それぞれの日々……⑦
「アリスリーゼに居所を移すという意味か?」
イーディスが訝し気にオレを見つめる。
「うん、そうだよ。堅苦しい皇宮生活には耐えられそうにないし、予想される両公子の求婚も鬱陶しいからね。だいたい皇帝陛下がいるなら皇女なんてすることないでしょ……それにオレがいるとイーディスだってやりにくいと思うし……」
一番の理由は最後だ。今回の内乱の責をイーディスに求める貴族もかなりの数いるらしい。一方で、陰ながら内乱終結に尽力したオレを皇帝に推す声も上がっているとの話だ。
オレにその意思は無いが、当事者を離れて周りが白熱することは往々にある話なので、イーディスとの関係が前のように悪化する前にアリスリーゼに逃げ出したいのが本音と言えた。
「なるほど……君の意図することはわかった」
聡いイーディスもオレの考えがわかったのか得心した顔になる。
「しかし、君がアリスリーゼに退去しても根本的な問題は何も解決されないのではないか? 元々がアリスリーゼは反皇帝派の拠点だ。ますます反対派を勢いづかせることになりかねない。また、君を旗頭にして独立する機運が高まる可能性が危惧されるが……」
イーディスの懸念はもっともだ。だから、オレはイーディスの不安を払拭させる提案を明らかにする。
「たぶん、それは杞憂に終わると思うよ。だってオレ、二十歳になってデュラント神帝の御神託通り帝位継承権を失ったら、表舞台から消えようと思ってるんだ」
「表舞台から消える?」
「そう、アリシア皇女は急病で亡くなり、再びリデル・フォルテが復活するってわけ」
「き、君は皇帝どころか皇女の地位さえも捨てると言うのか?」
理解が追いつかないイーディスが目を丸くする。
「最初から皇女や皇帝になることを求めていたわけじゃないしね。オレより上手くやってくれる人が他にいたら、ぜひともお任せしたいと思ってる」
「それが私ということか」
「そう。皇族がオレしかいないのだったら腹をくくって頑張るつもりだったけど、イーディスがいるならオレはお邪魔かなって……」
「ずいぶんと信用されものだな。今までの関係性から考えると少し腑に落ちぬな。君にそうまで高く評価される理由が無い」
「いや、ずっと評価してたさ。オレなんかより真面目で適任に思えたし、帝国のためにもイーディスが皇帝になった方が絶対いいと思ってた……血統裁判の時だって、そう考えて身を引いた面もあるんだ。なのにアイル皇子の奴、クレイを無理やり拉致してさ、それが無けりゃオレが動くこともなかったのに……あ、ごめん。アイル皇子のこと悪く言って……」
「いや、構わぬ。私もあの暴挙には反対したのだ。放っておけば君が表立って敵対することは無いと進言したのだが……まさか君を依り代として復活するという目的が別にあったとは知る由もなかった」
「まあ、そうだよね。とにかく、オレはイーディスに期待してるんだ。オレがいなくなっても貴女ならきっと上手くやれると思ってる」
「そうか、君に期待に沿うよう頑張らねばならぬな。しかし、何も皇女の地位を手放さなくとも良いのでは無いか。私の傍らで共に帝国を支えてくれても…………おお、そうか」
恨み言を言い募るイーディスはふと何かに気付いたように目を輝かせる。
「君が皇女の地位を捨てるのは、もしかして件の彼……確かクレイ君とか言ったか、彼のためなのだね」
えっ、どうしてそうなるん?
