邪神……⑤
「おやおや、お仲間たちは退散かね」
二人が下がるのを見て邪神ゾルダートは唇の端に嘲るような笑みを浮かべた。
「あんたのような化け物相手は、オレみたいな人外な怪物がちょうどいいのさ」
「そのように自分を卑下するものではない。君は並みの人間では持ちえない非常に優れた容姿と能力を持っている。まさに神であるわしの依り代になるために生まれてきたと言っていい」
「そんな人生を過ごすくらいなら死んだ方がマシだ」
オレの拒絶にゾルダートは苦笑する。
「ふふ……出来ぬことは口にせぬ方がよいな。どんなに君が望もうとも、君の出自である天落人としての能力が君を死なせてはくれまい」
「ふん。確かにオレの意思に関係なく勝手に治るけど、その力が無限でないことぐらい、あんたが一番よく知ってるだろうに」
「無論だとも。しかし、さじ加減が微妙なのでね。出来るなら、無駄な悪あがきは良しにして素直に従ってくれると嬉しいのだが」
「ヤなこった」
「君とっても悪い話では無いと思うがね。君さえ受諾すれば、少なくともこの場所にいる者達の命は保証しよう」
「……な、何を言っても無駄さ。オレ、あんたの言うこと信じないって決めたんだ」
ゾルダートの申し出に一瞬考え込んだが、すぐに打ち消す。
どう考えても、奴が約束を守るとは思えない。
「ふむ。躾のなっていない子犬は、鞭で打ち付けるなどして厳しく教え込む必要があるようだ」
「動物虐待、反対!」
オレはゾルダートと不毛な会話を交わしながら、仲間たちが最後の戦いに巻き込まれないかどうか、謁見の間の状況を入念に把握していた。さっきのイクスのように、知らない権能や魔法でみんなの生命が脅かされないよう警戒したからだ。
左の壁側には……両腕をぶらりとさせながら座り込んでいるエクシィと、横たわって動けないハーマリーナ、その二人を介抱するイーディス。そして、イーディス達の下へイクスを連れて行こうしているクレイの姿が目に入る。
右の壁側に目を向けると、子どもトルペンが疲労困憊で壁に寄りかかっているヒューを庇うように立っているのが見えた。
これだけ離れていれば、邪神ゾルダートが極大級の魔法でも使わない限り、他のみんなが大きな被害を受けることは無いだろう。
よし、これなら大丈夫。存分に戦える。
「ぐだぐだ話すのは、もう終わりだ。いくぞ、邪神ゾルダート!」
オレは必ず戦いを終わらせるという決意をもって、一気に間合いを詰めた。
両手で握りしめたテリオネシスの剣を斜め右下に下げ、床に擦れるぎりぎりのラインで突進する。一方、ゾルダートは左手に持った盾を前にし、右手の剣でカウンターする構えだ。
完全鎧のゾルダートに対し、オレは防御力の低い皮鎧。攻撃と同時に常に防御も考えて行動しなければ、一瞬で片が付きかねない。
ただ、オレの人外の膂力から生み出される打撃力は通常鎧なら紙のように切り裂くレベルなので、向こうも防御力に頼った戦い方をすれば命取りになるだろう。
問題は皇帝御鎧の耐久力次第だけど……それについては少しも気にしていない。要は相手の態勢を如何に崩して、こちらを優位にすればいいのだから。
実際、どんなに強固な装甲でも転んでしまえば鉄の棺桶に過ぎないしね。
オレは走りながら腰を捻り、剣に貯めを作るとゾルダートと接敵する寸前に渾身の力を込めて水平に薙ぎ払った。
それを見たゾルダートは、盾を持った左手をすっと伸ばす。
ガンッ!ギキユキキィ――。
通常、小さい盾を使う場合は腕を伸ばし、大きい盾の場合は身体に近づけて使うことが多い。その方が盾の面積を大きく使えて相手の攻撃を遮ることが出来るからだ。
けど、奴は大きな盾を持った腕を敢えて伸ばし、盾の可動域を広くした。たぶん、テリオネシスの剣の尋常でない切れ味を考慮して、受け止めるでは無く受け流すことを選択したのだ。
