メールもいいけど、手紙がいいね ①
『アーキス・グラント 殿
このような書状をお送りすることをご容赦願いたい。
帝国の重鎮たる貴殿と一介の闘士に過ぎぬ自分とが、そもそも誼を通じること自体、望外の幸せと思うところ、このような申し出をいたすことは慙愧に耐えない。
おそらく、貴殿がこの文に目を通す頃には、私は大逆を犯し、自らの命を絶っていることと思われる。
貴殿のお怒りは尤もなれど、互いに武を極めることを目指した者同士、何卒身勝手な申し出をお聞き入れ願いたい。
現在、ダノン男爵邸に囚われの身にある私の養い子であるイエナと申す娘をアーキス殿のお力で救い出していただきたいのだ。
その娘は、ある成り行きで私が育ててきた娘だが、本来は私と縁もゆかりもない者。
したがって、この度の大逆に連座するまでもない者であることを申し添える。故に、助け出された後はクラスク村のジャンという農夫に託していただければと願う。
その代わり、今回のレオン公子暗殺事件の全容について、貴殿にお伝えしておきたいと思う。
そもそもの発端は、先に話した娘イエナの誘拐から始まる。
そして、イエナが行方不明になった矢先に、ダノンの名代を称するゾルゲンという者が現れた。
その者曰く、「娘を助けたくば、武闘大会に復帰して決勝戦で八百長しろ」と。
私は一笑に付した。
ブランクの空いた私が決勝戦まで出られるとは限らないし、また八百長しなくとも決勝戦で敗れることはありうる。
リスクに比べ、あまり意味のない計画ではないかと私は諭し、イエナを家に戻すよう懇願した。
だが、相手は譲らなかった。とにかく言うとおりにしないと命がないものと思え、とゾルゲンは言う。
イエナを人質に取られている私に選択肢はなかった』
私は彼の指示に従い、ルマへと向かった。
ルマに到着して、一瞬、この件についてアーキス将軍に相談しようとも思ったが、考え直した。
いらぬ迷惑をかけたくないという気持ちと、将軍個人には好意を抱いていたが、私自身が『軍』という組織にわだかまりを感じていたため、関わりを持ちたくないという気持ちがあったからだ。
それに、まだその時はダノンと接触する前で、イエナを助けるためなら八百長を行うことも辞さない覚悟だったし、実のところ大会復帰に多少の期待感もあった。
人質に取られている身で不謹慎な、と思われるかもしれないが、闘いから離れて久しく忘れていた高揚感を感じたのも事実だ。
だが、ダノン邸に赴いた私を待っていたのは、厳しい現実だった。ダノン自身とは面識があり、その志向は認識していたつもりだ。
彼は基本的には貪欲な商人であり、ある意味、わかりやすい性格といえた。すなわち、ダノンという人物は、冷淡で計算高い代わりに、極力無駄を惜しむタイプだった。
私が有用な駒でいる間は、イエナが無事でいられる確率はかなり高いと思っていた。
しかし、ダノンが退出した後に残った家宰のバミゴルが、今のは表向きの計画で本当の計画が別にあると言い出した。
それが、大会の表彰式で公子を暗殺するという畏れ多い計画だった。
表彰を受ける無差別級大会の優勝者と準優秀者が自前の武器を持って、式に臨むことができるのを逆手にとった計画であり、護衛もその瞬間には手が出せず、実行者にその意図があれば成功する可能性は高いと思われた。
私は悩んだ。
公子殺しは八百長ごときとは比較にならない大罪だからだ。
だが、私の見る限りバミゴルは私が断れば、すぐにでもイエナを殺しかねない酷薄そうな男に見えた。
しかも私の受けた印象では、ダノン自身はどうやら、真の計画を知らないように思えた。
何故なら、その計画はダノンに決して益をもたらすものとは思えなかったし、もとよりそのような大逆を企むような強い意思がある男とも思えなかった。端的に言えば、器ではなかったのだ。
本当の黒幕が別にいると考えることが自然だったし、バミゴルのそぶりからもその存在が予見できた。
そしてそれは、万が一ダノンを捕らえることができても、イエナの安全が保証されないことを意味していた。
公子を暗殺すれば、自分の命が無くなるのは自明の理だったが、私には引き受けるより他に選択肢がなかった。
自分がどうなろうとイエナの命を救うことが最優先だったからだ。
だが、私がその計画を遂行したとして、果たしてイエナが解放されるだろうか?
否、ダノンの思惑のみなら可能性はあったが、バミゴルの計画では危うい。何かイエナを救う手立てはないのか、自分のできることはないのか?
そんなことを考えあぐね、眠れぬ夜に飲めない酒をあおった。
気がつくと夜更け過ぎにダノン邸の前に立っていた。
ここにイエナが囚われているかもしれないと、自然に足が運んだようだ。
ぼんやりと高い塀を眺め、嘆息して宿に戻ろうとした時、裏門から人影が現れた。
慌てて物陰に隠れて様子を窺う。
男は辺りを気にし、人目をはばかるように夜の街を歩き始めた。
確か、バミゴルの後ろに控えていた使用人だと思い出す。
何度も懐を気にして、服の上から手で押さえる仕草を繰り返した。大切なものを預かっているように見受けられる。
私の直感が、彼を追うことを示唆した。
気付かれぬよう後をつける。
やがて、男は高位の貴族達の私邸が多く集まる住宅街に向かっていることがわかった。
そこは、一般市民の区画と分けられた区画で、許可証がなければ入ることのできない場所だった。中へ入ってしまうと、私の手の届かない事態となる。
私は意を決して、声をかけた。
「おい!」
暗がりから声をかけられて驚いた相手は急に立ち止まり、振り返ろうとした。その刹那、私の左手が男の顔を鷲掴みにした。
突然のことに男は激しく暴れたが、目・鼻・口を押さえられ、声も上げられずに、しばらくすると気を失った。
私は辺りを窺いながら、裏路地に男を抱えて入ると、彼の持ち物を確認する。懐を捜すと案の定、封蝋された書状が出てきた。
残念なことに宛名は記入されていなかったが、差出人はバミゴルだった。
内容について要約すると次のようなことが書かれていた。
・かねてから貴方様からご指示のあった件はダノン男爵により算段がついたこと。
・そのために武闘王ラドベルクの娘を当方で保護したことで彼を計画通りに動かすことに成功したこと。
・したがって大会終了時には、ご期待にそう結果が出せそうなこと。
まさに計画の進捗状況を知らせる報告書に他ならなかった。
『同封の書状を読めば、この度の事件がダノンとバミゴル並びに正体不明の人物の教唆によるものであることが明らかと言える。
最後にこれだけは言っておきたいが、どのような理由があったとしても、私は自分の罪を減じてもらおうとは一切思っていない。
ただ、公子様に対し、敬う気持ちはあれど二心の無かったことだけは明言しておく。
そして、繰り返しになるが、何卒イエナのことをよろしくお願いしたい。
大逆を犯した者が虫の良い願いをするとお思いになると存ずるが、アーキス殿のご厚情にすがるしか、他に方策はないことをお察しいただきたい。
死んでいく愚かな旧友のために、曲げてお聞き入れ願うことを切に願う。
では、アーキス殿のこれからのご武運と息災を祈念して、文を閉じたいと思う。
ラドベルク・ウォルハン』
手紙を読み上げると、審理官はラドベルクに向き直ると尋ねた。
「ラドベルク・ウォルハン! この手紙はその方が書いたものに相違ないか?」
「相違ございません」
ラドベルクは頭を垂れ、厳かに肯定した。




