皇の臥所にて……⑥
「陛下、ご寝所の支度が出来ました。いつでもお使いになれます。ですが、次回からお戻りの前に先触れをお願いします。こちらにも段取りがありますので……」
部屋に入って来て早々、こともあろうに皇帝陛下に対して文句を言い放った侍女はオレ達の姿を見て絶句する。
「シンシア……」
万感の思いでオレはその名を口にした。
オレの隣でソフィアも感極まった表情で口を押さえている。
クレイとソフィア達が帝都を脱出した時点から、ずっと消息がわからず心が張り裂けそうなほど心配していたシンシアが目の前にいた。
「ソフィア、オレが許す。シンシアの元へ。イーディスも、いいだろう?」
駆け寄って抱きしめたい気持ちを必死に堪えているソフィアに、そっと声を掛けるとイーディスに視線を送る。
彼女達の立場では上位者のいる場で勝手な振る舞いなど許されないからだ。
「問題はない。彼女は私の配下という訳ではないからな。好きにすると良い、シンシア」
その言葉を聞いた途端、ソフィアは放たれた矢のように走りだすとシンシアを抱きしめた。
「シンシア……」
「ソフィア姉さま……」
ひし、と抱き合った二人は互いを見つめると涙が頬を伝う。
「無事で……貴女が無事で良かった」
「はい、ご心配おかけしました、姉さま」
二人の抱擁に目頭が熱くなったオレは、気を紛らわせるようにイーディスに尋ねた。
「どうしてシンシアがここに?」
「私も詳しくは知らぬ。エクシィが拾ってきたのだ。お前の関係者ということで、留めおくことにしただけだ。そうだろう、エクシィ」
「ん、まあ成り行きでね」
「そ、それについては私がお答えします……」
エクシィが口を濁すと、ソフィアの腕の中で感涙に咽びながらシンシアが答える。
「ソフィア姉さま達とはぐれた私は、一族の追手から逃れるために貧民街に身を潜めました。けれど、そこで質の悪い巡回兵に絡まれたのです。通常であれば雑兵など、どうにでもなったのですが、あいにく逃亡の折に怪我を負っていて満足に対応出来ない状態でした」
「そんな……大丈夫だったの?」
「はい、姉さま。危うく乱暴されかけるところを救ってくださったのがエクシィ様です」
心配げに覗き込むソフィアを安心させるようにシンシアは笑って見せる。
「ですので、エクシィ様は私の命の恩人です」
「命の恩人……」
驚いてエクシィに目を向けると、彼女は照れくさそうにそっぽを向いた。
「で、その後、リデル様に近しい侍女ということで皇帝派に身柄を拘束された次第です」
なるほど。それで皇宮にいた訳か。
「でも、何で侍女みたいなことを?」
「最初は普通に部屋で軟禁されていたのですが、暇を持て余したというか動いていないと落ち着かないというか……なので、身の回りの世話を買って出てしまいました。まあ、見るに見かねてもありますが、姉さま達の情報が少しでも入るかもという期待もありましたし」
「え? そんなこと考えてたの」
「エクシィ、君はそんなことも気付いてなかったのか?」
驚くエクシィと呆れるイーディス。
「いろいろ大変だったんだね、シンシア。それで話は変わるけど、君が世話していた筈のクレイは今どうしてる?」
「クレイ様ですか……」
シンシアは顔を暗くして言い淀んだ。
「シンシア?」
彼女の表情に悪い予感がしてオレは重ねて聞く。
「ハーマリーナさんが言うにはクレイの世話は君に任せたと聞いたのだけど?」
「はい、ここに来た当初はそうでした。逃げられないように拘束具を付けられていたので私がお世話していました。けれど、イーディス陛下やエクシィ様達が皇宮を出られた後、『かの者』達がやって来て無理やり連れて行ってしまったのです。ですので、現在のクレイ様の安否については私も存じ上げないのです」
クレイの安否が不明。
その言葉にオレは眩暈を起こしそうになる。
気を抜くと、へたり込みそうになるほどだ。
せっかく助け出しに来たのに、生きているのか死んでいるかもわからないだなんて。
何のためにここまで来たのか、意味がなくなってしまう。
まさか、すでに……。
いや、きっと大丈夫だ。
あいつのことだ。
どんな境遇でも決して諦めたりしないはずだ。
「ク、クレイはどんな様子だった? きっと相変わらず憎まれ口を叩いていたんだろ」
「それが……」
シンシアは申し訳なさそうに目を伏せる。
「クレイ様とは思えないほど、ふさぎ込んでいまして……どうも自分の不手際でリデル様に迷惑をかけるのが許せなかったようです」
何だって?
「あのクレイが、そんな訳……」
けれど、シンシアの表情を見てオレは言葉を失う。
どうやら、クレイが心身ともに参っているのは間違いないらしい。
オレは酷い焦燥感に駆られた。
◇
「どうやら迷ってる時間はなさそうだ」
オレは早々に結論付ける。
「イーディス、オレはアイル皇子と会ってクレイを取り戻すつもりだ。そのことを最優先に考えている。だから、あんたとアイル皇子との問題はひとまず置いておく」
「相変わらず、皇帝に対しての物言いとは思えんな。が、つまり何が言いたい」
「少なくともアイル皇子と接触するまでは、あんたと敵対するつもりはないってことさ」
「良いのか? 停戦条件を無視することになるが」
「アリシア皇女の立場なら問題だけど、ここにいるのは『リデル・フォルテ』だ」
「ふむ、ぬけぬけと言う。とても皇女の言葉とは思えぬが……見逃してやろう。実際ここで、お前たちと戦うのは私としても本意ではない」
イーディスはオレ達に視線を向ける。
視線の先にいるのはオレ(リデル)、ヒュー、トルペン、ソフィア。
それに対するは、イーディス、エクシィ、ハーマリーナ。
ネフィリカさんとジェームス相談役、そしてシンシアがいるが中立的な立場だ。
両者が激突したら勝敗はどうだろう。
イーディスの戦闘力は未知数だけど、ファニラ神殿での様子を見る限り、そう強いとは思えない。
戦えば、こちらがかなり有利な気がする。
「まあ、良かろう。お前たちの処遇は、お父様と会った後に決めることとする。それまでの同道を許可しよう」
イーディスと手を組むのはオレとしても不本意だ。
けど、背に腹は代えられない。これもクレイのためだと思って割り切ることにした。
「じゃ、しばらくよろしく。皇帝陛下」
いよいよ決戦が近づいてきました(>_<)
どうなるのか、作者も心配してます。
令和4年2月11日にブックライブ様で第16話が、その他電子書籍サイトで第15話が発売中です。
よろしければ、ぜひお読みください。よろしくお願いします。
そして、今日でコミカライズ一周年です。
皆様のおかげで一年の長きに渡り連載が続くことになり、感謝の念でいっぱいです。
本当にありがとうございました。
今後も頑張りますので、応援よろしくお願いします。
後、いつも12時に更新していましたが、今回事情があって早めの更新となりました。
ご了承願います。




