終焉……⑤
申し訳ありません。
次話とのつながりのために
後半部分を修正しました。
(R5.1.14)
『エネラ、聞いてもいいかい?』
『はい』
『何故、君はそこまで私に良くしてくれるんだ? こんな立場の私に肩入れしても少しも良いことはないだろうに。君の後ろ盾にとっても益になるとは思えない』
甲斐甲斐しく世話をする侍女を見ながらアイル皇子が疑問を投げかける。
皇宮の、しかも皇子の侍女ともなれば、ただの平民では勤まらない。貴族の子女やそれに類する者がなることが多い。当然、送り出した者の思惑がそこにはある。
アイル皇子が危惧したのは、彼に肩入れすることでエネラが後ろ盾になっている者の不興を買わないかというものだ。
『御心配には及びません。私は神殿から派遣されている身ですので、権力の柵に縛られていないのです』
『いや、神殿は神殿で大変だと聞くが……』
アイル皇子の呟きにエネラは笑みを浮かべるだけで何も答えない。
「もしかして……」
オレは二人のやり取りからイーディスの話を思い出した。彼女がアイル皇子から信じ込まされていたのは、自分の父親がアイル皇子本人で母親は世話をしていた侍女だったという話だった。
となると、このエネラという侍女がイーディスの言う母親に違いない。そして、その女性はゾルダート教の信者だった筈だ。神殿出身というのは表向きの隠れ蓑としてはあり得る話に思えた。
オレが考え込んでいる間に場面は唐突に変わる。
『アイル殿下、おはようございます』
『エネラ、おはよう』
先ほどの場面から数日、もしかして何か月も経過したように見て取れた。というのも二人の関係性がより密接になったように感じられたからだ。
『すぐに朝食の用意をいたしますね』
『ああ、ありがとう。君のおかげかな。最近、とても調子が良いんだ。以前の私なら朝食など決して食べなかっただろう』
『お元気になられて、エネラは嬉しく思います』
アイル皇子の言葉通り、さっきの場面のアイル皇子より幾分か顔色が良いように見える。反対にエネラは瘦せ細り化粧で誤魔化しているが体調が悪そうだ。
『エネラ、大丈夫かい? 先ほどから咳込んで酷く苦しそうに見えるが』
『申し訳ございません、御見苦しいところをお見せして……直に良くなりますので御心配はなさらないでください』
『それなら、良いのだが』
それから場面は何回か変わったが、どんどんエネラの様子が悪くなり、やがてアイル皇子の元へ訪れなくなってしまう。それに伴い、アイル皇子も体調を悪くしていく。
『コルタ(アイル皇子付きの侍女)、今日もエネラは来ないのかい?』
『殿下、申し訳ございません。エネラは、ずっと体調が悪く伏せっていたのですが、この度とうとう職を辞することとなりました』
『そうか……辞めたのか。とても良くしてくれていたから残念だ。だが、療養して元気になってくれるのであれば、それも良いことか』
寂しそうに言うアイル皇子をコルタが励ます。
『アイル殿下。殿下こそ、しっかりお薬を飲んで元気におなりになっていただかなくては。エネラもそれが心残りでありましょう』
『そうだな、エネラのためにも頑張って生きねばな』
薬湯を飲み干すとアイル皇子は咳込んだ。
「アイル皇子……」
オレがアイル皇子の様子を痛ましそうに見ていると、また画面が切り替わる。皇宮の中を人々が慌ただしく動き回る中、アイル皇子の部屋は彼の他に人気が無かった。
そう、次に映し出されたのは運命の日……身代わりの戴冠式の日だったのだ。
『アイル殿下、お薬の時間でございます』
目を伏せている皇子に恭しく侍女が声をかける。
『ん……そうか。もう、そんな時間か。おや、君は誰だ? 初めて見る顔だな』
『ブレアと申します、殿下。ウルリク先生の指示で今日から私一人のみでお世話申し上げることとなりました』
『ウリリクの……そうか、よろしく頼む』
『はい、殿下。では、お薬を』
ブレアと名乗る侍女が薬湯を薬呑器で飲ませようとベッドに近づいた時だ。
『殿下、そのお薬を飲んではいけません!』
不意に誰かが扉を開けて飛び込んでくる。