「な、何でそんな結論になるんだ!?」
「照れずともよい。恋愛に疎いで私でもわかるぞ。君たちは相思相愛なのだろう? でなければ命を賭けてでも皇宮に救出に来ないであろうからな」
ご、誤解です。大体イーディス、あんたに恋愛を語るだけの経験値無いだろうに。
「違いますぅ! クレイとはそんな関係じゃありません。オレはともかくクレイはオレのこと何とも想ってないですから」
前に言ってたもん。流浪の民は皇族の仕えるのが一族の信条だって。オレに対する気持ちも恋愛のそれではなく忠君のそれだから……なんか言ってて悲しくなってきた。
「そうなのか? 彼は流浪の民であるから公的な職に就けぬのであろう。当然、皇女の配偶者になることは不可能だ。故に君が皇女の地位を捨てるのだと思ったが、勘違いであったか」
お、確かに妙案。それなら結婚できるかも……いや。
「オレが皇女を辞めてもクレイと一緒になることは無いよ」
「おかしなことを申すな。でなければ、何故皇女の地位を捨てる?」
イーディスが真剣な表情でオレを見つめる。
「それは……オレが不老不死だからさ。謁見の間でアイル皇子から聞いただろ」
「確かに聞いた。それが理由だと?」
「ああ、そうだよ。考えてみてよ。領地を治める皇女殿下が何十年何百年も変わらず同じ姿だったら、みんなどう思う?」
「それは……」
「化け物か、あるいは神だと疑うだろう。そんな風になるのはオレは避けたいんだ」
「だから偽装死を企てるわけか」
「そういうこと」
イーディスは深く息を吸い込むと深く考え込んだ。そして、しばらく考えに耽った後、口を開いた。
「アリシア、君の考えに同意しよう。私もそれが良い案だと思う。しかし、君亡き後のアリスリーゼはどうする? 一筋縄でいかぬぞ」
「イーディスの娘の直轄領にすればいい。皇女直轄領なんだからさ」
「私には未だ娘などいないし、その予定もないのだが?」
「それまで自治を認めてあげれば、納得すると思う。それに、いくらレイモンド代理統治官が元気だとしてもイーディスより長生きするってことはないでしょ」
順当に生きればの話だけど。
「わかった……その方針で考えよう……ところでアリシア、無粋な質問をして良いか?」
「別にいいけど?」
イーディスが躊躇するなんて珍しい。どんな質問だろう。
「君は何故クレイ君と一緒にならぬのだ?」
「は?」
斜め上の質問が来た。
「いや、先日の謁見の間での君たちの様子を見ていたのでね。先ほどの発言に少し疑問を感じたのだ」
こういう話題に興味があるのはイーディスも年頃の女の子なのだと思えて、ちょっとほっこりする。なので、オレの秘密を特別に明かすことにした。
「これは、さっきの不老不死に関係する天落人にまつわる話なのだけど……」
オレは不老不死である天落人が命を失って子を作る逸話をイーディスに話した。さすがに聖石の話は伏せたが、オレが子どもを産んだら命を失うことは伝わったと思う。
「それでクレイ君とは一緒になれないと言ったのだな」
「うん、自分の子を抱かせてやれない奥さんじゃクレイに悪いだろ」
「そうだろうか? 別に子を生すだけが夫婦の姿だと私には思えぬのだが」
「それはそうなんだけど……やっぱりね」
イーディスは疑問符浮かべながら聞いてくる。
「アリシア、相手の気持ちは聞いたのか? こういう問題は相手の考えも大事と聞いたことがあるぞ」
「き、聞いてないけど」
聞けるか、そんなこと
「よく話し合った方が良いと思うぞ……それとな」
「何?」
「君は、君の母上のように命を捨てて子を産もうとは考えなかったのか?」
やっぱり、そう思うよね。
「それはオレも一度は考えた。でも、その選択は選ばないことにしたんだ」
「何故に?」
「オレの母親は自分の命より親父との子を産むことを選んだ――」
おそらく天から落ちてきた母さんは、この世界での生きた証が欲しかったんだと思う。それに自分を救ってくれた父さんに対する感謝の気持ちと、二人の愛情の結晶を身に宿したかったというエゴがオレの誕生を導いたのではないだろうか。
それはそれで素晴らしいことだとオレも思う。けど、残された親父や娘のオレの気持ちはどうなのだろう。また、オレが子を産めば、その子もオレと同じ選択を迫られることになるに違いない。
オレは嫌なのだ。自分の娘が愛する人との子と自分の命の選択に悩まされることが……出来れば、その苦しみはオレで終わりにしたい。
「だから、オレはクレイと一緒にならないと決めたんだ」
本章、終わりました。
次回、エピローグです。
4月にずれ込みますが、いよいよ完結です。
頑張ります!




