終焉……④
申し訳ありません。一部修正しました(R5.1.28)
「あの……どこまで行くんですか? って、それより何処ですか、ここ?」
変わらない風景に目をやりながら、オレは前を歩く謎の女性に尋ねる。
オレの質問に彼女は振り返ると、にこやかに笑みを浮かべながら、うんうんと頷いた。
何の答えにもなっていなかったけれど、それ以上の返答を返すつもりは無いようだ。
「しょうがないなぁ……」
けど、彼女の笑顔からは少しも悪意が感じられなかったので黙って付いて行くことにした。おそらく、ゾルダートの関係者ではないだろうと思う。いやむしろ、オレかオレの母親に何かしら関係のある人物に思えてならなかった。
彼女の案内で、しばらく白い空間を進むと彼女は唐突に足を止めた。何だろうと、彼女越しに前方を覗き込むと目の前の空間にぽっかりと黒い穴が開いているのが見えた。
「な、何ですか、これ?」
宙に浮いたそれは、どこから見ても立派な穴にしか見えなかった。正面から見ると穴が開いているように見えるが、横から見ると何も見えないようだから、まさに空間に穴が開いていると言う表現が正しいように思えた。何とも摩訶不思議な現象だったけれど、そもそもこの白い空間自体が理解不能な産物と言えたので文句を言っても始まらない。
困惑していると、彼女は黒い穴の方へ右手を指し向けてオレに近づくように指図する。
「まさか、この中に入れって言うんじゃないですよね」
大胆不敵なオレでも、さすがに未知の穴に飛び込む勇気は無い。
すると、彼女は首を横に振ると近づいて穴を覗く仕草を見せた。どうやら一緒に穴の中を見て欲しいらしい。
「中を覗けばいいんですか?」
何かの罠かもと、一瞬思わないでも無かったけど、謎の女性の期待に満ちた目にオレはどうしてか逆らえず渋々と従った。
「あれ?」
オレが近づいて指示された穴を覗き込もうとすると、不意に浮かんでいた穴の形が窓のようになり、穴の色も黒から別の色に変わった。目を凝らせば、中には見慣れぬ風景が映って見え、まるで窓越しに屋内を覗き見しているような感じだ。
驚いて離れようとするが、謎の女性が首を横に振って押しとどめる。どうやら、どうしても一緒に穴の中を覗いて欲しいようだ。
「でも、何か不味くないですか? 勝手に覗くっていうのは……」
後ろめたさを感じて断ろうとしたけれど、謎の女性の意思は固いようだ。また、だんだんと中の様子がはっきりと見えてきて、見るとはなしに目を向けてしまう。
そこに映っていたのは豪奢なベッドに横たわる一人の青年の姿だった。
「誰だろ?」
オレが疑問符を浮かべていると、ベッドの横に付き従う侍女らしい女性が主の名を呼んだ。どうやら、情景だけでなく声も聞こえるようだ。
『アイル殿下、お加減はいかがですか?』
アイル殿下……てっことはこの人、アイル皇子の若い頃?
言われてみれば、その顔には見覚えがあった。先ほど見たゾルダートのデスマスクの下に貼り付いていた悲し気な表情と重なる。
ということは過去の出来事がここに映っているということで正しいのだろうか。
「なぜ、これをオレに?」
横に立つ謎の女性に質問するが、やはり答えてくれず視聴の継続を促される。釈然としないまま、オレは再び黒い穴改め謎の覗き窓に顔を向けた。
『アイル殿下…………アイル殿下、申し訳ございません。お薬の時間でございます。お起きになっておられますか?』
『…………起きている。だが、薬はいらない』
『ですが、ウルリク医術師長から必ずと……』
『いらぬものはいらぬ……どうせたいした効果など望めぬのだ』
『殿下……』
侍女は薬湯の入った小瓶をトレーに乗せたまま、主の気が変わるまで根気よく待ち続けた。
『…………許せ、エネラ。益体もないことを申した。薬を飲もう』
しばらく放置するが、立ち尽くす侍女の姿を見咎めて、アイル皇子は頑なな態度を崩し諦めたように言葉をかける。
『いえ、私の方こそ出過ぎた振る舞いで不調法いたし、申し訳ございません』
『いや、構わぬよ。これが君の仕事だから』
侍女のエネラの助力を得て上体を起こしたアイル皇子は薬湯を飲み干す。
そして、エネラに礼を言って再びベッドにその身を横たえると、しみじみと言った。
『不思議なものだ』
主の言葉が自分に向けられたものでないことに気付いた侍女は黙って空になった小瓶を片づける。
『子どもの頃は本当に死ぬのが怖かった。病に犯されたこの身体がいつ死を迎えるか、それだけが怖ろしくて、怯える毎日を送っていたものだ』
病身でなければ、間違いなく美男子であったであろうアイル皇子の頬は痩せこけ、青白い肌は老人のように乾燥し、一見すると死人のようだった。
『それがどうだ。今度は死なぬ身体になったというのに、逆に死を望むようになっている。これが、笑われずにはいられぬか』
『殿下』
黙って控えていたエネラは非常識にも思わず主の回想に口を挟んでしまう。
『エネラ?』
『申し訳ございません、殿下。無礼にも程がありますし、どんな処罰でもお受けします。ですが、殿下。そのような悲しいことを仰らないでください』
『悲しいことか……だが、エネラ。私が死んだとしても誰も悲しむことはないだろうよ。立派な身代わりがいるからね』
自分と瓜二つで美丈夫な偽皇子の姿を思い浮かべる。
そうなのだ。自分はもう用なしなのだ、彼がいる限り。
『そんなことは決してございません。必ず悲しむ人間はいます』
『……慰めてくれてありがとう、エネラ。けれど、私がこのような状態になっているのを知っているのは皇宮内のほんの一部の者に過ぎない。そして、それらの人間が私を厄介者に思っていることは百も承知だ』
そう、母上もそうだ。あの身代わりに夢中になっていると耳にした。母上だけは私の味方だと思っていたのに……。
『だから、私が死んだとしても悲しむ者などいないのさ』
『私が悲しみます!……あ、申し訳ございません。不敬な発言ををお赦しください』
思い余って口に出した言葉にエネラは狼狽する。
『エネラ? ……君は私の死を悲しんでくれるの?』
『はい、嘘偽りなく申し上げます。私の信ずる神に誓って……』
『そうか……ありがとう』
「あの……これ、いつまで見てればいいんです? ちょっと見てられないんですけど」
見つめ合う二人を見て恥ずかしくなったオレは謎の女性に文句を言うと、彼女は少し怖い顔をして続きを見るように催促してきた。
あけましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いいたします。
旧年中は本当にお世話になりました。読んでいただいている皆様のおかげで、こうして続けていくことができたと実感しています。
完結まで、あと少し。頑張って更新していきたいと思っています。
正直な話、PVも最近は壊滅的で読者離れも激しいと感じており、モチベも下がっている現状ですが
(自業自得だと思います)、完結を期待してくださる皆様のためにも……自分のためにも、とにかく完結まで頑張ろうと思います。
よろしくお願いします(>_<)




