謁見の間にて……⑩
「エクシィ、もしかして素手で戦うつもりなのか?」
「そうさ、あたしの本命武器はこれなんだ」
右拳を左手の平にパンッと打ち付けるとエクシィはニヤリと笑った。
「あのさ、悪いことは言わないから止めときなよ」
オレは真剣にエクシィを説得する。
「エクシィが強いのは、よくわかった。けど、素手でオレに勝てると思うのは勇猛を通り越して無謀だと思う」
戦闘における間合いの差は大きな有利不利を生じさせる。
素手の人間が得物を持った相手と戦った場合、両者が手練れであれば間違いなく得物を持った方が勝利するだろう。集団戦でのような不意の組み付きとかでもなければ、近づくことさえ難しいかもしれない。
そこまでリーチの差は勝敗を左右する要因なのだ。
ましてや、オレが分析するところ、スピードもパワーも技のキレさえ、オレの方が勝っていると言っていい。
そんな状況下で素手でオレに勝てると考えているエクシィの真意が掴めなかった。
さっき、一戦交えてエクシィも身に染みてわかった筈なのに……。
「ふん、無謀かどうかは戦ってみればわかるってものさ」
エクシィは鼻で笑って両拳を再び構える。
どうあっても退く気はなさそうだ。
「オレは忠告したからな。それで怪我してもオレは知らないぞ」
最後通牒を発したオレもテリオネシスの剣をエクシィに向ける。
えっ? ルマの時みたいに剣を捨てないのかって?
ああ、ルマの武闘大会の女剣闘士シリルとの一戦だな。
確かに、あの時は剣を置き、シリルの土俵に降りたが、今回はあの時とは大分違う。
あれはあくまで武闘大会であり、基本的には殺し合いではない(不幸にして死に至る場合もあるが)。それに、同じ武を志す者として、当時のシリルの心情が痛いほどわかったのもある。
シリルは無差別級が始まる前に行われた女剣闘士大会の決勝で、試合中に剣が折れたため敗退していた。本当にそれだけが敗因かはわからないが、少なくとも彼女は天運が自分を見放したからだと信じ込んでいた。
勝敗は時の運。この身体に戻る前のオレも、そうした理不尽さを何度も味わされていた。だから、シリルのその強い想いに絆され、また聖石の力で調子に乗っていたオレは傲慢にも剣を置き、シリルとの格闘戦に興じたのだ。
それに対して今、行われているのは命のやり取りを伴う実戦だ。相手を斟酌してやる理由はどこにもなかった。あるのは、無慈悲に下される勝者と敗者という結果だけだ。
「じゃ、本気で行かせてもらうよ」
そう言ったエクシィは無策にも見える突撃を敢行して来る。
人間とは思えないほどのスピードだったが、オレの目はその動きを正確に捉えていた。
常人が相手ならともかく、今のオレに対してその攻撃は全く有効的ではない。
さらに、オレは師匠との特訓の結果、戦う相手の次の行動がおおよそ予測できてしまうようになっていた。
オレはエクシィの動きに合わせてテリオネシスの剣の軌道を変える。
どう考えても突っ込んで来るエクシィには避けられない斬撃だった。まあ、感覚的には浅めの手ごたえなので、致命傷にはならないだろう。
この一撃で戦意を失ってくれれば良いのだけど、オレがそう思って斬りかかると、エクシィの姿が一瞬ブレる。
「え?」
剣が空を切り、呆気に取られている間に、顔面へとエクシィの拳が迫る。
「ふごぉっ――!」
次の瞬間、頬を陥没させながらオレは宙を舞った。
そのままの勢いで後ろへ吹っ飛んで床に落ちたオレは、ごろごろと転がり、めくれ上がった床石に顔面を打ち付けて止まった。
「…………はっ!」
一瞬、お花畑が見えたような気がしたが、我に帰る。
どうやら、頭全体が白い光に包まれていて、眩しくて目が開けられない。
ん? これって生死に関わる時に発動する例の力だよね。
慌てて顔を触るが、何ともなってない…………いや、復元したのかも。
危うく、元美少女になるところだった。
手探りで指に触れたテリオネシスの剣を手繰り寄せると、しっかり握って杖代わりにして立ち上がる。
ようやく、光が収まって目が開けられるようになったので、殴ったエクシィの方を見る。
「あちゃ~、やっぱ駄目だったか。アンデットみたいに頭を潰せば復活しないかと思ったんだけどなぁ」
オレが無傷で(正確には復元して)立ち上がるのを見て、エクシィは悪びれずケラケラと笑った。
「残念だけど、この力はオレの意思に関係なく発動するみたいだからな」
そうでなければ、オレの意識が無くなったとたん能力が発動せず人生終了となった筈だ。
自由にならない分、自動発動はこういう時に重宝するのかもしれない。
「……で、エクシィ、さっきのあれは何なんだ?」
「んん? 何のことだ。あたしは何にもしてないぞ」
エクシィはニヤニヤ笑って取り合わない。
そんな訳ない……とオレは考え込む。
あれは間違いなく命中する攻撃だった。どう考えても避けられるタイミングでは無かった筈だ。
もしかして、ハーマリーナと同じように空間転移を使ったのか?
いや、魔法を唱えるような素振りは見せてなかったように思う。
なら、いったい?
「それよりリデル、戦いを続けようぜ。それとも降参か?」
「降参なんかするか! 当然、続けるさ。けど、今度は油断しないからな」
「ぜひ、そうしてくれ。一方的に殴るだけじゃつまらないからねぇ」
オレがテリオネシスの剣を握りしめてエクシィをぎろりと睨むと、エクシィはオレに向かって腕を伸ばすと「かかって来いよ」という風に指をくいくいと動かして挑発する仕草を見せる。
「じゃ、今度はこっちから行くぞ」
オレは足元が悪いなんて信じられない速度でエクシィに肉薄すると、連続的に鋭い斬撃を浴びせかけた。
「な……?」
剣が当たらない……だと?
どうしてだ?
オレの渾身の斬撃は、ことごとく空を斬った。
どう見てもオレの剣はエクシィの身体を切り裂いた筈なのに、全く手ごたえが無い。
感覚と結果が一致しないためなのか、何だか次第に気分が悪くなってくる。
意味が分からずオレが混乱していると、エクシィが反撃に転じた。
先ほどの豪打を想いだし、反射的に剣の平で顔面を防御する。
だが、衝撃は腹にずしんと来た。
「うげっ」
防具の薄い腹部を強打され、くの字に曲がって再度オレは吹き飛んだ。
前のめりになって床に落ちると、腹を押さえて転げまわる。
かろうじて胃の内容物は吐き散らさなかったが、激痛のため涙と鼻水で顔がくしゃくしゃになった。腹回りも白く光っているようなので、たぶんそう言うことなのだろう。
おそらく、例の力で内臓は大丈夫だと信じたい。
けど……ちょっと待て。どこか、おかしい。
どう考えても変だ。
何か、とてつもない違和感を感じる。
まるで、オレが見ているエクシィにわずかな『ずれ』があるみたいな……『ずれ』だって?
まさか、視覚情報が間違っているのか?
オレは涙目になりながら、エクシィを食い入るようにじっと見つめた。
リデル、口ほどにもなくエクシィに、ぼっこぼこにされるの巻w
はたして反撃の糸口は……。
いやあ、元美少女にならなくて良かったです、ホントw
一昨日、何が原因かは不明ですが酷いアレルギー反応が出て医者にかかりました。
お昼を食べた後なので食物アレルギーかもしれません。息が苦しくてびっくりしました。
現在、アレルゲンを調査中です。何だか、満身創痍です(>_<)




