皇の臥所にて……⑧
「ではアレイラ補佐官。君は戻って皇帝義勇軍と皇宮警備隊を取りまとめ、『かの者』達の暴走に備えてくれたまえ。ジェームス殿、貴方も一緒にお願いできるか? オーリエ隊長と共にアレイラを助けてやって欲しい」
イーディスはアレイラとジェームスを通じて後顧の憂いに対する備えを頼むつもりのようだ。
「私は構いませんが、ネフィリカ団長を如何するおつもりで……?」
「彼女には皇帝義勇軍の責任者として同行してもらいたい。それなら、義勇軍としての契約も面子も立つであろう」
「かしこまりました。陛下のお心遣いに感謝いたします」
「そうか、ならばよろしく頼むぞ、ネフィリカ」
ジェームスさんが何か言う前にネフィリカが同意を示すとイーディスも頷いた。
大方、ネフィリカはジェームスが彼女を危険な目に合わせたくなくて、自分がお供するとでも言おうとするのを察して先手を打ったのだろう。
さすがに、皇帝に対して否を申せず、ジェームスは渋い顔をしている。
「あの……陛下」
上位者に対して、いきなり声をかけるのが憚られるのか、シンシアがおずおずと声を上げる。
「どうかしたか、シンシア」
「陛下はリデル様と一時的に共闘することとなった訳ですが、私の身柄についてはどうなりましょう。自由となったと考えてよろしいのでしょうか?」
そう言えば、シンシアはオレへの人質の意味で皇宮に軟禁されていたんだっけ。
「そう取って構わぬ。そもそも私は人質を取るという策を好いてはおらぬからな。リデルの想い人を拉致したのもフェルナトウの策で私は認めていない」
「ク、クレイは想い人じゃないから!」
イーディス、言うに事欠いて何てことを……出まかせもいいとこだ。
ヒューとソフィアも生暖かい視線をオレに向けるんじゃない。
「リデル、イーディス陛下は一言も『クレイ』の名前を出していませんよ」
「な、何言ってんだヒュー。会話の流れでイーディスが誤解してるのがわかるじゃないか。オレはそれを正そうとしただけだ」
オレが全面的に否定するとイーディスは呆れた様子でオレを見る。
「真夜中に警備の厳しい皇宮へ無理やり潜入してくるほど大切に感じているのにか? お前はなかなか面倒な性格をしているようだな」
「あんたにだけは言われたくないよ」
「ふん、相変わらず無礼な奴め」
あれ、ちょっと意外。
前だったら、もっと目くじら立てて怒ってたと思うけど、今は苦々しい顔だけで済ませてる。
これも同盟効果のおかげだろうか。
「口では冷たいこと言ってるけど、実際はシンシアが一族の者から危害を加えられないように保護してあげてただけなんだよね。イーディスって根は優しいのに、ホント捻くれてて不器用だと思うよ。言っちゃ悪いけど、人に誤解されやすい性格してるよね」
「エクシィ……」
すうっとイーディスの目が細くなる。
「おー怖い怖い。でも、そうやってすぐ怒るところも実は可愛いんだけどね」
「エクシィ!」
イーディスが本気で怒るのを、へらへらした表情で受け流すとエクシィは言った。
「とにかく、シンシア。人質生活は、もう終わりさ。お姉さんやリデルのところへ、お戻りよ」
そうエクシィに言われたシンシアはイーディス達に頭を下げてから、オレ達のところへ駆け寄って来る。
「リデル様……」
「シンシア、またよろしく頼むね。オレ、やっぱり君がいないと困るんだ」
主に身の回りのことが……。
「仕方ありませんね。面倒くさい主ですけど、姉共々お世話させていただきます」
久しぶりに聞くシンシアの憎まれ口とぎこちない笑顔は、オレの心を優しく癒してくれた。
「それにしても誰もおらぬようだな」
意気揚々といった感じで先頭を歩くイーディスは周囲を見渡しながら疑問を投げかける。
「はい、私も寝所の支度を終えて、夜食でもと思って厨房に赴いたのですが、例の方々はもとより一般の従者や侍女も一切、姿が見えませんでした」
