黒鎧の騎士……⑤
誤字報告ありがとうございます。
とても助かっています。
今後もよろしくお願いいたします。
「何だ、楽しみにしていた見世物は、もう終わりかね。あれだけ、いろいろと準備したというのに少し物足りなかったな」
表情の見えないデスマスクが、残念そうな口振りで話す。
「何でこんな真似したんだ、アイル皇子!」
「知れたこと、君を絶望させたかったのだよ」
当然と言わんばかりにアイル皇子は答える。
「純真で一途な君が自分の手で愛する男を殺める……考えただけでもゾクゾクする光景とは思わないかね。そんなことになれば、君はおそらく生きる気力を失ってしまうだろう。それこそがわしの望んだ筋書なのだよ」
「そ、そんなことないぞ。オレは皆が思っている以上に利己的な人間で、決して清廉潔白なんかじゃない。例えクレイが死んだって……」
オレは生き続ける、と言おうとしたけど、クレイが死ぬことを想像しただけで声が震えて言葉にならない。
「ふむ、そうなのかね。それは残念だ。君の生への執着が薄くなればなるほど、依り代としては好都合だったのだが……」
そうか、アイル皇子がこんな面倒な手段を取ったのは、オレにクレイを殺させて精神を弱らせることで、依り代としての効果を上げるための算段だったらしい。
「いやいや、失敗作で懲りたのでね。少しでも成功率を高めるために策を弄したが、とんだ邪魔者のせいで無に期してしまったようだ」
オレの隣にいるイクスを睨みつけて苦々しくアイル皇子は吐き捨てた。
「やはり、不良品はさっさと壊してくべきだったということか。まだ使えると思って再利用を考えたのが誤算だったな。まあ、良い。失敗作も含めて、ここにいる全ての不用品をまとめて処分するだけのこと」
アイル皇子は、そうすることがすでに決定したかのような口振りで呟く。
「は? 何、言ってんだ、アイル皇子。半分死にかけの状態のあんたがオレに勝てると本気で思ってるのか?」
この期に及んで自信満々のアイル皇子に薄気味悪さを覚えたオレは虚勢を張って問いかける。
実際、アイル皇子の手勢は右往左往してる侍女達が残っているだけで、戦力はアイル皇子一人のみと言って良かった。
いくらオレの聖石の力が尽きかけていると言っても、戦いに秀でているとは思えないアイル皇子一人に負けるとは、到底考えられない。
ただ、油断は禁物と言えた。アイル皇子のことだ。見たことのない恐ろしい魔法を使ってくる可能性だってある。
とにかく、少しでも時間が経てば聖石の力も徐々に回復するので、オレは意図を見抜かれないよう慎重に時間稼ぎを試みることにした。
「ところでアイル皇子、本物のヴァンダインはどうなったんだ?」
黒鎧を纏ったクレイの頭を腕に優しく抱き寄せながら、アイル皇子に疑問を投げかける。
「ほお、そんなことが気になるのかね。良いだろう、わしとしても教えるのはやぶさかでない……そもそも、『ヴァンダイン・ケルファギー』なる人物など、この世のどこにもおらぬのだよ」
アイル皇子はもったいぶったように一呼吸おいて答える。
「強いて言うなら、その黒鎧そのものが『ヴァンダイン・ケルファギー』と言って良かろう」
「これがヴァンダイン?」
オレは腕の中で眠るクレイが着ている鎧を見下ろす。動力の源であった核が壊れたせいで、先ほどまでの驚異の復元力は失われたようで、オレに切り裂かれた切り口はそのままだった。
なるほど、つまり黒鎧が本体ってことなのか。
「そもそも、その呪われた鎧がいつから帝国に存在していたのかは、実のところ定かではない。わかっているのはデュラント二世の御世に偶然それを着てしまった道化が存在したということだけだ」
「道化?」
「そうだ。その哀れな男の素性は結局、不明なままに終わっている。恐らく傭兵か迷宮探索を生業としていたものではないかと推測されておる。兎にも角にも黒鎧にその精神を乗っ取られた哀れな男はヴァンダインを名乗り、天下無双の強さを示して一時代を築くほど活躍したというわけだ」
「それじゃ、『黒鎧の騎士』は黒鎧に精神を乗っ取られた人物に過ぎなかったってことなの? つまり、黒鎧は着た者を意のままに操る呪いの防具の一種ってことで……」
「その解釈で間違いない。しかも、面白いことに帝国の為政者達は彼がそうした怪しげな存在であることに誰一人として気付かなかったらしいのだ。軍事と内政に長け、デュラント二世に重用され、天隷の騎士の称号を受けた彼を疑う者など誰もいなかったわけだな。まあ、どんな場所でも黒鎧を脱がないので不審に思う者もいたらしいが、当たり前の話だが皇帝の寵臣に異を唱える者など存在しなかったというわけだ」
確かに、皆が憧れる英雄の正体が生きる鎧だなんて誰も信じないだろうし、露見すれば大問題になったただろう。
そう考えると、もしかしたらデュラント二世や中枢部は彼の正体に薄々勘づいていたのかもしれない。けど、ヴァンダインの有能さや才能を惜しんで、出自不明さに目を瞑って重用したというのが真実に近いような気もする。
「それほどまでに『ヴァンダイン・ケルファギー』は傑出した人物であったのだ。誰に対しても公平で高潔、博学で思慮深く温厚な為人。まさしく非の打ちどころが無かった。なので、貴族も平民も彼の栄華は久しく続くと思われた……しかし、そんなある日のこと……」
アイル皇子はオレが真剣に耳を傾けているにに気付くと嬉しげに続けた。
「唐突にヴァンダインは全ての動きを止めた……何の前触れもなく突然に。最初、誰も何が起こったのかわからなかった。単にヴァンダインが気を失っていると思われたが、宮廷医術師が呼ばれ診察した結果、思いもよらない結果が出た」
アイル皇子はオレの気を引こうと考えたのか、一旦言葉を切りオレに視線を向ける。
「気を持たせないで、続きを話してくれ」
オレが続きを急かすとアイル皇子は満足げに笑みを浮かべた。
「ヴァンダインは……彼らがヴァンダインと思っていた男はすでに事切れていたのだ。死因は医術師でなくても、すぐわかった。衰弱死だ……身体の水分が抜け、骨と皮だけのような状態だった聞いている。すぐさま、ヴァンダインの遺体及びその装備品が極秘に検証された。そしてその結果、『黒鎧』の恐るべき事実が判明したのだ」
今回は短めで、すみません。
なかなか執筆の時間と気力が足りなくて……。
い、言い訳せずに頑張ります!
暑さが少し和らいだのはいいですけど、大雨ばかりですね(>_<)
皆様もお気を付けくださいね。




