謁見の間にて……⑤
「さすがは黒鎧の騎士というべきですか」
青白い光を纏いながら、瞬時に間合いを取ったヒューが感心したように壊された床を見る。
「少しもさすがではないさ。凄いのは、この鎧であって我では無い。技量を比べるなら、我は君の足元にも及ばぬだろうよ」
「貴方ほどの方です。謙遜は無用でしょう」
「謙遜では無い。客観的な事実だ。我はこの鎧の強さに魅入られ、武人としての誇りを捨てた男なのだ……しかも、このような身になってさえも、戦いを求めるとは我ながら、なかなか度し難い性分と言えような」
自嘲するヴァンダインにヒューが苦言を呈する。
「戦いの最中、御託はけっこうです。私も神具の力を借りています。勝った方が問答無用で強者といことで良いではありませんか」
武人らしいシンプルな結論を述べたヒューは剣をヴァンダインに向けると、再び攻撃の構えを見せる。
「それもそうよな、武人なら剣で語るのが筋というものか」
ヴァンダインも一つ頷くと同様にヒューへ剣を向ける。
と、次の瞬間、両者は再び肉薄し、剣戟の応酬が始まった。
激突する剣の金属音と、その度に散る火花が二人の剣の鋭さを現している。
けれど、明らかにヒューのスピードがヴァンダインのそれより上回っていた。いくらヴァンダインの攻撃が床を破壊するほどの威力だったとしても、当たらなければ意味が無い。
「す、凄いな、ヒュー。強いのはよく分かっていたけど、ここまでとは思わなかった」
「そうですネ。仮に戦えば、さすがの我輩でも分が悪い戦いを強いられそうデス」
「でも……」
ヒューらしくない、それがオレの偽らざる感想だ。
今まで見てきたヒューの戦い方は後の先を取ることに徹していた。つまり、相手の攻撃を利用して戦うことに特化していたと言っていい。
重鎧の特性で、防御が硬く動きが鈍いことから理にかなった戦法だと思っていたけど、たぶんにヒューの性格も反映しているのだと考えていた。
けど、今日のヒューは先手必勝とばかりの猛攻を繰り広げていた。
「あ!」
思わず声を上げてしまったが、ヒューの剣がヴァンダインの防御をかいくぐり、彼の黒鎧に到達したのだ。
首を狙った攻撃は、ヴァンダインのとっさの回避で肩口に当たるにとどまった。しかし、鋭い斬撃は、さすがに硬い鎧自体を切り裂くようなことはなかったが、それでも大きく変形させ傷跡を残した。ヴァンダインも即座に反撃を試みるが、ヒューの速度に追いつけず剛剣が空を斬る。
その隙を見逃さず、再度ヒューが剣撃を繰り出すと、ヴァンダインは放った剣をかろうじて戻し、その攻撃を遮るのが精一杯だった。
そこからは、ヴァンダインの防戦一方となる。
ただ、幅広な両手剣を盾のように防御に使ってヒューの攻撃を跳ね返しながら、反撃の機会を狙う老獪な戦法で、決して見た目ほどヒューが有利というわけでは無かった。
致命傷を狙う攻撃だけを的確に捌き、装甲の厚い部位に損傷を受けながら反撃の糸口を探っている……そんな印象だ。
「一方的な戦いになりましたネ。黒鎧の騎士は全盛期の力を出せていないのでしょうカ?」
「勝負はまだわからないさ。このままヴァンダインが負けるとも思えない」
オレには戦いを有利に進めているヒューの方がなんだか余裕が無いように感じられた。
「とても形勢が逆転するとは思えませんガ……」
今もヴァンダインが繰り出した攻撃が、ようやくヒューを捕らえたが、青白く輝く盾で難なく受け流されていた。
速度に追いつくために大振りできないせいで、せっかくの剛力が生かせていないようだ。
「それにしても白銀の騎士殿が兜を被っていない理由が、やっとわかりましたヨ」
トルペンがヒューの戦いぶりを身ながら、珍しく他人を褒める。
「うん、オレもわかった気がする」