先に皇の臥所にいたシンシアも不思議そうな面持ちでイーディスに報告する。
「そうか……『かの者』達だけなら退去したとも考えられるが、その他の者一緒だと腑に落ちぬな。ふむ、何か嫌な予感がする」
先に立って歩きながらイーディスは表情を険しくする。
「ねえ、イーディス。聞いてもいい?」
「陛下と言え、馬鹿者……で、何だ?」
「今、どこへ向かってるんだ?」
疑問に思って、つい聞いてしまう。
だって、そうだろう。
普通、皇宮の最奥はたいてい皇帝や皇妃の寝所と決まっている。
けれど、イーディスが向かっているのは、そこでは無いらしい。
「付いてくればわかる」
それだけ言うとイーディスは無言を貫く。
「さいですか」と考えることを放棄したオレは物陰からの奇襲に備えて周囲に気を配りながらイーディスの後に続いた。
「ここだ」
さほど、時間もかからずに目的の場所にたどり着いたようだ。
「え、ここって?」
オレの目の前にある部屋は皇帝が私的に使う書斎だった。
皇帝しか使うことが許されていないため、皇女時代のオレも入ったことがないけど、図書室規模の蔵書を誇る立派な書斎らしいと聞いている。
もっとも、オレの身体は文字を読むと何故かまぶたがくっつく謎仕様なので、皇帝になったとしても利用することはほとんどないと踏んでいたけど。
皇帝となったイーディスは、けっこう真面目だからよく利用するのだろうか。
けど、そうだとしても何故いま、ここに?
「なあイーディス、皇帝の書斎に何か用があるのか?」
疑問を抱いたオレが問いかけるが、イーディスは何も答えず中へと進んだ。
オレは首をすくめると仕方なく後に続いた。
「へえ……凄い数だね」
「全く、素晴らしいデス! 宝の山デス!」
見上げるほどの本棚にぎっしりと並んだ蔵書の数々にオレが感嘆の言葉を漏らすと、トルペンが同様に陶然とした声を上げる。
本好きにはたまらない場所なのだろう。
ノルティも連れて来たら、師匠のトルペンと同じ反応を示すに違いない。
「リデル様」
「あ、ごめん」
立ち止まって周囲を見まわしていたら、後ろで待っていたソフィアに促される。
気が付けば、イーディスやエクシィ達は先に進んでいた。
慌てて小走りで近づいてみるとイーディス達は一番奥のガラス張りの書棚の前に立っている。
背中越しに覗いてみると書棚の中には鎖付図書が所蔵されているようだ。
ますます意味がわからず、もう一度イーディスに尋ねてみる。
「イーディス、その本に用があったの?」
ちょうど書棚を開いて一冊の黒い本をイーディスが手に取っていたからだ。
「ここにいる全ての者達に申し伝えておく。今からここで見たことを他言した者には死を与えよう。それを厭う者は直ちに、この場から立ち去れ」
イーディスは振り返ると、この場にいる全員に厳かに宣告した。そして、誰も動かないことを確認するとイーディスはオレに問いかける。
「アリシア、お前は帝国の宝物庫のことを知っているか?」
「え? 第一宝物庫と第二宝物庫はライノニア・カイロニア両公国に双子戦争時に略奪されたって聞いたけど…………まさか所在不明の……」
「そう、そのまさかだよ。この奥にこそ、その所在不明の『特別宝物庫』がある」
そう言ったイーディスが本に繋がれている鎖を思い切り引っ張ると、どこかで大きな金属音がした。
そして、ゆっくりと書棚が左右に割れて動き始めた。
あの……いよいよ3月ですね(>_<)
後1話書けば今章は終わりで、次章いよいよクライマックスの予定です。
果たして、どうなることやら?
何か伸びそうな予感が……。
と、とにかくここまで来ました。ラストスパート頑張ります!
あ、コミカライズ版も佳境ですので、よろしくお願いします。




