最近、お父さんと話したことがありますか? ①
オレ達はラドベルクを連れ立って『赤月亭』に来ていた。
そこにソフィアとイエナが待っていたからだ。
そう、ルマに着いた時、最初に泊まった宿屋だ。つい、この間のことだったのに、何だか懐かしい気がした。
宿に着くと、ソフィアが入り口まで出迎えてくれる。
「ソフィア、もう身体は大丈夫?」
最後に見たのは瀕死の重傷を負って床に倒れこむ姿だったので、心配で思わず聞いた。
「はい、リデル様のおかげで、このとおり生きています。ありがとうございます」
オレの心配が嬉しかったのか頬を染めて頭を下げた。
オレのおかげ……まぁ間違いではないけど、オレとしては複雑な心境だ。
助けたかったのは本心だったし、結果的には良かったんだけど、断じてあの力はオレの意志で働いたものじゃない。
でも、頭を上げて、ほんわりとした優しい笑顔を見せるソフィアを見て、そんなことはどうでも良くなった。
この笑顔が見られなくなるより、ずっといい。
元気そうなソフィアの姿に少し涙腺が緩んだオレは慌てて聞いた。
「イエナはどこ? 元気でいる?」
「はい、食堂でお待ちになっています。お疲れの様子ですが、お怪我などはしていません。ただ……」
「ただ?」
「ご様子が変なんです」
「変って?」
「なんと申して良いかわからないのですが……とにかくお会いになっていただけますか?」
「わかった」
何となく胸騒ぎがして、ラドベルクと食堂へ向かう。
オレ達が食堂へ入ると、小柄な少女が食卓から立ち上がった。
エトックの話では確か8歳って聞いてたけど、年齢より大人びて見える。
頭が良く、家事をすすんで行う利発な娘だそうだから、同世代の子どもよりずっとしっかりしているんだろう。
ほっそりとして小柄な少女の大きな瞳がまっすぐオレ達を見ていた。
彼女の見上げる視線は、オレの後ろにいるラドベルクに向けられているようだった。
オレはそっと横に動いて道を開けた。
静かにラドベルクが前へ出る。
オレは二人が抱き合う感動の対面を期待した。
けど、イエナの次の言葉に耳を疑った。
「パパはやっぱり、本当のお父さんじゃなかったの?」
ラドベルクが足を止める。
思いつめたような表情でイエナは続けた。
「ゾルゲンって人が教えたくれた。パパは私の本当のお父さんじゃないって……それどころか、私の本当のお父さんを殺したのはパパだって」
ゾ、ゾルゲンの馬鹿野郎! 何てことをイエナに言ったんだ。
オレは慌ててラドベルクを見た。蒼白になったラドベルクは搾り出すように言葉を紡ぎ出す。
あ、馬鹿、もしかして……。
「それは本当のことだ……すまない」
ラ、ラドベルク! お前、馬鹿正直にもほどがあるって……。
「嘘つき! 大嫌い!!」
見開いた目に大粒の涙を溜めて、いきなり駆け出したイエナはオレとラドベルクの間を走り抜け外へ飛び出していく。
「ちょっ……あんた、何やってんだよ!」
「事実は事実だ。嘘はつけない。やはり、私にイエナを幸せにする権利などないのだ」
ラドベルクの言葉にかっとなる。
「あんた、何を言ってんだ! あんたが幸せにしてやれなくて、他の誰がするんだよ。あんた、あの娘のために死ぬ気だったじゃないか!」
打ちひしがれるラドベルクに言葉を投げつける。
「あんたは、すぐそうやって自分を卑下して自分を責めるけど、相手の気持ち考えたことあるのか? イエナのお母さんだって、あんたのこと憎んでいたかもしれないけど、戦争だから仕方がなかったって納得してあんたに大事なイエナを託したんじゃないのか? それを無責任に投げ出すつもりか! 殺されたノリスだって、あんたのためだから危険な役を引き受けたんじゃないのか?」
オレの言葉をラドベルクは黙って聞いている。
「もっと自信持てよ。みんな、あんたが思っているより、ずっとあんたのことが好きだし、信頼してる。オレもあんたのこと好きだよ。イエナだって、今は混乱してああ言ったけど……絶対、あんたのこと愛してる。あんたがパパであることは何があっても変わることはないんだよ……」
