メールもいいけど、手紙がいいね ⑤
ちょうど話が終わったところのようで、ネイド首席審理官がオレに気付き話しかけてくる。
「君の答弁は面白かった。傭兵などにしておくのはもったいないな。見ればまだ若いようだし、勉強する気があるなら、いつでも訪ねてきたまえ」
好意で言ってくれたのはわかったけど、『傭兵など』の『など』が引っかかったし、勉強は親父のスパルタ教育でもう懲り懲りだったので、丁重にお断りした。
「そうかね」と、さして残念がる様子も見せずに審理官は立ち去った。
あらためてラドベルクに向き直る。
先ほどは睨みあいで終わったので、お互い言葉を捜して押し黙る。
「何をお見合いしてるんだ?」
オレの頭をポンと軽く叩きながら、クレイが助け舟を出す。
「あの……」
「リデル、ありがとう。君のおかげで、お咎めなしとなった。正直、本当に良いのだろうかという思いもあるが……助かったことを素直に感謝している」
「いや、オレだけじゃなく、みんなの協力のおかげだし」
「そうか……」
ラドベルクはクレイを見て、頭を下げる。
「君がクレイ君だね。リデルから聞いている。今回はとてもお世話になった。本当にありがとう」
「いえ、こいつに振り回されただけで、何もしてませんよ」
「何だよ、その言い方。オレが全部悪いみたいじゃないか?」
「……そう言ってるんだが?」
「何だと!」
くくっ、とラドベルクが笑う。
「いや、失礼。君たちは、本当に仲が良いのだな」
将軍と同じようなことを言う。
オレが否定する前に、クレイが気がかりだった点を告げる。
「ところでラドベルクさん、もう、動けますか? イエナさんが待っています」
ラドベルクはイエナの名を聞き、顔が明るくなり、大丈夫だと言った。
後で証言を求められるので、所在をはっきりさせて欲しいと言われただけで、もう自由にして良いとのことだ。
オレ達はその言葉に安心し、連れ立って部屋を出ようとすると出口で呼び止められた。振り向くとそこにいたのは、査問会に参加していたティオドルフ近衛軍司令だった。
近くでまじまじと見て、オレは少し緊張した。
なんて表現していいのだろう?
クレイが好青年、ヒューが美青年としたら、彼はどのカテゴリーに入るのか?
恐らく30代前半に見える容姿は、一言で言えば色男だ。あの変態ナグリッシュとはレベルの違う色男と言っていい。
匂うような大人の色気を醸し出す人物で、近衛軍の要職にありながら浮名が絶えないと聞く。この若さで一軍の、それも近衛軍の司令という役職に就いていることからもわかるように、有能さは折り紙つきで、多少の醜聞では揺るがない地位にあるといえる。
まさにアーキス将軍と共にカイロニアを支えている人物と言っていい。
オレに何の用だろう?
疑心暗鬼でいると、ティオドルフ司令は甘い声で語りかける。
「まずは、嫌疑が晴れておめでとう。それと遅まきながら無差別級部門の準優勝おめでとう」
にっと笑いかける。目元は涼しく、白い歯がこぼれる。
オレは平気だけど、この笑顔にやられるご婦人方は多いだろうと想像できた。
「あ、ありがとう……ございます。てっきり失格だと思ってたから、驚いてます」
「君の欠場は、本当に残念だったよ。ラドベルク君との決勝戦を実際、楽しみにしていたんだ」
「はぁ、それはすみません」
「で、これは私からの個人的な忠告なんだが、なるべく早くルマを発つことを勧める」
「え、どうしてですか?」
「市内警備の者達からの情報だが、君に賭けて大損した連中が頭に血が上って騒ぎを起こしているようなんだ。君を見つけたら、ただじゃおかないと息巻いているそうだ。いくら君が強くても大勢の人間相手では分が悪いだろう?」
「じゃ、今回の事件のあらましを公表し、決勝戦を無効試合にして払い戻しすれば、収まるんじゃないですか?」
「残念だが、今回の事件は公にできない」
「え?」
ティオドルフ軍司令は済まなさそうな顔で続ける。
