じた。
「私、この人たち見たことある……」
オレの横でイエナが小声でつぶやく。
「えっ、ホントか?」
「うん、捕まっていたお屋敷に来てた人達だよ」
捕まってたお屋敷……ダノン邸にいたってことは。
こいつら、ラドベルクが八百長して負けることを承知してオレに賭けて大損した輩だ。
そうとわかれば、こんな奴らに従う必要もない。
「言いたいことはそれだけなら、帰らせてもらうぞ」
オレは指を鳴らして睨みつけると、そいつらは狡猾そうに笑った。
「お、こいつ。無法にも一般市民に暴力を振るおうとしてるぜ」
「おーい、みんな。リデル嬢は自分の非を暴力で誤魔化そうとしてるぞ」
後ろにいる本物の一般市民を扇動する。
彼らはそれに乗せられて口々にオレを罵った。
まずい、暴徒化しそうだ。
オレ一人なら何とかなるかもしれないけど、イエナに怪我をさせるわけにはいかない。
「わかった。話を聞くから、この娘は帰してやってくれないか? 無関係なんだ」
「お、お姉さん!」
「オレは大丈夫だ。けど、行く前に約束して欲しい。お願いだから、ラドベルクともう一度話し合ってみてくれないか?」
イエナはオレを残していくことに不安そうな顔をしていたけどオレが頷くと、ためらいがちに答えた。
「……うん、そうする」
イエナの返事を聞いて、オレは笑顔を見せる。
「あいにくだが、それはできない相談だね」
リーダーらしき男がいやらしい目をしながら、口を挟む。
「な……どうしてだ?」
「そいつは狂戦士ラドベルクの娘だろう。そいつがいれば優勝賞金も手に入るってもんさ」
どこまで腐ってるんだ。
「俺はその狂戦士様にあったことあるが、いけ好かない野郎だったぜ。人殺しの癖に、妙にインテリぶって落ち着いた振りしやがってよ」
別の男が言い始める。
「そうそう、全く何様のつもりかね。味方殺しがばれて軍にいられなくなった奴がさ」
「聞いたか? 偽善者ぶるために、この娘を引き取ったそうじゃないか」
「それじゃ、優勝賞金出さないかもな」
「言えてる」
「卑怯な奴だから、本当にありうるぞ」
口々にラドベルクを誹謗し、笑いものにし始める。
こ、こいつら……。
オレが奴らに何か言ってやろうと口を開きかけた。
「違うもん!」
突然イエナが大声を出し、オレの前に立ちはだかる。
「パパは卑怯なんかじゃない!」
「イエナ……」
顔を真っ赤にして怒るイエナをオレは見つめた。
「パパは優しくて物知りで、誰に対しても親切なんだよ……私にだって……いつも優しくて……怒った時は怖いけど……本当にいいパパなんだから」
イエナは一瞬、迷う素振りを見せたけど、顔を上げて一気に叫んだ。
「私……パパが本当のお父さんじゃなくても、世界中で一番好きだもん」
イエナ……。
オレはイエナの頭を優しく撫でると、守るように前に立った。
そして、嘲るようにオレ達を見下ろす連中を睨みつける。
ちょっと痛い目に合わないと理解できないようだな。
彼らに物の道理を教えてやろうと、足を一歩踏み出した時だ。
「イエナ……」
低いバリトンの声が響く。
オレ達を取り巻いていた市民集団の一角がどよめいて道を明ける。
その奥にラドベルクが大木のように呆然として立ち竦んでいるのが見えた。
「パパ!」
イエナの顔が嬉しさでぱっと明るくなる。
オレは黙って前へ進み、目の前にいるごろつき達を瞬きする間に叩きのめすと、広場の左右にどけた。
イエナの前にラドベルクへ一直線の道ができる。
迷わず走り出したイエナは、ためらわずラドベルクに抱きついた。
ラドベルクはイエナを抱き上げると、こみ上げる涙をこらえるように笑って言った。
「イエナ……パパと村に帰ろう」
「うん!」
イエナも泣きながら、けど嬉しそうにラドベルクの首にひしと抱きついた。