ヒューが頭に防具を付けず素顔を晒しているのは、『白銀の騎士』を喧伝するためのものだと、ずっと思っていた。でなければ、戦闘において防具の無い部位があるのは不利を免れないからだ。
けど、ヒューはそれを逆手にとって戦っていることが今回の戦いでよく理解できた。そもそも頭部は致命傷を与えやすいため、最優先で標的となる部位だが、さらに防具が無いせいで、どうしてもそこを狙った攻撃が多くなる。
つまり、弱点を晒すことで攻撃側の取り得る選択をわざと狭くしているのだ。しかも、予測していれば盾や回避で防ぐことも容易だ。
現にヴァンダインのそうした攻撃は、ことごとく防がれている。
こうして見ていると、ヒューが負ける要素が全く見当たらない。
なのに、さっきから妙な胸騒ぎが治まらなかった。
いったい、何故だろう。
そう不思議に思っていると、不意に数十度の剣戟を繰り返した二人が同時に剣を引き、間合いを取った。
「やはり、素晴らしい技量ではありませんか」
息を整えながら、ヒューが賞賛を述べる。
「よく言うわ。やられっぱなしで良いところなど一つも無い」
悲観的な返答をするヴァンダインだが、こちらは息一つ乱れていない。
傷だらけのヴァンダインに対し、綺麗なままのヒュー。見た目だけ見るとヒューの圧勝に見えた。
「では決着を付けましょうか」
「望むところだ。その言葉、受けて立とう」
ヒューは流れる汗を光らせながら、再度突進した。
ヴァンダインもそれに応えるように剣を構える。
そして、そのまま何合か打ち合った後…………唐突に、それは訪れた。
「かはっ……」
不意に息を吐き出し、顔を歪めたヒューの全ての行動が一瞬止まった。
と同時に青白く輝いていた鎧の光も消え失せる。
もちろん、ヴァンダインがヒューの見せたほんの少しの綻びを見逃すことなど無かった。この戦闘における最大最速の剛剣がヒュー目掛けて放たれる。
ヒューがとっさに庇った頭ではなく無防備に晒した腹部に……。
「ヒュー!?」
オレは驚愕の悲鳴を上げる。
けたたましい金属音と共にヒューの身体は謁見の間の壁まで吹き飛び、壁に激突して止まった。
そして、力無く謁見の間の床に崩れ落ちる。
慌ててヒューの元へ駆け寄ると『無比の鎧』の腹部は大きくひしゃげ、ヴァンダインの剛剣の威力をまざまざと見せつけられた。
これでは防具の用をなさず、ヒューの身体にも深刻な被害がないか心配される。
「ヒュー、大丈夫か?」
助け起こしたオレの問いかけにも反応が無い。
「ヒュー!」
「大丈夫だ、気を失っているだけだ。とっさに身体を捻って威力を受け流したので、致命傷ではあるまい」
背後から声がしたので振り返ると、ヒューを抱かかえたオレを見下ろすようにヴァンダインが立っていた。
「おそらく『気力』を使い果たしたのだと思う」
「『気力』?」
「うむ、魔法使いでいう『魔力』に近いものだな。剣士の間では『気力』と呼んでいる。『無比の鎧』はその『気力』を使って、その能力を稼働させる神具の類のようだ」
「じゃあ、ヒューは」
「限界を超えて『気力』を使ったのだろう」
だからか……珍しくヒューが急ぐように能動的な攻撃したのは。
たぶん、『気力』とやらが尽きる前に決着を付けたかったのに違いない。
それをヴァンダインが察知して持久戦に持ち込んだのだ。
「彼が目が覚めたら伝えてやって欲しい。技量の差ではなく『神具』の差で敗れたのだと」
そう言って踵を返すヴァンダインの黒い鎧の傷は全て復元しつつあった。
今回はキリの良いところまで書いたので、ちょっと長めです。
ヴァンダインVSヒュー、決着付きましたね。
よく頑張ったのですが……(>_<)
次はトルペンVSハーマリーナです。
魔法使い(色物?)対決ですねw
果たして、どうなりますやら。




