それぞれの日々……①
こうして、ライノニアの帝都侵攻を端に発した一連の帝国内乱は終結した。
皇宮も近衛軍皇宮警備隊と皇帝義勇軍により奪回され、帝都も近衛軍と中央大神殿の神殿騎士団により秩序が回復された。絶対者として君臨していたアイル皇子の死によりゾルダート教信徒の残党も抵抗を諦め、ことごとく投降するに至ったのだ。
その後、オレ達に遅れてファニラ神殿から進発した皇帝直轄軍とカイロニア・ライノニア軍精鋭部隊、ネヴィア聖神官に帯同するイオステリア教導騎士団も帝都に到着する。
公主の弔い合戦を念頭に置いていた両公国軍は帝都の落ち着き具合にあてが外れた格好になったが、そのまま帝都に駐留し代表者は戦後交渉に入った。
さすがのイーディスも交渉の席につけるほどの状態ではなく、宰相ケルヴィンが皇帝側の全権代表として参加することになった。オレも事前交渉を取りまとめた件もあり、見届け役とやらで強制的に参加する羽目となってしまった。もっとも、戦後の取り決めはファニラ神殿ですでに交渉済みであったので、事後確認の場に過ぎないのだけれど。
ただ、変更すべき事柄があり、オレは交渉の場に先立ってケルヴィン宰相やネヴィア聖神官と打合せを行うこととした。
「それで何の用件でしょうか、アリシア皇女。すでに、戦後の取り決めについては事前交渉済みで問題はないはずですが……お急ぎで無ければ会議の後にしてはいただけませんか」
各陣営との交渉会議の準備で忙しいケルヴィンは呼び出されて不満そうだ。政治家として、そんなに感情が透けて見えるのはどうかと思うけど、たぶんオレに対してはそういう取り繕いは不要とでも思っているのだろうか?
オレ、皇女なのに……それにケルヴィン、あんた皇帝派から皇女派に寝返ったんだよね。上役にその態度は、ちょっとないんじゃないかな。
「ケルヴィン宰相、言葉に少し棘がありますぞ。殿下にも事情がおありなのでしょうから」
ケルヴィンの物言いに釈然としていないオレを見てネヴィア聖神官がケルヴィンを窘める。
「ですが、殿下。時間ないのは間違いありません。出来れば手短にお願いしたいところです」
ネヴィア聖神官も忙しい身なので、ちょっと困惑気味だ。
「ごめん、忙しい時に。けど、これだけはハッキリさせとかなきゃと思ってさ」
「はっきり? 明確にすると言うことですな、いったい何を?」
何言ってんだ、と言わんばかりの顔付きのケルヴィンに対し、ネヴィア聖神官は不思議そうな表情だ。
「二人ともイーディスに混乱を収めさせた後に今回の件で退位を迫り、その後釜としてオレを皇帝にしようとしてるんだよね」
ケルヴィンとネヴィアは顔を見合わせると、怪訝な顔しながら大きく頷いた。
「ファニラ神殿の惨劇後の会談でも、その路線でいくと決定したと記憶していますが……」
ネヴィア聖神官が確認するようにオレに尋ねる。
「いや、まだ決まってないよ。ネヴィア聖神官はともかくケルヴィン、あんたはこう言ったんだ。イーディスが『怪しげな連中と袂を分かち、皇帝としての矜持を示し正道を歩んでいただくなら、盛り立てていける』って」
「確かにそんなことを言ったかもしれませんが、それが何か?」
「イーディスは最終的にはアイル皇子ともゾルダート教とも手を切ったんだ。皇帝として盛り立てていけるんじゃないか?」
「それは結果論です。それに手切れとなったのはアイル皇子を貴女が倒したからでしょう。イーディス陛下自らの意思では無いですし、陛下に瑕疵があったことは間違いない事実です」
「いや、それは違うよ。イーディスは謁見の間で、ちゃんと自分からアイル皇子と袂を分かったんだ。それはオレが保証する。それに誤解されやすいけど、イーディスは誰よりも帝国のこと考えているし、努力もしてる。オレなんかより、ずっと皇帝に相応しいと思う」
