ゾルダートの闇……⑤
「ハ、ハーマリーナ?」
いったい、何が起こったんだ。
オレやエクシィだって動けなくなっていたから、当然ハーマリーナも同じだと思ってたのに……。
バルニグが死ぬと同時に異能による拘束から解放される。無理に身体を動かそうと力を入れていたので、あちこちが痛い。
オレは手首や首を回して固まった筋肉をほぐしながら、バルニグに目を向ける。
先ほどまでの禍々しいオーラは消え、ただの骸と化していた。
「リデル、大丈夫ですか?」
「ああ、ヒューの方こそ大丈夫?」
「ええ、何ともありません。怖ろしい相手でした。ですが、何が起こったのですか? 突然、ハーマリーナさんがバルニグの後ろに現れたように見えましたが……」
そうか、ヒューはハーマリーナのこと詳しく知らなかったっけ。
「ありがとハーマリーナ、助かったよ。けど、次からはもっと早く動いてくれると嬉しいな」
オレの隣で珍しく青くなっていたエクシィが調子を取り戻したのか、ハーマリーナに文句を言っていた。
「ゴメンナサイ、エクシィ。バルニグノ隙ヲ狙ッテイマシタ。彼ハ油断ナラナイ相手デシタノデ……」
「まあ、そうだね。今回ばかりは、あたしもちょっとばかりヤバかったし」
嘘つけ、ちょっとばかりか、かなり危なかっただろうに。
「それより、エクシィ。何で、ハーマリーナはバルニグの異能の影響を受けなかったんだ。オレやあんたどころか、トルペンでさえ拘束する異能だったんだ。よっぽどの理由が無い限り効果がないなんて考えられないんだけど」
「そうデス。我輩も驚きましたヨ。こんな攻撃は初めてデシタ」
バルニグの戒めが解けたトルペンは、未だぼーっとしているシンシアやネフィリカを治療するべく部屋に入って来ていた。
オレ達はすぐに動けるようになっていたが、操られていた彼女たちはまだ正気を回復していなかったのだ。
ちなみに、かつてのトルペンは、自身に再生能力があるため治癒魔法の類は一切持っていなかったが、ユクが死にそうになった出来事(第二部「帝都の帰路とオレ」参照)を契機に簡単な治癒魔法を会得したのだそうだ。
もっとも相性が悪いらしく高度な治癒魔法は覚えられなかったらしく『天才魔法使い』の矜持がひどく傷つけられたらしい。十分、凄いとオレは思うけど。
「ハーマリーナハ、人デハ無ク機械人形デス。感情ガ無イノデ精神系ノ魔法及ビ異能ノ影響ヲ受ケマセン」
「機械人形?」
ハーマリーナの口から出た単語に目を見張る。
彼女が人間じゃ無いって?
とてもそうは見えなかった。確かに整った顔立ちは感情が乏しく人形めいて見えたが、時おり見せる行動に彼女の人間らしい一面が表れていた。
今も、エクシィに礼を言われて嬉し気な仕草を見せていたし、バルニグの異能の効果が自分に及ばなかったことを寂しく感じているのか、顔を俯き加減にしている。
ハーマリーナはクレイを攫った張本人だったから、今まであまり良い印象を持っていなかったけど、思わずオレは声をかけずにはいられなかった。
「ハーマリーナ、ありがとう。おかげで、助かったよ。でも、君は自分が言うような機械人形じゃないと思うな。人間らしい優しい心があるもの。現に、みんなを助けたいと思って必死に行動したんでしょ」
「ソレハ……イーディスヲ護ルトイウ『プログラム』ガ、サレテイルダケ……ダカラ」
「そんなことないさ。だって今の君、みんなを助けられて嬉しそうな顔してるんだもの」
顔を上げたハーマリーナの顔は相変わらず無表情だったけど、オレには優し気な顔に見えた。
◇
「ごめんなさい、ソフィアお姉さま。ご心配おかけしました」
「いいのよ、シンシア。貴女が無事なら」
「殿下、申し訳ございません。でも、ホント驚きました。急に何が何だかわからくなって……全く記憶がないんです」
