それぞれの日々……②
「そ、それは全力で避けたいなぁ」
迫って来る暑苦しい二人の公子を想像して、げんなりとする。
「ですが、『アリシア皇女』を受け入れたのですから当然の報いでしょう。それが嫌なら次代の皇帝に即位するしかありませんな」
やはり、ネヴィア聖神官はオレを皇帝にすることを諦めていないようで、さりげなく即位を勧めてくる。簡単に引っかかりはしないけど。
「けどさ、オレなんかと結婚しなくたって、現皇帝であるイーディスと結婚すれば、皇帝にはなれないけど皇帝の配偶者として帝国を支配できるんじゃないか?」
「まあ、両公爵陣営としては当然、考慮すべき選択でしょう。得られる権限に違いはありますが、最終的な判断としては許容範囲だと思われます。ですが、不敬を承知で申し上げれば、アリシア皇女殿下とイーディス皇帝陛下とでは権力云々の前に女性としての魅力が段違いです。もし、自分がその立場であればイーディス陛下と結婚する一択しか考えられませんね」
おい、ケルヴィン。本人の前で、よくもぬけぬけとそんな悪口ほざけるもんだな。そりゃ、イーディスの方がオレより女子力高めそうだし、なによりスタイルがいい。誤解を受けやすく、多少きつめな性格を差っ引いても魅力的なのは否めない。その上、絶対権力が付いてくるのだから評価が高いに決まっている。それと比較するのは、ちょっとずるくないか? まあ、性格についてはオレも他人のことをとやかく言うことはできないけれど。
「あれあれぇ、もしかしてケルヴィン宰相様は立場を悪用して皇帝陛下に付け入り、あわよくば皇帝の配偶者に納まって帝国を支配しようという野望をお持ちなのかな?」
ちょっとばかりムカついたので、皮肉っぽく言い返してみた。
「滅相もない。私にそんな二心など毛頭もありません。あくまで公子殿下……いや、公爵位をお継ぎになられるので両公爵殿下ですか……お二人のお気持ちを代弁してみたまでに過ぎません」
ち、違わい。レオンはオレにぞっこんだし、アルフレートだってオレのこと『おもしれ―女』って言ってたもん。ケルヴィンの考えは的外れだもん。
う~っ、迫られるのは勘弁だけど、全く見向きもされないのもちょっと癪に障る。
「しかし、皇女殿下もなかなかにお人が悪いですね」
オレが二律背反に苦しんでいるとケルヴィンは皮肉めいた口調で嘯いた。
「え、どういう意味?」
「いえ、少し言葉が過ぎましたか。ですが、いささか無責任過ぎるのではありませんか? 皇帝位を押し付けるだけでなく、公爵殿下達まで押し付けるとは……」
「そ、それは……」
ケルヴィンの言うことにも一理あった。帝国での皇女の役目とは、主に婚姻による他国や国内の支配階級との関係維持・強化にある。成長するまでの膨大な養育費と維持費はそのためのものだ。なので、公爵との婚姻はわりと正当な責務と言えた。もし、その役目を放棄するなら、国費の無駄使いであり、ただの無駄飯食らいと言えなくもない。
もっとも、天落人の宿命としてオレは子を生すことできないので、そもそも論として皇女の目的を果たせないことがわかりきっているが……。
「それじゃあ……」
その責務を果たせないオレは皇女を辞めるべきなのでは……そう口にしたかったが、二人の面持ちを見て思いとどまる。
口ではあれこれ言いながらも二人が皇女としてのオレに期待をかけているのがわかったからだ。
「どうかなさいましたか、アリシア殿下」
「いや、何でもない。とにかくイーディスと会って今後について話し合ってくるよ。結論はそれからだ」
オレは議論を切り上げ、イーディスとの会談に臨むことにした。
何日か振りに来た皇帝の居住区画である『皇の臥所』はすっかり様変わりしていた。前はゾルダート教信徒が全てを差配し、一般の人間……本来は皇帝の身の回りの世話をする侍女でさえ立ち入ることが出来なかったのだけれど、今は許可された者なら行き来が自由となっている。
「もうすっかり元通りだね。壁や廊下も綺麗になってる」
