謁見の間にて……①
いよいよ正念場だ。
オレはちらりと横にいるイーディスを見る。
ここまでは協力し合って来たけど、ここから先はどうなるかわからない。彼女は未だアイル皇子を信じているし、オレは帝国のため……いや、オレの身近にいる人達が幸せに暮らすためにアイル皇子を倒したいと思ってる。
お互いの相容れぬ目的のせいで、オレ達は再び戦う可能性があるのだ。確かにゾルダート教の導師はもう残っていないかもしれないが、イーディス達が敵に回れば勝敗は分からない。
「あのさ、イーディス」
オレがイーディスの顔色を窺っていると、エクシィが神妙な様子で聞いてくる。
「もし邪神様に騙されていたとしたら、どうするつもりなんだ」
ナイスだ、エクシィ。それ、オレも聞きたかったんだ。
「……そんなことは万が一もありえぬが」
エクシィの問いかけに表情を厳しくしたイーディスは続ける。
「もし、そうであったら決して許してはおけぬ。が、どうするかは、その時になってみなければわからぬ。今、仮定の話をしても意味がないであろう」
わずかでも不安があるのだろう。イーディスは迷いを振り切るように断言した。
「まあ、そうだよね。けどさ、あたしと兄貴は別に邪神様の部下ってわけじゃないからさ。もし、兄貴に何かあったら……」
エクシィは背筋が凍るような形相で言った。
「あたしは、あいつをぶち殺す」
イーディスはわずかに目を見張ってからハーマリーナに視線を向ける。
「ハーマリーナ、君はどうだ?」
「私ノ主人ハ、アイル様。命令ニ従ウダケ」
「そうか……」
イーディスは少し悔しそうに唇をかんだ。
思ったよりもイーディス陣営は一枚岩ではなかったようだ。
オレは後ろにいるトルペンに振り返り目配せする。敵に回ることが確定したハーマリーナへの対応をお願いしたかったのだ。
トルペンの表情は仮面でわからなかったが、微かに頷くのがわかった。
「ここで四の五の言っても埒が明かぬ。お父様に会えば、全てがわかると言うものだ。では、さっそく謁見の間に参ろう」
そう言って謁見の間の前にイーディスが立つと前触れもなく両扉が開いた。
「オ待チシテオリマシタ、イーディス皇帝陛下」
そこにはハーマリーナに瓜二つの侍女が立っていた。
「ハーマリーナ?」
「イエ、侍女13号デス。陛下」
そう答える侍女を見てイーディスはハーマリナに視線を向ける。
「私ノ同ジ機械人形デス。私ノ廉価版デスガ、戦闘能力ハアリマセン」
そう言われて見ると、ハーマリーナに比べて表情が全く変わらない。
整った顔のせいで、動く人形そのものに見えて人間らしさが感じられなかった。表情は乏しいが、やはりハーマリーナの方が、より人間っぽい感じがする。
「我ガ主カラ、御前ニ進ムヨウ命令サレテオリマス。ドウゾ、ソノママ前ヘ、オ進ミ下サイ」
侍女の言葉どおり、オレ達は謁見の間の奥へと進んだ。
謁見の間には何度も訪れたが、こんな夜更けに来たのは皇女時代のあの『幽霊騒ぎ』の時以来かもしれない。もっとも、あの時は鍵が掛かっていて中には入れなかったけれども。
とにかく久しぶりの謁見の間は懐かしさを覚えるよりも見慣れぬ風景に見えた。
周囲を見渡してから正面に目を向けると、黒い鎧を装備した人物が腕を組んでこちらをじっと見つめている。いや、見つめているように感じられた。
というのも前を下ろしたヘルムからは表情が読み取れなかったし、隙間の奥にある目も暗くてよく見えなかったからだ。
この男が例の黒鎧の騎士ヴァンダイン・ケルファギーなのだろう。
勝手にラドベルクのような巨体を想像していが、高身長であるが思いのほか人間サイズだった。まあ、ラドベルクが規格外なので、伝説の騎士とはいえ、これが普通なのかもしれない。
その後ろに視線を延ばせば、階の上の玉座に誰かが座っているのが見えた。目を凝らすと、その人物は皇帝用の武具を身に着け、顔には白い仮面を付けている。
トルペンのそれが舞踏会用の口元を出したものに対し、その男のそれは頭からすっぽり被るタイプのもので、目と口の部分だけがかろうじて開いていた。
この男が、アイル皇子なのだろうか?
オレが疑問に思っていると、男はおもむろに口を開いた。
「ようこそ、アリシア皇女。ようやく君に会うことが出来た」
しゃがれた老人のような声が謁見の間に殷々と響く。
張った声では無いのにここまで響くのは何らかの魔法の産物なのかもしれない。
「なかなか招待に応じてくれず、やきもきしたが、これで宿願が叶うというもの」
一人、悦に入るアイル皇子に文句を言おうと口を開きかけたが、それより先にイーディスが声を上げた。
「お父様、イーディスでございます。お尋ねしたいことがあり参上いたしました」
それに対し、明らかに不快げにアイル皇子は声を荒げる。
「許しも得ずに何やらほざく者がいると思えば、イーディスか? わしに何か用向きか?」
「はい、不躾なお願いで申し訳ございません。今一度申しますが、ぜひお父様にお尋ねしたき儀がございまして……」
自分よりオレを優先するアイル皇子に不満を隠せないイーディスが再び頭を下げる。
「ふむ、このわしの答えを欲するなど、本来なら万死に値する非礼だが今は気分がいい。よかろう、質問に答えて進ぜよう」
「ありがたき幸せに存じます。では、さっそく……フェルナトウがファニラ神殿で申したことは本当のことでありましょうか?」
「フェルナトウが申したこと?」
「はい、私がお父様の娘ではなく失敗作に過ぎぬと……」
思いつめた表情でイーディスが切り出す。
「何だ、そんなことか」
アイル皇子は取るに足らないことを聞かれたような口調で答える。
「イーディス、お前はわしの娘……」
イーディスが希望に満ちた目をする。
「……などであるわけが無い。増長するのも大概にせよ、失敗作め」
さて、新章です。クライマックスの筈です(たぶん)
いよいよ、ここまで来ましたね(>_<)
これも応援してくださった皆様のおかげです。
コミカライズ版も先行配信以外の電子書籍サイトでも、もうすぐ完結する予定です。
ありがとうございました。
これからも頑張ります!




