今がチャンスです!②
久しぶりにヒューと話ができて、鬱屈したオレの気分はずいぶん解消された。
ホントにヒューはいい奴だ、一緒にいると心が和む。
ま、彼氏にしたいとは思わないけど……。
宿舎へ帰る足取りも軽く廊下を曲がったところで、オレは会いたくない奴ランキング第2位に偶然出くわした。(ちなみに1位はイクスがランクアップ)
「やあ、リデル。ご機嫌はいかがかな?」
「たった今、悪くなった」
「や、それはいけない。医者を呼ぼうか?」
オレの嫌味に全く気付かず、レオンが心配そうに覗き込む。
「か、顔を寄せるな。この馬鹿!」
慌てて、後ろに飛び退く。
性格はともかく、顔だけは無駄に良いので、近距離は危険だ。
少しどぎまぎする。
「つれないな~、そこがまた可愛いくてたまらないのだが……」
「殺されたいのか」
睨み付けるとレオンは真顔で
「君に殺されるなら本望だ」と迷いもなく断言する。
レオンの澄んだ目に、一瞬でも気後れしたのが癪に障ったけど、敢えてスルーして話を続けた。
「……で、オレに何か用?」
とにかく、用を済ませて早く退散しよう。
何を言っても、脳内変換して自分のいいように解釈する奴なので、できるだけ会話しないほうが賢明だ。
それに、こいつと話すとどうもペースが狂う、というより会話が噛み合わない。
「リデル、決勝進出おめでとう! 表彰式で君に杯を渡せることになって、僕は嬉しいよ」
ああ確か、前にそんなこと言ってたっけ。
「明日は午前中に決勝戦があって、そのまま表彰式になるから、無理して怪我なんてしないでくれよ」
オレも痛いのは嫌いだから気をつけるけど、真剣勝負に怪我は付き物だ。
ラドベルク相手に無傷で済むとは思っちゃいない。
「なるべく気をつけるよ」
オレは適当に話を合わせて相槌を打った。
まだまだ続きそうなレオンの話にうんざりしながら、ふと気になっていたことを思い出し、尋ねてみることにした。
「ねぇレオン、ダノン男爵って良く知ってる?」
レオンは大会主催者の筆頭だから、役員に名を連ねるダノンについての評判を聞いておこうと思った。
「ああ、良く知ってるよ。彼は仕事熱心な男だね。それに僕に会うと必ず『カイロニアには立派なお世継ぎであるレオン公子様がいらっしゃるので安泰ですね』と言ってくれる。まぁ本当のことだが、物の本質を良く理解している人間と言えるな」
レオン、お前の目は節穴、確定だ。
この国の将来が真剣、危ぶまれるぞ。
「ダノンに何か用向きがあるのか? 今夜、公邸では祝賀会の前夜祭が開かれるんだが、ダノンも出席すると聞いている。出席者は公邸に宿泊する予定だから、しばらく屋敷には戻らないと思うぞ。それにしても、君が決勝戦出場者でなければ、ゲストとしてエスコートするところなのに残念だよ」
祝賀会に前夜祭があるのも変だけど、泊まりでパーティーとは、さすが貴族様だ。
「いや、ちょっと名前を聞いたんで、どんな人かなと思っただけだから……それより、前に話した聖石の件って聞いてくれた?」
「すまない、その話は余所ではしていけないことらしい。父上に叱られたよ。なので、詳しい話は訊けていないんだ」
「そうなんだ……」
まぁ、奇跡の石の話だ。そういうこともあるだろうと思ったけど、少し落胆した。
その後、話の終わりそうにないレオンを振り切って、オレは宿舎に戻った。夕食の支度にきたシェスタは、昼間の歌い手の素晴らしさを身振り手振りを交えて話してくれたけど、肝心の歌唱力が伴わなかった(他人のことは言えない)ので、今ひとつ感動が伝わらなかった。
でも憎めない人柄のせいか、彼女との会話はそれなりに楽しかった。
「リデル様、試合、応援してます。くれぐれも無理はなさらないでくださいね」
オレを応援してくれる人は、何故かラドベルクの勝利を前提に話すのだけど、オレが勝つことは想定してないのだろうか?
「うん、がんばるよ」
シェスタの気持ちを汲んで、オレは素直に返答した。
情に厚い彼女は母親のようにあれこれ心配してくれて、最後に退出する際は、目に涙を溜めて別れを惜しんでくれた。
場の雰囲気に流されやすいオレも、つい涙目になりシェスタを見送った。
冷静に考えると、何故あんなに盛り上がったのか不思議でならない。
彼女が帰ると、とにかくオレは早々と寝ることにした。
翌朝、早起きして体調を整えるつもりだったからだ。
けど、夜中のかすかなノックの音でオレは目を覚ました。
オレはベッドから静かに下りると既視感を感じながら扉の前に立った。
「ソフィア?」
扉の向こうへ小声で呼びかける。
「はい、私です。夜分遅くすみません。開けていただけますか?」
「うん、いいよ」
声を確認して鍵を開け、扉を引いてソフィアを招き入れる。
ソフィアは影のように静かに素早く部屋に入ってきた。
オレはその姿を見て、目を丸くする。
「ソフィアって……そういう趣味の人だったの?」
いつものシンプルだけど清潔そうな給仕服ではなく、全身黒装束を身にまとい、目だけ見せているその姿は、どこから見ても立派に怪しい人だ。
黒というより濃い藍色で統一した衣服は、巷を騒がす盗賊団のように見える。
「仮装パーティー……それともそういう格好をするのが趣味なの?」
オレが引き気味に話すと、ソフィアは慌てて弁解した。
「違います! これは私達の仕事着なんです」
「仕事着?」
「はい、情報収集と工作活動を担う私達が仕事を行う際に着用する衣装です」
オレは絶句した。
ソフィアの身のこなしは、確かに素人離れしてると思ってた。
動きに無駄がなく、付け入る隙が全くなかった。
まぁ、クレイの知り合いだから何かあるんだろうと、敢えて気にかけないようにしていたけど……。
クレイ……お前って、いったい何者なんだ?
オレが呆然としていると、ソフィアが待ちきれないように告げる。
「リデル様、クレイ様からの言伝です。『これから、ダノン邸に突入してイエナを救出する。必ず助けるから心配するな。お前は大会を頑張れ』とのことです」
そうか、今夜ダノンは公邸で前夜祭か。
「わかった。ダノンが屋敷にいない話はオレも聞いた。今夜がチャンスなんだな?」
「はい。ダノンは護衛団を連れて公邸へ行きましたので、屋敷の警備はごく少数との情報です」
「うん、クレイなら大抵の奴に負ける心配はないけど、気をつけろよって言っておいて」
「畏まりました、そのようにお伝えします。リデル様も御武運を……」
ソフィアは一礼すると、部屋の出口へ向かった。
扉に手をかけ出ようとして、ふと思い出したように振り返る。
「そういえば、ダノン邸にリデル様が倒したイクスという人物が逗留していますが、どのような対応をいたしましょうか?」
「な・ん・だ・って!」
オレの形相に、ソフィアが驚く表情を見せた。
「今、イクスって言わなかった?」
「はい……言いました。ダノン邸に滞在中と……」
『じゃ、いつか消してあげますよ、その存在』
そう、くすりと笑うイクスの顔が浮かんだ。
「ソフィア……オレも一緒に行く」




