謁見の間にて……②
言い放たれた言葉にイーディスが愕然とするのがわかった。
信じていたものが崩れ去ったのだから当然だろう。
「…………フェルナトウが申したことは事実ということですね」
毅然とした口調ではあったが、イーディスの声は震えていた。
「そう申したであろう。何度も言わせるな」
「……そうですか。では、お父様……いや、アイル皇子の亡霊よ。皇帝の責として帝国の安寧を護るため、お前を打ち倒さなければならぬ」
「はは、何を世迷言を。そもそも、お前などが皇帝を名乗る資格など無いわ。皇帝を継ぐべき者は、そちらにいるアリシア皇女をおいて他にはおらぬ。ましてや、この全能なるわしを倒すとは片腹痛いとは、このことぞ」
アイル皇子は心底馬鹿にしたように、せせら笑った。
「期待してるとこ悪いけど、あんたの思惑通りにはならないよ。オレ、皇帝になる気なんて無いし、イーディスの方がずっと皇帝に向いてると思う」
いきなり会話の中でオレの名前が出てきたので、思わず反論する。
「何を言うのだ、皇女アリシア。皇帝継承には個人の意志など全く関係ない。あくまで血の貴さによるものだ。しかも、お主はやがて、わしと一心同体になる身。まこと、皇帝の器たるにふさわしい」
げ、そう言えば、そんな話もあったっけ。
皇帝になるのも、奴の依り代になるのも、御免こうむりたい。
「なあ、イーディス。この部屋に来るまでの一時的な共闘だったけど、お互いの利益が一致したところで、こいつを倒すまで引き続き協力しないか?」
射殺すような目付きでアイル皇子を睨むイーディスにオレは再度の共闘を投げかける。
「こちらに異存は無い。お前と手を組むのは多少、不本意だがこの際仕方があるまい」
「了解、そうこなっくっちゃ」
オレとイーディスが了承し合うと、他の者達も戦う構えを見せる。
イーディスの前にはエクシィ、オレの両隣にはヒューとトルペンが立った。ハーマリーナだけは、所在無げに立ち尽くしたままだ。
彼女のご主人様はアイル皇子らしいから、イーディス側には立ちたくても立てなかったのだろう。
「ふむ、そのようなことをして大丈夫かな、皇女アリシア?」
余裕そうな様子でアイル皇子は口を開いた。
「どういう意味だ?」
「どういう意味も無い。わしと戦えば、彼の身がどうなるか、君にもわかると思うが」
アイル皇子が顔を向けると視線の先に、おかしなものが見えた。
謁見の間の右最奥に、頭からすっぽりと布を被せられた何かがいる。周りを機械人形の侍女達が取り囲み、それぞれが手に短剣を握っていた。
被せられた布のせいでよくはわからないが、どうやら猿ぐつわをされ身体を椅子に縛り付けられた人物がいるようだ。
「まさか……クレイ?」
「おっと、うかつに動けば、君の大切な人がどうなるか、君にもわかるであろう」
オレがクレイらしき人物の元へ足を踏み出すと、アイル皇子は意地悪気に言った。
「卑怯だぞ!」
「神が行うことに卑怯も理不尽も無い。あるのは真理だけなのだ。あるがまま受け入れることが信仰の一歩と言えよう」
「あいにくとゾルダート教に改宗する気は無いんでね」
とは言ったものの、詰んだのは事実だ。
いったい、どうしたらいいのか……。
「アリシアはそこで見ていればよい」
窮していたオレを見かねたのかイーディスが素っ気なく言う。
「でも……」
「お前の手を借りずとも倒して見せる。後は、あの黒鎧の騎士のみだ。エクシィ、やれるな?」
「えぇっ、あたし頼みなの? 仕方ないなぁ……ま、何とかするけどさ」
イーディスの無茶ぶりにまんざらでは無いようなエクシィ。
この二人、やっぱり主従を超えたつながりがあるように思える。ちょっと、羨ましい。
けど、せっかくここまで来たのに全てイーディスに任せたままでいいのだろうか?
それにあそこにいるのが、本当にアイル皇子の言うようにクレイなのかもわからない。
いったい、オレはどうしたら……。
そう悩んでいるオレの頭の中に不意に声が聞こえてくる。
(リデル様、聞こえますか?)