「公式発表では、体調不良を理由に出場を認められなかった君が、腹を立てて表彰式で暴れたことになる……」
「何だって!」
声を上げたオレを抑えてクレイが低い声でゆっくりと確認する。
「つまり、今回の公子暗殺を未然に防いだ最大の功労者であるこいつが悪者になるってことですか?」
「申し訳ない話だが、結果的にそうなる」
オレを抑えるクレイの手に力が入るのがわかる。
やばい、クレイが本気で怒ってる。
ティオドルフ軍司令の言い分もわからないでもない。
暗殺計画の黒幕が公爵家に連なるベリドット伯爵では、国内が騒然となるのは必至だ。どんな影響が出るのかも予測できない。
穏便に済ませるには、オレの暴走で片付け、暗殺事件がなかったことにするのが一番手っ取り早い。
ティオドルフ軍司令は本当に申し訳なさそうに見えたし、公国を守る人間としての立場も理解できる。
でも、悔しかったのも事実だし、クレイの気持ちもホント嬉しかったけど、今ここで揉めるのは、得策ではないと思った。
「……わかった」
「リデル!」
オレがティオドルフ軍司令に承諾の意志を伝えると、クレイは怒りを顕にした。
クレイに目配せすると、不承不承黙りこむ。
オレの返答にティオドルフは安堵の表情になり頭を下げた。
「本当に済まない。行き先を教えてくれれば、そこまでの旅費は出そう。もっとも準優勝の賞金があるから、必要ないのかもしれないが……」
「旅費はもらうよ。でも、その代わり賞金はいらない」
クレイとティオドルフが呆気にとられる。
「何、言ってんだ!」
一呼吸遅れて、クレイが叫ぶ。
「もう決めた。だってオレ、規約違反でホントは失格だと思うもん」
呆れ顔のクレイに頭を掻きながら言う。
「それにオレ、ラドベルクと闘ってないから……」
それを聞いて、ティオドルフが豪快に笑う。
先ほどまでの悩ましげな表情が消え、素で笑うその顔は武人のそれだった。
「アーキス将軍のお気に入りだけのことはある。もし、困ったことがあったら、いつでも言ってくれ。私ができることなら、何とかしよう」
「あ、それなら、一つだけ教えて欲しいことがあるんだけど……」
オレは思い付いて、恐る恐る聞いてみた。
「言ってみたまえ」
「公爵様は『聖石』を持っているの?」
にこやかな表情が少しあらたまる。
「それをどうして…………レオン様か」
「無理ならいいんだ、忘れてくれ」
「いや、別に隠すこともない。公爵様は『聖石』をお持ちになっておられない」
「ホント?」
「ああ、騎士の名に賭けて誓うよ。サロンでその話題になった時、私もその場に居合わせたが、公爵様が言うには自分が若い頃に帝都の宝物庫で一度だけ見たことがあると仰られたんだ」
確かに、公爵が『聖石』を持っていたら、双子の皇帝などと揶揄される事態にならず、イオステリア皇帝を継いでいるはずだ。
よく考えればわかりそうなことだった。
そうか……ここにはないのか。顔には出さなかったけど、内心はかなりへこんだ。
ん、でも待てよ。
「あの……帝都って?」
「ああ、イオステリア帝国の本来の首都のことだよ」
ティオドルフは寂しそうに笑った。
「忘れられた都『イオス・ターナ』か……」
クレイが横でつぶやく。
「でも双子戦争の際、帝国の財宝は両公国によって分配されたって聞いたよ……」
言い方を変えると略奪されたんだけど……。
オレが疑問を投げかけるとティオドルフが答える。
「第一宝物庫と第二宝物庫はね。だが、隠された秘密の宝物庫があるらしいんだ。あくまで噂の域を出ないんだがね……ただ、公爵様の弁にもあるように目録に載っているのに見つかっていない宝物が一部あるらしい。そんなことからその存在が取り沙汰され、探索者があとを絶たないそうだ」
『聖石』が帝都にあるかも……。
「クレイ! 次の行き先が決まったぞ」
オレが嬉しそうに叫ぶと、クレイは何故か嫌そうな顔をしながら頷いた。




