メールもいいけど、手紙がいいね ②
今、オレ達がいるのは闘技場の集会室に臨時に作られた査問会の会場だ。
そして、裁かれているのは実のところオレだったりする。
まぁ、どう見ても、公子様を襲ったのはオレにしか見えなかったのだから仕方が無い。
会場に集まったのは、法務庁から審理官3名、大会主催者として副実行委員長(実行委員長はレオン公子)のマカニル子爵とダノン男爵、軍からは護衛隊を管轄に置くティオドルフ近衛軍司令とアーキス将軍、公宮からは侍従長と高家(皇帝に繋がる高位貴族)であるベリドット伯爵が参加していた。
公子暗殺がカイロニアの政治基盤を揺るがす重大事件であることが、参加メンバーを見ても明白だった。
開始早々、審理官がオレに詰問しようとした矢先、証言者として呼ばれたラドベルクが不意に口を開いた。
本当は公子暗殺を実行しようとしたのが自分であり、オレはそれを止めたに過ぎず、またそれを証明する証拠としてオレに預けた手紙の存在を明らかにしたのだ。
提出を指示されたオレが手紙を差し出すと、審理官はそれを読み上げ、終わると先の問いとなった。
ラドベルクが肯定するのを見て、審理官は声を荒げた。
「ラドベルク殿、いやラドベルク。書かれている内容からすると、お前が指示を受けて大逆を犯そうとしたこととなるが、それで構わぬのか?」
「はい……」
「でっちあげだ!」
顔を赤くして、遮るようにダノンが叫んだ。
「ラドベルクの言っている事は世迷言だ。私は潔白だ!」
審理官はダノンを黙らせると、ラドベルクに問うた。
「彼は、ああ言っているが?」
「手紙のことは、本当のことだよ」
ラドベルクが答えるより先に、オレが審理官に向かって発言する。
「事の是非はともかく、オレ達は、昨晩ダノン邸からイエナを助け出してきたところさ。誘拐されていたのが事実なんだから、手紙の内容も信憑性が高いと思うよ」
「なに、それは本当か?」
審理官がオレに確認する。
「昨夜、ダノン邸で爆発騒ぎあったというので、先ほど人を遣わして確認させた。使用人の話で昨夜が賊が侵入し、少女を連れ出した際に爆発騒ぎを起こしたという証言を得ている」
アーキス将軍が補足してくれる。
「そんな馬鹿な、バミゴルがそんな証言を許すはずが……」
ダノンが反論する。
「残念だが、ダノン男爵。家宰バミゴルと護衛隊長のゾルゲンは朝方に姿を消して行方知れずだそうだ」
「そ、そんな……」
「審理官殿、リデルのダノン邸侵入は褒められた行為とは言えないが、人助けのために起こしたこと。寛大な措置をお願いしたい」
審理官は頷くと、うなだれているダノンに質問した。
「ダノン男爵、ラドベルクの言う黒幕とは誰のことか、心当たりはないか? でなければ、今回の事件の張本人は貴方ということになるが……」
「わ、私じゃない……確かに八百長は企図したが、公子暗殺に関しては無実だ。誓ってやっていない」
青くなってダノンが弁解する。
「審理官殿!」
皆が疑心暗鬼でダノンを見つめる中、オレは手を挙げて審理官に発言の機会を求めた。
「何かな? リデル・フォルテ」
「あの……話の流れから、オレへの疑いは晴れたってことで理解していいのかな?」
「そうだな。皆さんのご意見はどうだろう?」
主席審理官が他の査問会の参加者に尋ねた。
「大会主催者側としては、ダノン男爵に嫌疑がかかっていることも含めて、今回の事件の当事者として、意見は差し控えたい」
マカニル子爵は大会運営を任されるほどの人物だけあって、淡々と話す中にも力強い意志を感じさせる壮年の男性だ。けど、さすがに驚きの色を隠せないでいた。
まさか、自分の開催した大会でこのような事件が起こるとは想定外だったようで、幾分落胆もしている。
「軍側はアーキス将軍が知己のリデル殿がそうしたことを行う人物ではないと、断言していること、手紙の内容を考慮すれば彼女の行為は大逆を企図したものでないことが明白と判断している」
ティオドルフ近衛軍司令はアーキス将軍に目礼すると、オレの無実を推した。
「公宮代表としては、ラドベルクとリデルが親密な間柄にあることから、二人が共謀し、ダノン男爵を陥れているという可能性も捨てきれないので、大逆の非を免ずることに賛成できない」
侍従長はそう反対した。
主催者側が保留、軍が賛成、公宮は反対。
さらに審理官3名の内、1人が賛成、1人が反対のため同数となり、結論は首席審理官に委ねられた。
「私としては、手紙の信憑性を評価し、リデル・フォルテを公子暗殺事件の実行犯から除外したいと考える」
首席審理官の言葉に、オレはホッとした。
「なお、非公式の発言ではあるが、公子様から『リデルが僕を暗殺だなんて、天が裂けてもありえない』とのお言葉をいただいていることも審理結果に含めたことを補足しておく」
