皇宮へ……②
本当はすぐにでも出発したかったけど、それなりに準備が必要ということで、翌日の未明にファニラ神殿を出ることになった。
さしたる準備を必要としなかったオレは、その時間を利用して親しい人達に最期の挨拶をしておくことにした。
もちろん、生きて戻ってくるつもりだが、敵の本拠地という死地に赴く訳だから万が一ということもある。
何も言わずに出ていくことは、何となく不義理に思えたのだ。
独断専行を気取られぬように気を付けるけど、幾人かには正直に話し、後を託すことにする。
ラドベルクはそうした人間の一人だ。
「それでは、私はお役に立てないのですね」
大きい身体を縮こませてラドベルクは苦渋の表情を浮かべた。
「ラドベルクは得難い戦力だよ。だけど、今回の潜入には不向きなんだ。決して役に立たない訳じゃないから。そこは誤解しないで欲しい」
「ですが、主の命に関わる局面において自分が参加できないとは……この巨体が恨めしい」
「そんなことないって。オレはずっと貴方の体格を羨ましく思ってたんだから」
実際、ラドベルクの体躯はオレの戦士像の理想形と言っていい。
ラドベルクに出会った当時は自分の貧相な身体にがっかりしたものだ。
まあ、さすがに筋肉隆々の皇女ってのは問題なので、今はこの体形で満足はしてるけど(一部満足してない箇所もある)。
「それでラドベルクには、引き続きアエル達の護衛をお願いしたいんだ。まだ、どこにゾルダート教の息のかかった者が潜んでいるかわからないだろ。だから、ぜひ彼女たちを護ってもらいたいんだ」
それに、ラドベルクの剣はオレのものかもしれないけど、命はイエナちゃんのものだ。
かつて、ラドベルクがそう言っていたし、オレもそう思っている。
なので、ラドベルクの戦力は喉から手が出るほど欲しかったけど、命の保証が出来ない今回の潜入に連れて行くわけにはいかなかった。
「信頼してる貴方だから、お願いするんだ。それにオレは必ず生きて戻ってくる。だから、アエルのことを頼む」
「……わかりました。貴女様の期待に応えられるよう、この身を賭して責務を果たしましょう」
「ありがとう、ラドベルク」
ラドベルクの次に会ったのは、彼に託したアエル達だ。
一緒に昼食を共にし談笑したが、皇宮潜入については告げなかった。
いらぬ心配をかけないつもりだったけど、アエルにはバレていたみたい。
最後に「無理ハシナイデネ」と釘を刺された。
ネヴィア聖神官とお祖母様とは晩餐を共にした。
聖神官は各陣営との後始末で激務のようでお疲れの様子だったけど、お祖母様は終始にこにこ顔でご機嫌の様子だった。何でもこんなに楽しい晩餐は久しぶりとの話だ。嬉しそうに話すお祖母様を見ていたら、もしかしたら今生の別れかと思うと目頭が熱くなったけど、なんとかバレずに済んだ。生きて戻ったら、ちゃんと孝行しようと固く誓った。
その他、知り合いに声を掛けて一日を過ごし、あとは出発する未明を待っていたが、晩餐後にソフィアが青い顔をして部屋にやってきた。
「リデル様……突然で申し訳ありません。来客がお見えになっております」
「こんな時間に誰だろう?」
「はい、いらっしゃったのは……」
ソフィアの告げた名前にオレは心底、驚いた。
◇
「お会いできて光栄と存じます、アリシア皇女殿下」
そう言って頭を下げた人物をオレはじっと見つめた。
思っていたよりも背は高くない。
仕立ての良い服に身を包んだ姿は、ややほっそりしていた。
深い皺を刻んだ面貌は優し気で、とても一族をその畏敬で纏め上げている人物には見えなかった。
クレイが歳をとったら、こんな顔になるのかな、とぼんやり考えていると、その人物は顔を上げて口を開いた。