結果、オレの渾身の一撃をゾルダートは器用に盾を動かし受け流すことで態勢を崩すこと無く、すぐさま右手の長剣で反撃を行うことに成功した。剣を振り切ったオレの肩を狙って突きを放ってきたのだ。
その攻撃を、ある程度予想していたオレは無理やり剣を戻し、ゾルダートの突きをかろうじて逸らすと、再び間合いを取るために大きく後退した。
やっぱり、そうか。
オレは、ゾルダートが盾を前にして再度構え直すのを見ながら、一人納得する。
今の攻撃、本来ならオレの顔めがけて突きを放つのが最も効果のある攻撃の筈だ。そうして来ないのは、奴がオレを殺すつもりがない……いや、殺せないと言うことだ。
「ずいぶんと手ぬるい攻撃だな、ゾルダート」
「万が一にも君が死んでもらっては困るのでね。エクシィのような馬鹿げた攻撃は出来ないのだよ」
オレの指摘にゾルダートは隠すことなく明確に答える。
「だが、それは君も同じではないのかね。出来損ないのために、わしを生かして捕らえようとしているのだろう」
「否定しないけど、全部じゃない。オレは薄情だから、どうしてもみんなを守るためならイーディスを切り捨てる。あんたの思い通りには決してならないから」
「ふむ。やはり、まずはその減らず口が叩けなくなるぐらい、お仕置きする必要がありそうだな。どれ、それではこちらからも攻めさせてもらおう」
そう言うとゾルダートを攻勢に転じた。
「っ……」
何度目かのゾルダートの攻撃を跳ね除けながらオレは内心、舌を巻いていた。奴からの有効打は一つも浴びていないが、こちらも同様の結果だ。
まあ、先ほどはイーディスのことは切り捨てるなんて大見えを切ったけど、そこまで割り切れるはずもなく、戦闘不能を目論んだ手足狙いに終始したため、相応の結果と言えた。
けど正直、ゾルダートの近接戦闘力がここまで高いと思っていなかった。鎧の重量を考えても、ほぼほぼオレと同等の動きと考えていい。
やはり、さすがは変成人だったフォスティーヌさんの身体だけのことはあると思った。 ユーリス師匠の特訓が無かったら、ちょっとヤバかったかもしれない。
「すごいね、ゾルダート。ちょっとビックリしてる」
力押しのバインド技を巧みに弾き返し、互いに間合いを取ったところでオレは思わず感想を洩らす。
動きだけでなく膂力も拮抗しているようだ。
「全く凄くない。逆に失望しているよ」
オレは褒めたつもりだったけど、ゾルダートは機嫌を損ねたようだ。
「わしが高レベルの身体強化魔法をかけてさえ、君に劣るのだから目も当てられない。やはり、この身体は二流以下と言うことだな」
「ゾルダート!」
吐き捨てるように言うゾルダートにオレはカッとなった。
無理やり奪った癖に何て言い草だ。
見て見ろ、母親を侮辱されてイーディスが哀し気な目でゾルダートを睨んでいるじゃないか。
許せない。やっぱり、こいつが諸悪の根源だ
今までのゾルダートの遣り口がオレの頭の中に走馬灯のようによぎり、ますます腹が立ってきたところに追い打ちをかけるように暴言を吐く。
「早くこの紛い物を脱ぎ捨て、君の身体と一つになりたいものだよ。君も神となるのだから光栄に思いたまえ」
「……ゾルダート」
オレの頭から奴を生かして捕らえようと思う考えが、すっぽりと抜け落ちた。
先週は申し訳ありませんでしたm(__)m
寒暖差のせいで風邪をひいたようでした。
熱は、ほとんど出ませんでしたが、ベッドから起き上がれなくて……。
その分、今回は多めにしています。
気が付けば、もうすぐ11月ですね(;一_一)
年内終了は微妙になってきましたw
ただ、ラスボス戦自体は11月で終わりそうなので、
ぎりぎり間に合うかも……。
あと、新作は全く手つかず……どうしよう(>_<)
あ、そうそう。巷で噂のアキネーターをやってみました。
何と驚きの結果でしたw