「ネフィリカも、もう大丈夫そうだね」
幾らも経たない内にシンシアとネフィリカの二人は正気を取り戻したので、オレはひとまず安心した。
普段は強気のシンシアもさすがに不安なのかソフィアの服の裾を掴んでいる。ちょっと、らしくなくて可愛い。
ほっこりしていると、ぎろりと睨まれた。ん、更に可愛い。
一方、ネフィリカはとても恐縮していた。
「皇帝義勇軍を代表して来ているというのに面目ありません。危うくエクシィさんに手を掛けるところでした」
「いや、あれは自業自得さ。あれだけ大言壮語を吐いていたんだ。ネフィリカだけを責められないさ。ね、エクシィ」
「辛辣だなぁ、リデルは。でも、そういう君だって、動けなくなってたんだから、五十歩百歩だろ」
「まあ、そうなんだけど……でさ、イーディス皇帝陛下」
そう言いながら振り向くと、イーディスは不機嫌そうにオレを見る。
イーディスはオレ達同様に動けなくなってはいたが、シンシア達のように操られるまではいかなかった。さすがは皇帝陛下と言うべきところだろう。やはり、ただの人間とは違うのかもしれない。
けど、自分の自由を奪われたことに対して酷くご立腹のようで、ましてや格下と思っていたバルニグにしてやられたことに我慢がならないらしい。
「何だ、アリシア。私の無様な姿を笑いたいのか?」
「そんなこと思ってないよ」
めんどくさい人だなとは思ったけど。
「それより提案というか、お願いがあるんだけど、いいかな?」
「却下だ」
「え、まだ何も言ってないのに」
「どうせ、お前の提案など、ろくでもないものに決まってる」
取り付く島もない態度で切って捨てられるが、オレも諦めない。
どうしても聞いてもらいたいお願いだったからだ。
「イーディス、この後アイル皇子がいる謁見の間に行くつもりなんだろ」
「もちろん、そのつもりだ。お父様に会えば、全てがはっきりする」
「それについては同意するけど、シンシアとネフィリカの二人は一緒に連れて行かない方がいいと思うんだ」
どう考えても、これ以上危険な目には遭わせられない。
「なるほど、足手まといか。そこは認めるしかないな……そうか、お前のお願いとは、それだな?」
「ああ、彼女たちにアレイラ達の元へ戻ってもらいたいんだ」
「リデリ様!」
「アリシア殿下!」
シンシアとネフィリカが非難の声を上げる。
「ごめん、二人とも。でも、決して皇帝陛下が言うような足手まといだからって訳じゃないんだ。ここから先はオレでさえ生きて帰れるかわからない。そんなところへ君たちを連れていくことなんて、とても出来ない。どうか、わかって欲しい。この通り、お願いする」
オレが頭を下げると二人は押し黙る。先ほどのバルニグに操られた一件で身に染みているのだろう、反論は出ない。
「いいかな、皇帝陛下」
「異論は無い」
本当はイーディスにも戻ってもらいたい気持ちだった。きっと、彼女にとって望まない結末が待っているような気がしてならないからだ
まあ、イーディスの意志は固いし納得してもらうのは無理そうだから言わないけど。
「そんなわけでソフィア。アレイラの元へ二人を連れて行って欲しいんだ」
「え?」
意気消沈するシンシアを心配げに見つめていたソフィアがぽかんとした顔でオレを見た。
あれ? どんどん完結時期が伸びるような気が……。
だ、大丈夫です。必ず(いつか)終わりますから(>_<)
やっとリアルの忙しさも一段落してきましたw
連休頃までには通常業務に戻ると思います。(戻るといいなぁ)
あと、コミカライズ版が終わったせいか、最近のPV数がめちゃくちゃ減っています。
長過ぎるしマンネリだから当然か(T_T)
けど、数少ない読者のためにも頑張ります!!