「初めてお目にかかります。私はゴルドー商会会長のレオポルド・ハーグリーブスと申します。殿下におかれましては倅が大変お世話になっておるようで、恐縮しています」
目の前の人物は、現『流浪の民』当主でゴルドー商会の会長レオポルド・ハーグリーブスその人であり、ありていに言えばクレイの父親だ。
帝国の流通を裏から牛耳る大商人で、めったに人前に現れないことでも知られている。
ましてや、流浪の民の成り立ち(皇帝を無二の主とする定め)や息子であるクレイの裏切りにより、オレとは敵対関係にある状況だ。
いったい、何のために訪れたのか皆目見当がつかない。
「いえ、私の方こそクレイ様にはお世話になってりますので、お気遣いなさらないでください」
もっとも、そのクレイとはしばらく会えていないし、これから奪還しようとしている最中だけど。
「して、本日は何用で、かような時間に?」
「急な申し出並びにこのような時間に殿下に面談を要望する非礼は重々承知しております」
レオポルドは恐縮しながらも、オレの目を放さない。
「しかるにどうしても殿下にお会いし、今までの我ら一族の無礼の数々をお詫びし、釈明いたしたいと考え、こうして恥を忍んでお伺いした次第でございます」
つまり、それってオレと和解したいって言う意味なのだろうか?
「リデル様、大旦那様はそう仰っておられますが、リデル様との決別を決めたのはラディク様で大旦那様に非はありませ……」
「ソフィア、出過ぎた真似をするでない。今回の件は当主である私も認めたこと。私に非があるのは当然だ」
「も、申し訳ありません」
声を抑えた一喝はソフィアを委縮させた。
さすがの貫禄だ。
「アリシア殿下、我らの謝罪を何卒お受入れください。皇帝並びにそれに連なる方に忠義を尽くすのが我ら一族の根本。殿下が皇女であられることが確定した現在、我らが貴女様と敵対する道理はございません。お怒りはごもっともなれど寛大なる御心でお赦しを願いたいのです」
「私は……」
オレは思わず黙り込んだ。
クレイの一族に対し、恩義を感じていても恨みはない。
たぶん、オレが知らないだけで、幼いころからずっと恩恵を被っていたのは間違いないだろう。
それが彼ら一族の定めであり、逆にオレが皇女でなければ、その恩恵を受けられないのは当たり前のことだ。
さらに皇帝であるイーディスの意思がオレへの敵対となれば、彼らがそれに従うのは仕方のないことと言える。
だから、赦すも赦さないもオレにはない。
けど……。
「私より、ソフィアや今回の件で命を落とした一族の者に対し、詫びるべきではありませんか? 私が赦して何も無かったことにしたら彼らが浮かばれません」
オレを襲ってきた一族の者たちを思い出すとやりきれない気持ちになる。
手加減して助けてあげたかったが、オレの方にも余裕が無さ過ぎた。
「お言葉、肝に銘じます。遺族には謝罪し、出来る限りの補償をいたしましょう」
「なら、私の方は結構です。あなた方一族と敵対状態でなくなるのは私も嬉しいです。ソフィアの名誉も復されるのでしょう?」
「ええ、そうなります」
「それなら、良いです。良かったね、ソフィア。一族に戻れるよ」
「リデル様……」
気丈なソフィアが泣き笑いの表情を見せた。
皆様のおかげで13話(ブックライブ様)及び12話(その他の電子書籍サイト)が発売されました。
本当にありがとうございます。
また、コミックアンブル編集部のツイッターで(たぶん)本日、第3話が無料配信されますので、よろしくお願いします。(第1話・第2話も読めます)
金曜日にインフルエンザ予防接種を打ちましたが、案の定寝込んでました(>_<)
何とか復帰して更新間に合い、良かったです。
皆様もコロナだけでなくインフルエンザにもお気を付けくださいね。
今週末もヤフオクの入札が……w(引き落としの額が心配)




