終焉……⑨
◇
目の前が白一色だ。
けど、眩しくて目が開けられないということはない。
何と言うか優しい光だった。どことなく温かく実体を持った光がオレを包み込んでいた。
幼い頃のことでよく覚えていないけれど、母親に抱かれているってこんな感じなのかもしれない。消耗した体力と気力が、じわじわと回復してくるのがわかった。
ずっとこのままでいたい気分になってしまう心地よさだ。
おっと、そんな温かな優しさに身を委ねている場合じゃなかった。みんなは? ゾルダートはどうなったんだ?
邪神ゾルダートの放っていた圧し潰されるような圧迫感が嘘のように消えて無くなり、オレは何の抵抗もなく立ち上がることが出来た。みんなのことが心配で周囲の様子を窺ってみるが、白い光のために何も見えない。
が、オレの回復に反比例するように白い光はだんだん治まっていく。
「クレイ、大丈夫?」
少なくともゾルダートの脅威は無くなっているようなので身近な不安を解決するべく、近くに立っている人影に恐る恐る聞いてみる。
「リデルか? 俺は大丈夫だ。でも、いったいお前何をやらかしたんだ?」
呆れたような口調で答えるクレイは元気そうだ。どうやら、オレの祝福は効果があったようだ。
「いや、聖石の力を全解放したっていうか、何というか……」
「全解放? そんな無茶なことして平気なのか? 身体に異常とか出てないんだろうな」
「だ、大丈夫だよ。逆に体調万全さ。クレイもそうだろ?」
食い気味にオレを心配するクレイに慌てて言い訳すると、クレイもようやく自分の身に起きた祝福に気付く。
「お、確かに治ってるな。それに普通に立ってられるぐらい元気だ。やっぱりすごいな、お前の力」
「ま、まあね」
クレイに褒められて、ちょっとだけ頬が緩む。
「それより、他のみんなはどうなった?」
「あ、そうだった」
クレイに指摘されて他のみんなの様子に意識が向いた。いつの間にか白い光は、すっかり消え去っており、周囲を見渡せば謁見の間の状況が目に入って来る。
「ヒュー、トルペン大丈夫か?」
「ありがとうございます、リデル。おかげさまで完全に復調してますよ」
「我輩は、さほど変わりませんヨ」
壁を背に立ち上がったヒューは、さっきまでの疲労困憊した様子は全く見えず確かに復調しているようだけど、トルペンは子どもトルペンのままだ。やはり、本体がこの次元にいないせいで祝福の効果が及ばなかったようだ。
「イーディスの方はどう?」
自陣営の無事を確かめて、ほっとしたオレはイーディス側の安否を確認する。実のところ、あっち側の方が心配だったのだ。
何しろ、イクスにはオレの聖石の力のせいで死にそうになった前科があったからだ。とっさの判断でハーマリーナにイクスとエクシィーを助けるように頼んだけど、不安は否めない。間に合っていれば、ハーマリーナが二人を転移で逃がしている筈だと思うけど、果たしてどうだろうか。
「『どう?』とはどういう意味だ。と言うより、貴様いったい何をした」
もしかしたら、イーディスはオレの聖石の力のこと知らなかったのだろうか、不審げな表情でオレを問い詰めてくる。
「いや、上手く言えないけどオレにもいろいろあってさ……えっ?」
説明するのが面倒で適当に誤魔化そうとしたオレはイーディスの方へ視線を向けて、ぎょっとする。
「イクス、エクシィ……二人とも無事だったのか?」
転移で逃がしたと思っていたイクスとエクシィがイーディスの傍に立っていたのだ、それも完全復活の状態で。イクスにいたっては猫の姿では無く人型に戻っている。
「うん、僕も驚いてるよ。聖属性の光を大量に浴びて確実に滅びたなと思ってたんだ。それなのに完全回復していて、びっくりしたよ」
「あたしも兄貴からその話、聞いてはいたけど、あたしって兄貴ほど人外じゃないから死ぬことは無いかなぁと思ってたんだ。まあ、こうなるのは予想外だったけど」
骨折した腕が治ったエクシィが嬉しそうに手を振って見せる。どうやら、祝福は属性に関係なく彼らにも恩恵を与えたようだ。
じゃあ、ゾルダートは?
