メールもいいけど、手紙がいいね ③
そこで初めて伯爵が反応した。
ベリドット伯爵は細面の整った顔立ちの落ち着いた感じの男性で、50歳代ぐらいの年齢に見えた。どことなくレオンに似ている。
「将軍の弁とは思われぬ失言ですな。私は一介の伯爵に過ぎぬ者。どうして、公子様のご災難が私に益があると申すのか、はなはだ疑問ですな」
冷ややかな目線で、将軍を牽制する。
それに対し、マカニル子爵が侍従長に質問した。
「侍従長、噂に聞いたのですが、エクシーヌ公女の婿候補の筆頭にベリドット伯爵様のご子息の名があがっていると耳にしました。本当のところはどうなのでしょう?」
「失礼な質問は止したまえ、マカニル子爵」
ベリドット伯がやんわりと質問を遮る。
「……この場だけの情報とし、他では話さぬという前提であるなら……」
侍従長が確認するように場の面々を見渡した。
「侍従長!」
一同が頷き、伯爵だけが声を荒げる。
「そのお話は事実でございます」
場が一瞬で静まり返る。
「ローラン・ベリドット伯爵様はデュラント公家の分家筆頭のお立場にあり、爵位は劣りますが、デュラント家の血筋としては申し分ございません。有力貴族の間にいらぬ争いを招かないことも考慮し、国内での候補として、ご子息様が第一の位置にあることは間違いございません」
「もし、レオン公子に何かあれば、この国の未来の支配者になるかもってわけだよね……あと一つ聞いてもいい?」
オレの問いに侍従長が頷く。
「たとえ実家が借金まみれでも、問題ないの?」
敢えて聞いてみる。
「血筋には関係ございません」
「じゃ、無理に借金返さなくてもいいんだ?」
侍従長は笑みを浮かべて訂正する。
「最終的には国庫で負担することになるとは思いますが、返済の努力は必要でしょう」
「……だってさ、ダノン」
ダノンの方へ向き直るとオレは言った。
「小娘に呼び捨てにされる筋合いなどないわ……ん、どういう意味だ?」
「つまりさ、八百長試合なんて、あんたに持ち掛けなくてもいずれ借金は無くなったってことだよ」
「……それじゃ」
「そう、八百長試合は公子暗殺計画の事前準備だったのさ。大方、ラドベルクを思いついたのもあんたの案じゃないだろ」
「た、確かにバミゴルが言い出した案だが……何でそんなことを」
それには答えず、オレはゆっくりと歩を進めると伯爵の前に立った。
「これは、オレの推測だけど……」
座っている伯爵を見下ろすと視線が合う。
エクシーヌ公女と同じ澄んだ蒼い瞳だった。
「ラドベルクが公子を暗殺したら、きっと背後関係を探ると思う。彼には悪いけど、一介の剣闘士が突然理由も無くそんな大罪を犯すとは考えにくいからね。そこでラドベルクの周辺を探ると、イエナ誘拐事件が判明する。当然、ダノンが疑われる」
「今と同じだ、私は関係ないと告げるし、ラドベルクだって証言するだろう」
後ろからダノンが大声で弁明する。
「オレが思うに、優勝する予定だったイクスの本当の目的は暗殺したラドベルクを討ち果たすことにあったんじゃないかと思う。公子を守ろうとしたとか理由をつけてさ……。オレがイクスに勝っていなくて、ラドベルクの手紙もなければ、黒幕の存在は明らかにならなかったんじゃないか?」
ダノンが息を呑み、黙り込むのがわかる。
「しかも、ダノンは敵国ライノニアの出身で、半生は不明って聞いてる。実際にイエナ誘拐を実行しているし、疑うべき材料がそろい過ぎてる。申し開きは通用しないと思うな」
「しかし、ダノン男爵がライノニア側のスパイなら、すぐに捕まるような計画を立てるだろうか?」
審理官が疑問を投げかける。
「ライノニアのスパイなら死を厭わんさ。それに公子様の暗殺が成功すれば十分おつりがくる……そう、皆が考えるだろう。それにスパイなら自分がスパイとは決して認めんさ」
アーキス将軍が感嘆したような目でオレを見つめて言った。
「ダノン、あんたは伯爵に嵌められたのさ。伯爵令嬢なんて、最初からくれる気なんて、さらさらなかったんだよ」
オレは伯爵を見つめたまま、後ろにいるダノンに告げた。
「ベリドット伯爵!」
顔を真っ赤にしてダノンが立ち上がる。
「なかなか面白い意見だね、お嬢さん」
伯爵はにこりと笑った。
「だが、全て憶測に過ぎない。君の話した推論は、ラドベルク君の手紙と証言を基に導き出されたものであり、彼が真実を述べていることが前提だ。しかし、大罪を犯そうとしたなどと世迷言を言う彼の言葉がはたして信用できるものなのかね?」
動じる気配を見せない伯爵は審理官の方を向きながら、淡々と述べる。
ベリドット伯爵……思ったより手強い。
「それに、これを一番忘れてもらっては困るのだが、そもそもラドベルク君は何かしたのかね? 私には彼が表彰を受けていただけのように見えたが……」
その通りだ……オレはラドベルクが事を起こさないように先手を打って行動した。
だから、実際には彼はまだ何もしていなかった。
準備行動として剣を構えたのがオレにはわかったけど、誰も気付いていないだろう。
結果、公子暗殺事件はラドベルクの証言として語られているに過ぎない。
イエナ誘拐を八百長試合のためと抗弁されれば、暗殺事件そのものが事実として立証されないのだ。
「順当に考えれば、ダノン男爵に娘を人質に取られ、不名誉な八百長をすることに悲観し、男爵へ復讐するつもりで自棄になり、ありもしない公子暗殺事件をでっち上げたというのが真相ではないかな」
「私は、嘘など言っていない。話したことは全て真実だ」
ラドベルクが立ち上がって、ベリドット伯を睨みつける。
伯爵は、抗議するラドベルクを無視して、オレに優しく話しかける。
「お嬢さん……リデルさんと言ったかな。残念だが、君はラドベルク君の根も葉もない話を信じて、全く見当違いの推測をしてしまったようだね」
は、伯爵め……これじゃ、暗殺事件は存在しないことになり、オレが早とちりして、大騒ぎしただけになっちまう。
「そ、その通りだ。伯爵様の仰ることはもっともだ。ラドベルクの話が本当だという証拠はどこにもない……危うくこの娘の言うことに騙されるところだった」
ダノンが口裏を合わせるように同調する。
ダノンの奴、内心の憤りはともかく、公子暗殺計画に連座するより、伯爵への怒りを我慢するほうを選んだな。
審理官が考え込むようにオレとラドベルクを見る。
ま、まずい……場の流れが伯爵側に傾いている。
涼しげな顔をしているベリドット伯爵に何か言ってやろうと思ったその時だ。
「いけません! ただ今、査問会の最中で関係者以外は入室が禁止されています」
「だから、関係者だって言ってるだろう」
言い争う声がした。
何だか、部屋の外が騒がしい。
次の瞬間、会議室の扉が開け放たれ、押し止めようとする闘技場職員を引き連れて、あいつが入ってきた。