『何者!』
虚を突かれたブレアが薬湯を置いて対応しようとしたところに、相手は身体ごとぶつかってきた。
『……っ』
見ると腹に短剣が突き刺さっている。
『貴様……』
相手が被っていたフードを引きちぎりながらブレアは崩れ落ちた。
『エネラ?』
フードの下から現れたのは、かつて侍女として尽くしてくれたエネラだった。
『どうして、こんなことを……』
驚いて見つめるアイル皇子にエネラは笑顔を見せた後、よろけるとベッドの傍に跪いた。どうやら立っているだけでも苦痛のようだ。事実、最後に会った時よりエネラは明らかに衰弱していた。
『殿下、ウルリク医師が貴方に投じていたのは治療薬ではありません。毒薬だったのです』
『毒薬?』
『はい、毒薬です。彼は殿下の命を縮めるために投薬していたのです』
『そんなまさか……だが、待てよ……』
そこまで言ってアイル皇子はハッとする。
彼女が担当になってから、急に体調が良くなり反対に彼女の顔色は悪くなっていった。
『もしかして君が私の代わりに……?』
『…………薬を捨てる時間はありませんでしたから』
『エネラ……君は』
ずるずるとベッド横の床に滑り落ちるエネラの手をアイル皇子が掴む。
『……殿下……今日の薬を絶対に飲んではいけません。いつも渡されている薬とは違います。きっと殿下の命を……』
息も絶え絶えのエネラの言葉にアイル皇子は気付く。
『そうか、今日は彼の戴冠式の日なのだな』
『そうさ。だから、あんたはもう用無しになったのさ』
アイル皇子の呟きに別の人間が言葉を返す。
『ブレア……生きていたのか』
『突然の横槍に驚いたし、重傷だけど任務は果たすさ』
血塗れのブレアは薬湯を持って立っていた。
『そうか……その薬を私に飲ませたいのだね』
『飲まなきゃ、無理やり飲ませるだけだけどね』
『……殿下……のんでは……いけません……くっ』
言葉が途切れたのはブレアがエネラを蹴ってベッド横から、どかしたためだ。
『ふん、死にぞこないめ』
『ブレア……エネラに手荒なことはしないでくれ。大人しく薬を飲むから』
『そうかい。なら、とっとと飲んでくれ。その方が、あたしも助かる』
『だが約束だ、エネラに手を出さないでやって欲しい』
ちらりとエネラを見てブレアは答える。
『あたしが手を下さなくても、こいつも直に死ぬと思うけど』
『それでもだ』
ブレアはやれやれと言った表情をするが頷いて見せる。
『わかったからさ。早く飲んでおくれよ』
薬湯を差し出されたアイル皇子は一瞬、目を瞑ったが一気に飲み干した。
『約束だ、ブレア……』そう言ったアイル皇子はベッドに身体を委ねると目を瞑って呟いた。
『……今までありがとう、エネラ』
しばらく様子を窺っていたブレアはアイル皇子が呼吸をしなくなるのを確認すると、ベッドの横に蹲っているエネラを見下ろした。弱いが、まだ息をしている。止めを刺すまでもないか、と思いながらも先ほど自分を刺した短剣でエネラの胸を突き刺した、まるで先ほどの皇子との約束など無かったように。
『旅路には、連れ合いがあった方が良いだろうさ』
感情が削げ落ちたような表情でブレアは呟いたが、小首を傾げると独りごちた。
『とは言っても、こいつは不測の事態だね。侍女の変死体をこのままにはしておくって訳にはいかないか』
そう洩らすとブレアはエネラの遺体を担ぎ上げると窓を開けてベランダに出る。そして何でもない行為のようにベランダから下へと投げ落とした。月のない暗闇にドスンと音がするが、真夜中のせいか誰も騒ぎ立てる気配もない。
『朝になって大騒ぎになるかもだけど、あたしには関係ないさね』
床に残った血痕等の後始末をしたブレアは冷たく笑うと、影が消えるように部屋から立ち去った。
謎の回想は次回で終わります。
年末年始は何もなく終わりました(>_<)
あれもこれも……としたいことはあったのですが、何故か出来ませんでした。
短編も新作も止まったままです。
初っ端から反省の多い年となりましたが、今年も頑張りたいと思います!
よろしくお願いします。