えっと……これはトルペンの声?
(はい、心話で話しております。なので、気付かれないようにお願いします)
わかった……けどトルペン、心話だとやっぱり普通にしゃべれるんだな。
(……こほん、それよりリデル様は邪神と戦いたいのですね)
うん、ここまで来たんだし、帝国のことはイーディスに任せるとして、オレは身近な人達の幸せを守るためにも、あいつを倒したいんだ。
(わかりました。もしもの時は私が転移してクレイ殿をお助けします。リデル様は自分のお気持ちのままに……)
ありがとう、トルペン。クレイのこと、よろしく頼む。
それにもし、クレイの身に何かあったとしても、いざとなったらオレの例の力で必ず救ってみせる。
よし! オレの心は決まった。
「イーディス、オレも戦う」
「……よいのか?」
オレの宣言にイーディスは心なしか心配げにオレを見る。
やっぱり、悪い人間には思えない。自分に正直過ぎるだけの人のように感じた。
「うん、なんとかするから、大丈夫」
オレはイーディスに頷くと、アイル皇子を睨みつける。
「ふむ、愚かな選択としか言いようが無いが、それも一興。アリシア皇女、あとで後悔することになっても知らぬぞ」
「ずいぶん、余裕だね。こっちは、オレにヒュー、トルペン。さらにイーディスとエクシィ。そっちは、あんたと黒鎧の騎士だけ。勝ち目は薄そうに見えるよ」
あと、ハーマリーナはあっちに付くかもしれないけど。
「心配は無用だ……だが、多少の予定変更は必要か」
ずいぶんと余裕ありげなのが不気味だが、アイル皇子は顎に手をかけて考え込む。
そして、おもむろに左手をイーディスに向けて真っ直ぐ延ばすと、開いていた手をぎゅっと握る。
「いったい、それが何の…………ぐっ」
言い終わらぬうちにイーディスが胸を押さえて膝を折った。
「イーディス、大丈夫か?」
エクシィが駆け寄って助け起こすと、苦しい形相でアイル皇子を睨みつける。
「き、貴様……何を……」
息も絶え絶えのイーディスを見てアイル皇子は笑みを浮かべながら手を再び開く。
すると痛みが嘘のように消えたのか、イーディスが自分の胸を凝視する。
「まだ、わからぬか、イーディス。お前を依り代にしようとして失敗してから、すでにお前はわしの一部なのだ。お前の命はわしが握っており、わしが滅びればお前も死ぬ運命にある。始めから、わしに逆らうことなど不可能だったのだ」
アイル皇子は冷笑しながら続ける。
「もっとも、わしは不老不死なのでな。お前もわしに楯突かなければ死ぬことは無い。その恩恵に感謝し、分をわきまえることだな」
アイル皇子は次に、心配げにイーディスを介抱しているエクシィに目を向ける。
「そういうわけでな、エクシィ。イーディスを助けたければ、わしの命令に従え」
その台詞にエクシィはキッとアイル皇子を睨め付けた。
「わしはお前のことをお前以上に、ようわかっておるぞ。お前は奔放さを装い、悪ぶった口調を使うが、その実は真面目で友達想いの素直な娘なのだ」
「く……」
事実なのかどうかは分からないが、エクシィは唇をかんで黙り込んだ。
「さあ、友のためにわしの命に従え。そうだな、さしあたって、侵入者を排除せよ。ハーマリーナも突っ立っておらず、エクシィに協力するのだ」
「エクシィ……」
オレが声をかけると、エクシィは困ったような顔をしながらイーディスを床に座らせるとオレに向き直った。
「悪いな、そういうわけで戦うことになっちまった。悪く思わないでくれ」
「いや、わかるよ。オレでもそうすると思う」
「そう言ってもらえると気が楽になる。けど、手は抜かないぜ」
「望むところさ」
オレ、ヒュー、トルペン対エクシィ、黒鎧の騎士、ハーマリーナの戦いが始まった。
いよいよ最終局面です。
果たして、どうなるか作者も不安です。
キャラが思い通りに動かないことが、ままあるんでw
あと、コミカライズ版が完結しました。
各電子書籍サイトで絶賛発売中ですので、ぜひお読みくださると
作者が死ぬほど喜びます。よろしくお願いいたしますm(__)m