レ、レオン……感謝していいのか微妙だ。
「公子様のご判断なら、我らに異存はない」
公宮代表が意見を翻したので、オレの無罪は完全に確定した。
けれど、査問会は引き続き、ダノンへの査問に転じる。
改めてダノンへの追及は始まったが、彼の返答は要領を得ないものだった。
たぶん、ダノンも本当に何も知らないのだろう。
「審理官殿!」
オレは発言を求めた。
「何かね、リデル・フォルテ嬢?」
あれ、扱いが変わった。
「いえ、オレにもダノン男爵へ質問させてもらってもいいですか?」
審理官は訝しげな顔をしたけど、了承してくれた。
オレがダノンの前へと進むと、ダノンは見下したような目付きで言った。
「お前のような小娘と話すことなど、何も無い!」
「あ、そう。別にオレは構わないけど……もしかしたら、あんたの現状を良くできると思ったのに」
そう言うと、ダノンは手の平を返したように、何でも答えると言い始める。
「まず訊きたいのは、何で今回の八百長を計画したかってことなんだ」
ダノンが意味がわからないといった顔をする。
「いや、確かにあんたは今までも危ない橋をたくさん渡ってきたかもしれないけど、今回の件に関してはリスクが大きすぎると思うんだ。無理に大儲けしなくても、あんたの立場ならずっと利益を上げ続けられるって気がしてさ」
って、クレイが不思議がってたよ……と心で付け加える。
「そ、それは…………」
「それともう一つ、イクスをどうやって見つけてきたんだ? 到底、あんたが扱える代物とは思えないんだけど」
ダノンが目を泳がせて沈黙する。
「言いたいことを言っておかないと、極刑は免れないよ」
「…………」
緊張のためか、ダノンは額に吹き出た汗を神経質に拭く。
「ダノン!」
俯いたダノンに鋭く声を投げつけると、びくっとして顔を上げる。
「……八百長を持ちかけてきたのも……イクスを紹介してくれたのも……」
目を伏せて、消え入りそうな声で告げた。
「そこにおられるベリドット伯爵様からだ……」
場の視線が一斉に侍従長の横に座るベリドット伯爵に集まる。
伯爵は平然とした顔で沈黙を続けた。
「どういう経緯か、説明してくれる?」
オレはダノンに話の先を促した。
「伯爵様は私以外にも多くの借財があってな。それを一気に弁済する手段として、今回の八百長試合を計画したのだ。自分の妻の実家が借金まみれというのは、芳しくないのでな」
「妻の実家?」
「伯爵様の娘と再婚する予定になっているのだ」
「え? ベリドット伯爵の娘さんって、二十歳前じゃなかった?」
確か、ソフィアにもらった資料に長男二十三歳、次男十九歳、長女十六歳って書いてあった気が……。
ダノンって四十を超えてたよな…………は、犯罪レベルだ。
それに容姿もお世辞にも優れていると言えないし……。
縦よりも横幅の大きい中年太りの体型で、頭髪は剃っているのか坊主頭。
顔の割合に比べ、ぎょろりとした大きな目が何となく可笑しいけど、目付きは怖い。
「とにかく、その婚儀の見返りとして、私が貸した借財を帳消しにすることで話がついていたのだ」
なるほど、お金で伯爵家の親族になるって訳か。
まぁ、貴族の結婚は政略絡みとは聞くけど、娘さんがちょっと可哀想かな。
「八百長を持ちかけられて、すぐ思い付いたのはラドベルクを利用することだった。実力は未だに群を抜いていたし、一人娘を溺愛していると聞いていたので、使えると思ったのだ。後は対抗馬になる相手を探すだけだったが、それもベリドット伯爵様が用意してくれたので問題なかった」
伯爵はダノンの証言にも平然とした顔付きで耳を傾けている。
「確かに、最初にイクスを見た時は正直、大丈夫かと心配になったが、人は見かけによらないもので順調に勝ち進み……いや、あいつがお前のような小娘に負けるなどという失態のせいで、せっかくの計画が台無しになってしまったのだ」
ダノンは悔しそうにオレを睨みつけた。
そりゃ、逆恨みだってば。
勝手に負けたのはイクスの方なんだから。
「私が計画したのはそれだけだ。公子暗殺などという馬鹿げた企ては、私は知らん。行方知れずのバミゴルにでも訊いてくれ」
言い終わると、ダノンはオレと審理官を交互に見た。
オレは振り返って、アーキス将軍に尋ねた。
「公子様が亡くなったら、誰が得すると思う?」
「そうさな。もちろん敵国のライノニア公国かの」
顎鬚を触りながら、興味深げにオレを見る。
「公国外ではそうだけど、カイロニア公国内に限れば?」
「さしずめ、そこにおられるベリドット伯爵殿かの」
アーキス将軍は人の悪い笑みを浮かべて、伯爵に視線を向けた。




