終焉……⑦
「え、急に覗き窓が消えたんだけど」
戸惑いながら謎の女性を見つめると彼女は首を横に振った。
もう、これで終わりってことだろうか。
「あんたが何でこれをオレに見せたかはよくわからないけど、とにかくさっき謁見の間にいたアイル皇子が行っていることは、本当のアイル皇子の本心じゃないってことだよね」
そう言ったオレの言葉に謎の女性はまたも首を振った。
「え、違うの?」
てっきり、アイル皇子が本心から帝国や人々に害をなそうとしている訳では無く、別の人格のせいであって、あの悲しそうな表情を貼り付けているのもそれが理由だと伝えたいのかと思ってた。けど、どうやら違うらしい。
謎の女性は右手の人差し指と左手の人差し指を立てると両者をくっつける仕草をオレに見せた。
二つが一つ?
ああ、そういうことか。つまり、あの邪神と化したアイル皇子もまぎれもなくアイル皇子の人格でり、あくまで二人で一つのアイル皇子なのだと言いたいらしい。
オレが理解したことに気付くと、彼女は再び新しい窓を浮かび上がらせる。
「え、まだ見るの? さっきので終わりじゃなかったんだ」
そう文句を言いながらオレは新しい窓を覗き込んだ。
映っていたのはアイル皇子とエネラで、二人の顔色を見る限り少し時間を遡った場面のようだ。
『あ、申し訳ございません、殿下。お休みになったとばかり思っていましたので……』
眠ったアイル皇子の顔の汗を拭こうとしたエネラが、ぱちりと目を開けたアイル皇子に驚き、謝罪する。
『別に構わない。目を覚ましたのはお前のせいでは無い。それより……』
慌てて下がろうとするエネラを引き留めて尋ねる。
『前から気になっていたが、何故お前はここまで私に尽くしてくれる? お前の忠義は仕事の域を超えているように思えるのだが』
口調でわかった。彼は別人格のアイル皇子だ。さきほど言っていたけど、主人格のアイル皇子の意識が無いときに現れるのだろう。
確か、表のアイル皇子はエネラのことは「君」と呼んでいたはずだ。
エネラはその違いに気付かないのか、それとも気付かない振りをしているのか判別できないが笑顔でその問いかけに答える。
『そのように仰っていただけて嬉しく思います。ですが、取り立てて他の者と違うことを行っている訳ではないのですけれど……強いて言うなら、私が殿下のことを尊敬しているからでしょうか』
『私を尊敬……こんな寝たきりで何も出来ない私をか?』
『卑下なさることなどございません。殿下は優しく理知的で……そして、お強い御方です』
『この私が強い? 笑わせるな、こんな脆弱な人間が強い訳などあろうはずがない』
苛立ちを滲ませながらアイル皇子が吐き捨てるように言うとエネラは真剣な顔で断言する。
『いいえ、殿下はお強いです。決して私は嘘など申しません』
エネラの断定的な口調にアイル皇子は呆気にとられた後、思わず聞き返す。
『何故、そう思うのか、良ければ教えて欲しい』
エネラは言い過ぎたと後悔し口ごもったが、アイル皇子の懇願に折れて話し出す。
『殿下は御身に降りかかる様々な試練、それも平民や凡人ではとうてい御しきれない……不治の病であったり皇族としての重圧などの試練に日々耐えておられます』
『確かに、そうとも言えるな』
『並みの人間であれば悲観して命を捨ててもおかしくないほどの試練だと言うのに殿下は生きておいでです』
『それは買い被りだ。私は死にたくとも死ねない身体なのだから』
『はい、私も殿下がそのような加護を受けているとは耳にしています。けれど、それも絶対ではないとも伺っております』
聖石の力に強弱があることはよく知られている事実だ。なので、不死と言っても絶対でないと言うのもまた事実だ。
『単に臆病だっただけとは考えないのか』
『私はそうは思いません。殿下には生きようとする御意志がおありでしたから』
『生きる意志……』
アイル皇子は目を伏せると呟いた。
『……そうだな。あいつには、そうした意志が確かにあるのかもしれない』
『殿下?』
『いや、何でもない……しかし、だとしても死を待つ生きる屍のような存在とも言えなくないか?』
『いいえ、殿下。殿下のお言葉を否定するようで申し訳ございませんが、私の信ずる神の教えでは「死」は終わりではなく始まりなのです。人は如何にして生きるか――ではなく、何を成し死んだか――が重要なのです』
『お前の信ずる神……お前はイオラート教を信じてはいないというのか?』
『はい、殿下。お望みなら邪教徒と告発なさっていただいても構いません。それで、死を賜るなら私は本望でございます』
エネラは全てを受け入れるような瞳で真っ直ぐアイル皇子を見つめた。
『いや、お前ほど忠義に厚い者は他にはおらぬ。お前が何を信じようと私には関係ないことだ』
『お慈悲をいただき、ありがとうございます』
『ちなみにお前が信ずる神は何と言うのだ?』
『ゾルダート神でございます、殿下』
『ゾルダート神……』
口の中で呟いた後、アイル皇子は言った。
『どのような教えなのか、私にも教えてもらえるか?』
『はい、殿下。喜んでお教えいたします』
◇
『…………となります。これでゾルダート神の教えの私の知る全てお伝えしました』
何度か場面転換する内にアイル皇子はゾルダート神の教えをエネラから学んだ。
『ふうむ、エネラ。つまり「人」というのは死ぬために生を受けたというのだな』
『はい、そのとおりでございます、殿下。なので、「死」を恐れても悲しんでもいけません。「死」は今生からの解放に他ならないのです。けれど、だからと言って死に急いでもいけません。何も成さずに死んだとしても神の恩寵を受けることはできないからです』
『では今の私では神の恩寵を受けることは出来ぬのだろうな。ベッドに横たわっているだけで、何も成してはいないのだから』
『そんなことはありません。殿下のお立場なら生きておいでなだけで意味があると思います。ですが、一刻も早く病を治して成すべきことをなさるのが一番と私は考えます』
『そう……だな。ゾルダート神の教えをこの世界に遍く広めるためにも早く元気にならねばならんな』
『はい、そのとおりでございます、殿下』
エネラはそう言うと、道端の雑草の花のようなひっそりとした笑顔を浮かべた。
『エネラ……(お前のためにもな)』
アイル皇子は決意込めた瞳でぼそりと呟くが、給仕を始めたエネラには届くことは無い。
そして、先ほど同じようにオレの前から覗き窓がぷつりと消えた。
ご、ごめんなさい(>_<)
現世に戻れませんでしたw
次回には謁見の間に戻れるはずです。
だんだん、年度末完結が怪しくなってきた気が……。
だ、大丈夫です(汗)
今章が終わったらエピローグのはずなので(;一_一)
P.S. 「おにまい」は良いぞ!