一時はゾルダート神復活のために多くの人の血が流され、そこかしこにその残滓が残っていたが、短期期間で補修されたようで、全く痕跡が残っていなかった。
「ええ、リデル様。『皇の臥所』が一番被害が大きかったので、徹底的に修復されたようです」
オレの前を歩き、先に立って案内するシンシアが感慨深げに答える。彼女は成り行きで一時的ではあるがイーディスの身の周りの世話を行っていたので、皇宮の中枢区画に詳しかった。なので今回、オレの手前顔に出さないよう隠していたが、イーディスのことが心配でならない彼女を伴って『皇の臥所』に赴くことにしたのだ。
正直、オレの専属侍女なのにイーディスのことを心配するシンシアに密かにモヤモヤしているのだけど、彼女には内緒だ。
「私はここまで立ち入ったことが無かったので、ちょっと新鮮ですね」
そう答えるのはオーリエだ。当時は皇宮警備隊の隊長に就いていたが、オレが皇女に返り咲いたことを知り、職を辞してオレの筆頭護衛官となっている。
警備隊長の方が格上で給金も多いのでもったいないと言ったのだけど聞き入れてもらえなかった。オレとしては気心の知れた人間が護衛官をしてくれる方が気楽だったので願ったり叶ったりだったのだが。
まあ、シンシアからは「だからと言って、人前でグダグダしてもいいわけではありませんからね」と盛大に釘を刺されたのだけど。
「ネフィリカは相変わらず皇帝義勇軍の団長してるんだよね」
「ええ、そうです。今日も『皇の臥所』で警備に就いている筈だと思います。久しぶりに会えるので楽しみにしています」
オーリエが指揮していた皇宮警備隊とネフィリカの皇帝義勇軍は共に皇宮警備に就いていたので仲が良かったらしい。オーリエが職を辞した今も親交が続いているようだ。
「ところでさ、シンシア」
すれ違う侍女達がお辞儀をして通り過ぎるのを横目で見ながらシンシアに尋ねる。
「何ですか、リデル様」
「さっきからすれ違う侍女達がみんな同じ顔で見覚えがあるような気がするんだけど……」
「えっ、お伝えしてませんでしたか」
「いや、何も聞いてないけど」
「それは申し訳ございませんでした。てっきり、エクシィ様から伺っているものとばかり……それより、あの方どうにかなりませんか?」
エクシィの名前が出たとたん、シンシアが不機嫌になる。
「え……と?」
「あの方、自分のお立場もリデル様のお立場も全く理解してらっしゃらないと思います」
ふんす、という擬音が聞こえるぐらい怒ってらっしゃる?
まあ、シンシアが怒るのも無理もない。あいつ、ちゃっかりイーディスの筆頭護衛官になったくせに、ほとんど皇宮にいないのだ。しかも、暇だからという理由だけでオレにしょっちゅう対戦を挑んでくるのだから、シンシアの憤慨も当然だろう。
「ごめん、シンシア。今度会ったら、よく言い聞かせておくから」
「本当にお願いしますよ。毎回、体裁を繕うのが大変なのですから……と、ハーマリーナ様のことでしたね」
「うん、そうだね……」
機嫌を直したシンシアの説明によると、アイル皇子が亡くなった後、操り手を失ったハーマリーナの廉価版の機械人形達が数十体出たのだそうだ。さすがにそのまま打ち捨てるのも忍びなくハーマリーナが自分の指揮下に置いたのだという。そして、せっかくたくさんの侍女を従えているのだからとハーマリーナが『皇の臥所』の侍女長に納まったらしい。
下手な護衛官よりハーマリーナの方が圧倒的に強い。筆頭護衛官のエクシィが皇宮外をフラフラ出歩けるのも納得だ。
「あ、到着しました、リデル様」
気が付けば、会談の約束場所である皇帝個人用の談話室の前に着いていた。
今日は少し多めです。
シンシアが出てくると筆が進むのは何故だろう?
やはり、後日譚は書いてて楽しいです(>_<)
本編終了後、機会があれば他の登場人物の話も書きたいですね。
ところで、巷で話題の本格ファンタジーですが、本作はどっちなんだろう?
流行も追ってないし人気も薄いから、なろう系とは言えないような……。




