皇の臥所にて……⑨
『特別宝物庫』だって……?
思い出してみれば、聖石で女になったと思い込まされたオレが帝都を目指したのは『特別宝物庫』に聖石があると聞いたからだった。
皇女候補になった時には、これ幸いと皇宮の中をずいぶんと探し回ったものだけど、結局手がかりさえ見つけられなかった。
その後、トルペンから帝国が所有していた聖石が三つで、その内の二つが使用済みで残りの一つが行方知れずと聞き、さらにクレイから、その最後の一つがオレ達が使った聖石だったと告げられ、『特別宝物庫』への興味が一切無くなってしまったので、その存在さえ忘れて久しい。
まさか、こんな場所に隠されていたなんて。
「やはり、イーディス皇帝は『特別宝物庫』のある場所、知っていたのデスネ」
トルペンの仮面の奥の目が、興味深そうにイーディスを見ていた。
「トルペン、『やはり』ってどういうこと?」
意味深な発言に思わず聞き返す。
「吾輩が初めてイーディス皇帝と出会ったのは、ユクが皇女に化けて彼女と謁見した時デシタ。その際、イーディス皇帝は吾輩が聞いたこともない魔法具を使い、ユクと吾輩の幻影魔法を破棄したのデス」
そう言えば、ユクからもそんな話を聞いたよう気もするが、あまりよく覚えてない。
「イーディス皇帝はその時、『特別宝物庫に所蔵されていた魔法具』を使ったと確かに言ったのデス。最初は第一宝物庫か第二宝物庫の聞き間違いかと思いマシタ。けれど、その魔法具は収蔵目録の写しを入手している吾輩の記憶に無いものデシタ。なので、『やはり』と申し上げた次第デス」
確か、トルペンの奴、宝物管理局から魔法具の研究依頼を受けていたって言ってたから、目録情報をくすねるなんて当たり前か。
「お前たち、無駄話はそれぐらいにしたらどうだ。そろそろ先へ進むぞ。それとトルペン、人外のお前に言うのは詮無いことかもしれぬが、『陛下』という尊称をつけよ。いいかげん、不敬罪で処罰しなくてはならんからな。貴様もだぞ、アリシア」
「……はいはい、わかりました。イーディス皇帝陛下」
いやね、わかってるんだけど、何か抵抗があるんだよね、『陛下』っていう尊称。
全然、知らない人なら『陛下』も『殿下』も言えるんだけど、イーディスとかレオン公子とか、わだかまりがある相手には素直に言えないんだよね。どうにかならんものかな。
「で、これが『特別宝物庫』か……」
雑念を振り払うように、オレは目の前の『特別宝物庫』に注意を向ける。
左右に別れた書庫の間に、人が一人通れるぐらいの入口があり、中は暗くてよく見えなかった。明かりが必要かと思っていたらイーディスがそのまま足を踏み入れると、宝物庫内が不意に明かりで灯された。
どうやら、魔法的な何かで昼間のような明るさを保っているらしい。
「と、とにかく中へ入ろうよ」
イーディスが躊躇いもなく先へ進んで行くのを見て、オレは皆を促し慌ててその背中を追った。
『特別宝物庫』は思いのほか広かった。
入口が小さかったので、もっと手狭の部屋かと思っていたら、意外と奥行きがあったのだ。おそらく、皇女付きの侍女……つまりシンシアの生活していた控えの間ぐらいの大きさはあるだろうか。
少し天井は低かったが(主である貴族の部屋に比べてだが)、乳白色の壁と謎の光源の明るさのせいで不思議と閉塞感は感じられない。
また、左右の壁から張り出すように展示台が備えつけられ、所狭しと宝物が置かれているのが見えた。
「おお――これは凄いデス!」
当然のごとくトルペンが目を輝かせながら、宝物庫に突進しようとするのを寸前で食い止める。
「落ち着け、トルペン。気持ちはわかるが抑えてくれ。今回の目的は違うだろ」
「デスガ、少しぐらいハ……」
「却下だ」
トルペン、そんな捨てられた子犬のような目をしてもダメなものはダメだからな。
宝物に心を奪われているトルペンにダメ出しすると、大袈裟に悲しむ表情を見せるが無情にも切り捨てる。
「それより、これは何だろう」
展示台に置かれた宝物に目を向けると、それぞれが虹色がかった透明の半球に包まれていた。
一見するとシャボン玉の中に宝物が閉じ込められているようにも見える。
「それは宝物の状態を保持するための『特別宝物庫』の機能だ。そのおかげで色褪せることも劣化することも無いそうだ」
珍しくイーディスが補足してくれる、面白くなさそうな表情だけど。
「それとは別に防犯的な機能もあり、迂闊に触れると……」
「あ、ばばばば――――!」
オレの目を盗んで手を出したトルペンが感電する。
「そのように命の危険があるので、気を付けることだ」
興味なさげな顔でイーディスは言ったが、ほんのり口角が上がっている。
さてはいい気味だと思ったな、オレもそう思ったけどさ。
「いやあ、酷い目に遭いまシタ」
ぶすぶすと黒い煙を出しながらトルペンは頭を掻く。
普通の人間なら死んでるとこだぞ。
まあ、普通の人間は怪しさ満点のお宝に不用意に手を出したりなんかしないけどね。
「で、イーディス皇帝陛下。オレ達をここまで連れて来たのは何のためだ? まさか、帝国のお宝の数々を見せたいためじゃないだろ?」
「さすがに察しがいいな。暫し、待て」
そういうとイーディスは正面の何も無い壁へと近づく。
そこには蠟燭が置かれていない壁掛け燭台が壁に設置されていた。
あ、オレもそれ少し気になっていたんだ。
だって、この部屋って謎魔法のせいで、こんなに明るいのにさ。何故、燭台が付いてるのかなって違和感を覚えていたんだ。
「この奥には非常時の際、皇帝が一時的に逃げ込む隠し部屋があるのだ」
そう言うとイーディスは、ガコンと燭台を横に傾ける。
すると何もない壁がすーっと開き、下へと下りる階段が現れた。
「この先に、お父様がいる。失礼の無いように頼むぞ」
イーディスはオレ達一同に視線を向けた後、階段を降り始めた。
前回は、お休みしてしまい大変申し訳ありませんでした。
その分を取り返そうと思ったのですが、リアルが忙しすぎて
いつも通りの分量でしたw
3月・4月は激務なので、何とか週一更新は維持したいと思っています。
が、頑張ります(>_<)
それと、コミカライズ版の先行17話がブックライブ様で、その他電子書籍サイト様でも
16話が発売中です。ぜひ、読んでいただけると(出来ればレヴューも)、作者が泣いて
喜びます。
よろしくお願いいたします(切実!)。




