終焉……②
「このわしがそのような表情をしているだと……馬鹿なことを申すな」
ゾルダートは憤慨した口調で反論するが、その悲し気な表情は顔面に貼り付いたように変わらない。いや、それどころかよく見てみると表情以前に顔自体がやけに若々しく見えた。死んだオレの親父と同い年(双子であれば当然の話だが)の筈だから、けっこうな年齢になっていると思うが、そのような風貌には全く見えない。むしろ、レオン公子を彷彿させるほどなので、20代後半ぐらいの外見と言って良かった。
もしかしたら……と、オレは記憶を呼び起こす。
確か、レリオネラお祖母様のファニラ神殿での告白の中で、お祖母様はアイル皇子が間違いなく亡くなっていたと断言していた。けれど、実際には聖石の恩恵で死ぬことはなく一旦仮死状態になりながらも生き続けており、すぐに復活した後に自分を抹殺しようとした帝国に復讐を誓いながらゾルダート教徒と潜伏したと、フェルナトウから聞いている。
本当のところ、人間としてのアイル皇子はその時すでに亡くなっており、復活を果たした彼はすでに人と似て非なる物に生まれ変わっていたのかもしれない。
なので、亡くなった時のアイル皇子の最後の表情が切り取られて、今も残っているという怪談めいた仮説も成り立たないこともない。あくまでオレの妄想の産物なのだけど。
仮にもしそうなら、アイル皇子は今のような形で生き永らえることを本当に望んでいたのだろうか……邪神になってまでも生き残りたいと思うほど生に執着しているようには、貼り付けられている表情からは窺い知れなかった。
「アリシア皇女! そのような同情する目で、わしを見るでない。甚だしい誤解である上、身の毛がよだつほど不愉快だ!」
オレの発言にゾルダートは語尾を震わせるほど激怒していたが、表情は相変わらず冷淡なままで、違和感のあまり旅芸人の瞬間芸を見ているような滑稽さを感じた。
「な、何を笑っている……よもや、わしを愚弄するつもりではあるまいな?」
「そんなつもりはないよ。ただ、ゾルダート。あんたって、やっぱり可哀そうな人間なんだなって思っただけさ」
「……崇高な神であるわしに『可哀そうな人間』とは何たる暴言ぞ。この慮外者めが!」
「あいにく、あんたのこと神様だなんて思ってないからね」
「き、貴様………………まあ、良かろう」
一瞬、怒りのあまり言葉を失ったゾルダートだったが、神であることの余裕を見せるためなのか、落ち着いた口調に無理やり戻した。
「どうせ、今さら状況が翻ることは無いのだ。わしを倒そうと思うのが無駄であることは、さすがの君でも理解できたであろう」
実際、ゾルダートの言う通りだった。
オレが何回、奴を倒そうと試みても皇宮外に奴の信徒達がいる以上、奴は何度でも復活してくるに違いない。現状、オレに勝ち目が無いのは事実だ。
万策尽きたかもと感じていると、ふと先ほどまでオレを苦しめていた身体の麻痺が一切消え失せていることに気付いた。
「あれ?」
渾身の一撃を放った後、麻痺でふらつく身体をテリオネシスの剣を支えにイクスと話していたのだけど、いつの間にか身体全体が軽くなっており自由に動けるようになっていた。
「どうやら、一旦邪神様が倒されたんで術が解除されたみたいだね」
残念そうに話す黒猫イクスの視線を無意識に追うと、麻痺から醒めたクレイの姿が映る。
「クレイ!」
「ああ、何だか麻痺が解けたみたいだな」
麻痺から回復はしたけど、ヴァンダインとして操られていた時の疲労は抜けていないらしく、クレイは無理して立ち上がることはせずに、自分の身体の状態を確認していた。
「何とか戦えることは戦えそうだが、現状では足手まといにしかならなそうだな。それより、お前イクスか? ちょっと見ないうちに何だかエラく可愛らしい姿になっちまったもんだな」
「か、肝心な時に役立たずだったあんたには、言われたくないな」
「ひどいな、それなりに役には立っただろう。なあ、リデル?」
「うん、すごく助かった」
クレイの機転がなければ、ここまでゾルダートを追い込めなかったかもしれない。
「ほら見ろ、イクス」
「ふん、あんたなんか一生そのまま麻痺してれば良かったのに」
「お前こそ一生、その姿でいればいいのにな」
「にゃんだと――!」
「二人ともいい加減しろ。今はそれどころじゃないんだぞ」
クレイのイクスが一生黒猫のままでいろ、という意見に心の中で激しく同意しながら、オレは二人の口喧嘩を止める。
のんびりと、こんな会話を続けている場合でないのは事実だからだ。
たぶん、ゾルダートがオレ達の茶番を見逃してくれているのは、復活したばかりの自分の状態を少しでも良くしようとしているために間違いない。
「ねえ、クレイ。正直、打つ手が無い」
泣き言は言いたくないけど、勝つ手立てが見当たらなかった。
(リデル様……)
不意にまた、頭の中で声が聞こえた。
トルペンか?
大丈夫なのか? さっき、奴の魔法の炎で吹き飛ばされていたけど。
(何とか大丈夫です。障壁は張れませんでしたが、硬い鱗があるので致命傷にはいたりませんでしたので)
心話していることを気付かれないように視線だけ巡らすと、トルペンは壁に寄りかかるヒューの傍らにいるのが見えた。
(リデル様、ヒュー殿からの伝言です)
ヒューからの?
(はい、そうです。ヒュー殿は皇宮外でのゾルダート信徒の暴挙は長続きしないだろうと申されております)
長続きしない? そこんとこ詳しく。
(さすがに日が高くなれば、帝都防衛の近衛騎士団や神殿騎士団が信徒鎮圧に動く筈。そうなれば、ゾルダートのいう負のエネルギーの供給も止まるでしょう、とのことです)
そうか、皇宮に侵入したのが夜半だったから、もうずいぶん時間が経っている筈だ。いくらなんでも、帝都で明るい中そんな残虐な振る舞いををしたら、騎士団が動くのは当たり前の話だ。信徒達の数や実力は知らないけど、導師以上ということはないだろうから、十分鎮圧される可能性は高い。
ありがとう、ヒュー。
そうとわかれば、もうひと頑張りだ。
奴が復活できずに倒されるか、オレ達が戦えなくなるか、時間との勝負と言っていい。
「みんな、力を合わせて邪神を倒すぞ」
オレが決意を込めて宣言すると、ゾルダートは鼻で笑った。
「アリシア、せいぜい後悔せぬことだな。わしも手加減なしの本気を見せよう」
今回は短めですみません。
親戚の法事があったり仕事が忙しかったりで時間がとれませんでした。
なんとか週一更新は確保したいです。
そろそろ本気で次回作のストックを書き溜めないといけないのですが、とても時間と気力がありません。最悪、昔書いた処女作をリニューアルしようかと考えています。(なろう未発表)