オレが断言するとケルヴィンは皮肉めいた口調で反論する。
「それは単純に殿下が皇帝になるのを嫌がっているからではないのですか?」
ぐうの音も出なかった。
イーディスがオレなんかより皇帝に向いているのは一目瞭然だ。優秀だし、強い意思もある。敵は作りやすいが、リーダーシップも取れる。上に立つ人間はああでなければいけないと思う。
けど、現在の状況や立場からすればオレが皇帝になった方が丸く収まる可能性が高かった。オレがたとえダメ皇帝でも周りが優秀なら帝国運営は恙なく成り立っていくに違いないからだ。
それでも、あえてイーディスに皇帝を続けてもらいたいというオレの考えの裏に、ケルヴィンの指摘した想いが無かったとは言えない。
何故ならオレは心の底から自由を愛している。皇宮の籠の鳥のような生活に一生耐えられる自信がなかった。イーディスこそ皇帝に相応しい能力の持ち主と言いながら、自分自身が面倒な立場から逃げ出したいだけというのが本音なのかもしれなかった。
「その考えが全く無いとは……言い切れない」
「やはり、そうでしたか」
「けど、それでもイーディスは望んで皇帝になったんだ。オレとは違う。逃げ出したくてたまらないオレなんかよりずっと相応しい」
したり顔のケルヴィンにオレは反論する。
「皇帝位に就くというのは『なりたい・なりたくない』を論ずる類いのものではないと思いますがね……」
どうもオレの熱弁はケルヴィンに全く届かないようだ。
「お言葉ですが、殿下。イーディス陛下はアイル皇子に洗脳されていたも同然でした。元より本人の意思かどうかは定かではありません。それを皇帝継続の根拠にするのは些か弱いと愚考しますが」
ネヴィア聖神官も反対の立場のようだ。
確かにイーディスの決意はアイル皇子に先導された想いなのかもしれない。けど、短い付き合いで感じた彼女の気持ちは本物だと確信している。オレとしても(自分の都合もあるけど)イーディスの切なる願いを応援したいのだ。
「オレ、もう一度イーディスと話し合いたいと思う。彼女が続けたいと思うならオレはそれを尊重する……異論は認めない。これはオレとイーディスの問題なんだ」
ちょっと我が儘すぎる気もしたが、きっぱりと宣言することにした。こうでも言わないとイーディスを引きずり下ろす陰謀を企みかねない二人だったからだ。
「承知いたしました。殿下がそこまで固い決心をなされているのなら私としても横槍は控えましょう」
ケルヴィンは納得しかねる顔だったけど、ネヴィア聖神官はにこやかに了承する。
なるほど、控えるだけで諦めはしないってことね。外交畑の人間の言葉を額面通り受け取ると痛い目にあいそうだ。
「しかし、良いのですか、殿下」
ネヴィア聖神官が心配げに聞いてくる。
「そうなると、次代の皇帝を選ぶ際に重要な帝位継承権に、デュラント神帝の残した御神託が生きてくることになりますが……」
御神託?
ああ、あれか。『皇女と婚姻した公子が次の皇帝となる』ってヤツか。
ん? ってことは、ひょっとしてレオン公子とアルフレート公子にまた求婚されるってこと?
考えただけで鳥肌が立った。
最終章となりました(ノД`)・゜・。
今章とエピローグを残すのみです。
何とか年度末までに完結しそうですね。
嬉しいような寂しいような……。
実際のところ、かなりPV数も落ちているので、ひっそりと終わる感じになりそうです。
さすがに長過ぎましたね(>_<)
新作はそうならないように気を付けようと思っていましたが、今現在一文字も書けていないので、しばらくお休みするか、過去作をリメイクするかもしれません。
でも、休んだら書けなくなりそうで、ちょっと怖いかな(習慣になってるので)
あと少し頑張ります!




