邪神……④
「ふむ、実に素晴らしい。人間を超越してから美醜については興味を失って久しいが、君の表情には確かに万物を超えた美しさがあるな」
オレの顔をしげしげと見つめ、アイル皇子は感想を述べる。
「あんたに褒められても、ちっとも嬉しかないよ。逆に自己嫌悪に陥る」
「全く素直でないな。想い人に愛想を尽かされても知らぬぞ」
「お、大きなお世話だ!」
ちらりとクレイの方を見ると微妙な顔をしている。
同意したいが、アイル皇子の発言なので躊躇っているって感じか。
「まあ、よい。どうせすぐに、その類まれな容姿もわしのものとなるのだからな」
「言ってろ、そんなことには絶対ならないって教えてやるよ」
「何度でも言うが、その生意気さが打ちひしがれる様を拝めると思うと心が踊ってならぬわ。どれ、そろそろ決着を付けるとするか。そして、誰が主なのかその身にじっくり教え込んでやろう」
不穏な発言をするアイル皇子は玉座からゆっくりと降り始める。
「クレイ! イクス!」
「任せろ」
「了解です」
オレが声をかけると二人とも何も聞かず、オレの意図を汲んだように左右へと広がった。
アイル皇子を三方から囲んで戦うつもりだ。
え? 三対一は卑怯じゃないかって?
これが試合ならそうだろうけど、これは真剣勝負なのだ。卑怯も何も関係ない。
それにアイル皇子の戦闘力も未知数だ。邪神としての権能や魔法も怖いが、変成人であるフォスティーヌの身体能力がどれほどのものなのか見当がつかない。鎧も『皇帝継承神具Ⅰ類』だし、剣も恐らくそれに匹敵する業物の筈だ。なので、用心するに越したことはないし、イーディスのためにも出来ればアイル皇子を殺さずに捕らえたいので、過剰戦力なぐらいが丁度良いように思う。
「ふむ、アリシア皇女はともかく、お前達ごときがこのわしの相手が出来るなどと、ゆめゆめ思ってはおらぬよな」
アイル皇子はゆっくりと階を降りきると、左右に展開するクレイとイクスに視線を走らせ、嘲笑った。
「とくにイクス。本来、処分するところを拘束で済ませてやったものを、先ほどからわしの楽しみを邪魔するとは万死に値する行為、許しがたい。やはり、捨て犬は忠犬とはならぬということだな」
「ちえっ、こっちに転がり込んで来た時に助けてもらったから、少しばかり恩義を感じて手伝っただけなのに、そういう恩着せがましい態度はうんざりだね。それに拘束に甘んじたのだって、あんたの機嫌を取るためにやっただけで、本気で屈服した訳じゃないよ。ちょっと考えを改めさせる必要があるみたいだね」
イクスはアイル皇子の言葉を鼻で笑って受け流す。
「わしの方こそ、もう一度しっかり躾なおす必要があるようだ」
「イクス、こんな奴の言うことなんて聞くな。それより、そろそろ始めるぞ」
言い合う二人に割って入り、オレは注意を促す。
「アイル皇子、そっちもいいか?」
「いつ始めてもらっても構わぬよ」
「じゃあ……勝負だ、アイル皇子。いや、邪神ゾルダート!」
オレ達と邪神との最後の戦いが始まった。
まず、オレの左手にいるイクスが突進する。武器が短剣なので接近する必要があったからだ。イクスの本気のスピードは正に神速で、寒気を覚えるほどの速さだった。
一瞬、姿が消えたかと思うと次の瞬間には目の前にいる。そんな感じだ。オレなら確実に懐に入られ、剣を振り回す機会さえ与えられなかったと思うが、邪神ゾルダートは難なくそれに対応する。
まるで、そこに来るのが分かっていたかのように剣を向けてイクスの攻撃を防いだ。
一方、反対側ではイクスの肉薄に呼応するように前進したクレイも大剣を力に任せて斬り下ろしていた。打合せもない連携だったが、イクスへの対応の隙を突いた絶妙な攻撃だ。
けど、これも邪神ゾルダートは左手に持った盾で易々と受け流してみせた。
しかし、本命は正面にいるオレだ。
イクスとクレイに反応したことで、がら空きになった邪神ゾルダートの正面めがけて間合いを詰め、オレの待てる最大限の力でテリオネシスの剣を振るう。例え、この世で最も防御力が高いとされる皇帝御鎧であろうと切り裂ける自信のある必勝の一撃の筈だった。
「嘘だろ?」
テリオネシスの剣の渾身の一撃を受け、肩口からざっくり切り裂かれているのは邪神ゾルダートではなく、突撃を躱され後退したはずのイクスだった。
「イクス!」
剣を生やしたままイクスが崩れるように腰を下ろすと、吹き出したイクスの血液が床に血だまりを作る。オレは抜けなくなったテリオネシスの剣から手を放しイクスに駆け寄ると、皇帝御鎧の絶対的な防御力を想定して放ったテリオネシスの一撃は防具の無いイクスの身体を胸辺りまで斬り込んでしまっていた。
「イクス! イクス、大丈夫か!?」
「……リデルが僕のこと、泣きながら必死に呼んでくれるなんて、ここ天国?」
「泣いてないし……って、馬鹿な事言ってないで、大丈夫なのか?」
「う~ん…………あんまり大丈夫じゃないみたい」
「しっかりしろ、オレの謎の力が発動したら、きっと治してやる」
オレの不思議な力は、どんな怪我でも治す万能の力だが、オレが死にそうにならないと発動しないのが玉に瑕だ。
「いや、ルマの時もそうだったけど、魔族である僕やエクシィにとってあの力は禁忌だからね。たぶん、治るどころか消滅してしまうと思うよ」
「え? けど……」
「僕は大丈夫、放っておいてくれれば自力で治るよ。それより今、戦闘中」
そうだった。
我に返って邪神ゾルダートを探すと、先ほどまでイクスのいた場所に薄笑いを浮かべて立っていた。
「イクス、気に入ったかね。愛しのアリシアに切り裂かれるのは……お前も、さぞ本望だろう? 我ながら飼い犬に褒美を与えすぎだな」
「ゾルダート……」
悦に入るゾルダートを睨みつけながら、オレは考え込む。
何だ、今のは? 確かに奴を切り裂いた筈なのに……邪神の権能か何かだろうか。それともフォスティーヌさんの異能なのか? 明らかに、イクスと自分との位置を入れ替えたように見えた。効果範囲はわからないが、何とも厄介な能力だ。
けど、だとすると……。
「クレイ、悪いけど下がってもらえるか」
複数人で奴と戦うのは悪手だ。
「…………そうだな。了解した」
クレイはイクスの身体から慎重にテリオネシスの剣を引き抜くとオレに渡し、イクスを抱えて謁見の間の壁際まで下がる。
渋々と言った表情のクレイと白い顔で目を瞑るイクスが安全圏に下がるのを見届けてから、オレは再び邪神ゾルダートに向き直った。
暑くなったり寒かったり、よくわからない天気が続きますね(>_<)
少し体調が下降気味です。
来週はリアルが忙しいので、ちょっと憂鬱です。
あと、話題の「リコリス・リコイル」を全話視聴しました。
とても良かったです♪
やはり、これからは百合ですねw(水星の魔女も百合ですし)
ちなみに次回作はTS百合モノの予定です。