「リデル……」
顔を上げたラドベルクはすがるような目でオレを見ていた。
「イエナと話がしたい……」
吐き出した言葉に、ためらいながらも切実に求めるイエナへの愛情を感じた。
「わかった! 任せときな」
そう言うとオレは食堂から飛び出した。
宿屋から出ると、すぐにソフィアが走り寄ってくる。
「ソフィア?」
「リデル様、イエナさんはこちらです」
先に立って歩きながら説明する。
「いきなり飛び出したので、心配で仲間に追いかけさせました。すぐそこにいます」
ソフィア……やっぱり仕事のできる女性は素敵だ。
案内されて、後についていくと広場の水飲み場に着く。イエナはへりに越し掛け、泣き腫らした目でぼんやりと座っていた。
「私はクレイ様に報告に行きます。イエナさんをお願いします」
そう言ってソフィアが立ち去ったので、オレはイエナにゆっくりと近づいた。
「となり、座ってもいいかな?」
心あらずの感じのイエナを驚かさないように優しく話しかける。
「え……うん、いいけど」
警戒しながらも頷く。
「オレはリデル。エトックから頼まれて、ずっと君のこと探してたんだ」
笑顔を向けるとイエナは目を見開く。
「あなたがリデルさん? ソフィアさんから、助けてくれたのはリデルって人だって聞いたの……ありがとう、助けてくれて」
「あ、いや。無事で良かったね」
確かに年齢よりしっかりしてる。
とにかくラドベルクの気持ちをイエナに伝えなきゃと思い、ハッと気がつく。
あ……オレ、このくらいの年齢の女の子としゃべった経験が無いんで、何を話していいかわからない。どうしよう……。
こういう時、ヒューなら、きっと優しく上手に話せるに違いないのに。
オレには到底無理だ。
でも、悩んで黙っていても仕方ないし……いつも通り話そう。
「あのさ……さっきの話なんだけど」
「……」
「本心で言ったんじゃないよね?」
「本心って?」
「ああ、本当の気持ちってことだよ」
「ホントの気持ちだよ。だって、ずっと嘘ついてたんだよ、信じられないでしょ!」
先ほどまでぼんやりしていたのが、嘘のように興奮して話す。
「イエナの気持ちもよくわかるけど、少し話を聞いてくれるかな?」
イエナの目を見て、落ち着かせるようにゆっくり語りかけると、不満げな様子で黙り込んだ。
オレは子どもに対して、噛んで含めるような物の言い方は好きじゃない。
わからないだろうからと事実を省略して話すのもフェアじゃないと思う。
もちろん、子どもが年齢に応じて知るべき事柄も確かにある。
でも、それ以外は例えわからなくても子どもなりに感じて考えさせるべきだと思ってる。
だから、今までの経緯をイエナに丁寧に説明した。オレはイエナの様子を見ながら、できるだけ彼女が理解できる言葉を選んで話すよう心がけた。
イエナも黙って聞いている。
「……っていうことが君を助け出すまでにあったんだ。今は素直に聞けないかもしれないけど、ラドベルクは……君のパパは、自分が死ぬ覚悟で君を助けようとしてたことだけはわかって欲しいんだ」
イエナはオレの目を見ずにつぶやいた。
「……そんなのパパの勝手じゃない。そのまま死んじゃえば良かったのに」
「何だと……」
思わず声のトーンが低くなる。
「今の言葉……本当にそう思ってるのか?」
たとえ、子どもでも言っていいことと悪いことがある。
「…………」
さすがに言い過ぎたと思って、イエナが黙り込む。
オレは怒りを静めるように淡々と言った。
「わかった。君はエトックの家に身を寄せるといい。ラドベルクにはオレから伝えておくから安心してくれ。それとエトックとの約束があるから、村まではオレが送っていくよ」
オレが立ち上がる素振りを見せると、イエナが慌てて引き止める。
「ま、待って! お姉さん」
「何?」
声が冷たくなるのは、さすがに大人気ないと自分でもわかったけど、不器用だから仕方がない。
「あの……私……」
青白い顔でイエナが何か告げようとした時だ。