ようやくオレは謁見の間の玉座へと視線を移した。そして、そこでオレは意外な光景を目にする。
「ゾルダート……いや、アイル皇子。どうして……?」
オレの聖なる祝福を受けて、アイル皇子も復活して正気を取り戻しているとばかり思っていた。そうでなければ、邪神の攻撃が止むはずが無いと思い込んでいたからだ。
けれど、実際に目に飛び込んできたのは仰向けになって横たわるアイル皇子の姿だった。しかも、ピクリとも動かず、一見すると死んでいるようにさえ見える。
オレは罠であることも念頭に入れて用心深くアイル皇子に近づいた。けれど、見下ろすぐらいに近づいても何の反応を見せないことから、彼が見た目通り瀕死の状態であることに気付く。
「アイル皇子?」
膝を折って顔を近づけると、アイル皇子はうっすらと目を開けた。
「……アリシア皇女」
「オレのことがわかるってことは邪神になろうとした方のアイル皇子ってことでいい?」
「いや、違う……強いて言うなら両方だ」
「え、じゃあ第一人格の方も混ざってるの?」
「……そうなるな」
途切れ途切れに息をしながらアイル皇子は呟くように答える。
「何で祝福が受けられなかったんだ? イクス達は治ったのに」
「おや、わからないのデスカ、リデル」
オレの疑問に横合いから子どもトルペンが割って入る。罠であることを警戒して、すぐに対応できるよう控えてくれていたようだ。
「どういうことなの、トルペン」
「あれあれ、リデルは自分でも経験したではないデスカ」
「ん?」
オレが疑問符を浮かべているとトルペンが師のように解説してくれる。
「リデル、聖石の力の特性を覚えておいでデスカ?」
「特性?」
「はい、こういうものデス。『聖石の奇跡を得たものに再び聖石の奇跡を与えようとした場合、新しい奇跡は上書きされることなく効果を発揮しないが、今までかけられていた奇跡も新しい奇跡によって破棄される。つまり、奇跡は奇跡によって打ち消すことができる』ト。リデルも身に覚えがある筈デスガ」
「あ、それじゃあ……」
「……その通りだ。君の『祝福』の奇跡が私にかかっていた『不死』の奇跡を打ち消したのだ……」
アイル皇子が掠れ声で力なく答える。
そ、そうか。しまった……聖石の奇跡は打ち消し合うんだった。オレもそのせいで女に戻ったのに忘れてた……。
「ご、ごめんアイル皇子。そんなつもり全く無かったんだ。ただ、あんたも助けたかっただけで……」
「わかっている……君の行動には嘘が無い。決して君を恨んだりはしないさ。逆にもう一人の私としては、お礼を述べたいくらいだ」
「でも……」
「これでいいのだ。やっと静かな眠りにつける……それは、ずっと私が望んでいたことなのだよ」
達観したようにアイル皇子は表情を和らげる。
オレが何も言えずに黙っていると、アイル皇子は目を瞑りながら周囲に声をかける。
「イーディス、そこにいるのかね」
「……はい」
知らぬ間にイーディスがオレの後ろに立っていた。
「私は、この世界にも君に対しても本当に酷い事ばかりしてきた。だが、申し開きはしない。行ってきた事実が変わることはないのだから。仮に、赦しを乞おうとしても、決して赦される筈のない所業ばかり行ってきたから……」
「……」
「だが、君にだけは言おう。すまなかった……イーディス。そして、私との記憶は全て打ち捨てて忘れてくれ……それが君のためだと……」
イーディスはゆっくりと跪くとアイル皇子の手を取って言った。
「貴方は私を騙して、次代の皇帝はお前だからと多くの知識や教養を私に学ばせました」
イーディスの言葉にアイル皇子は答えない。
「それは今の私にとってかけがえのない財産となっています……」
オレは、すっと立ち上がると場を外した。
「ありがとうございました……お父様」
イーディスの消え入りそうな震えた声が微かに耳へと残った。
今回は少し長めです。
本当に終わりが見えてきました。
後は後日譚とエピローグを残すのみです。
最後まで頑張って更新します!




