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いつまでも可愛くしてると思うなよ!  作者: みまり
いつまでも可愛くしてると思うなよ!
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今がチャンスです!①

 翌日は、例のごとく休日となり、宿舎で一日過ごすことを強要される。他に話す人もいないし、決勝戦の前はさすがに面会禁止なので、オレは暇を持て余していた。

 いいかげんこの生活パターンにも嫌気がさしていたので、あと少しで武闘大会が終わり、解放されると思うとほっとする気分だ。

 やっぱり、オレは室内より屋外派なんだと痛感した。

 自由気ままに歩けない生活なんてオレには我慢できないって、よくわかった。

 そんなオレのところへ、朝食の支度にシェスタがやってきた。

 何やらにこやかな様子で機嫌が良さそうだ。


「おはよう、シェスタ。嬉しそうだけど、何かあったの?」

「おはようございます、リデル様。別に何もないんですが、お食事が済んだら、リデル様を良いところにご案内しますよ」


 にこにこしながら答える。


「そうなんだ……楽しみだけど、闘技場の外へは出られないんだろ?」

「はいそうです。でもシェスタにお任せください」


 秘密めいた笑顔で、シェスタが目をキラキラさせる。


 何か良くない企みを感じるぞ。

 そう思いつつも他にやることがないので、ちょっとだけワクワクした。

 食事が終わり、食器を片付けたシェスタがオレを先導して歩き始める。


 どこへ案内する気だろう?

 オレは、だんだん楽しくなってきて、シェスタの足に合わせてゆっくりと歩いた。

 宿舎棟から闘技場へ向かうようだ。

 今日は特に催事もないので、闘技場は閑散としていた。

 シェスタは闘技場をどんどん進んでいく。

 ルマの闘技場は巨大な複合施設なので、ここにきて日も浅いオレには知らない場所がたくさんあった。

 どうやら、宿舎の反対に位置する施設を目指しているようだ。

 そう言えば、こっちの方へは来たことがなかった。



 一歩、足を踏み入れて、そこが何の施設かすぐにわかった。薬草の匂いが鼻につく廊下を迷うことなくシェスタが進む。

 後を追いかけながらキョロキョロする。

 ここも空き部屋ばかりで人の気配があまりしない。


 やがて、奥まった場所にある、ドアが開け放たれた部屋に着くと、躊躇う素振りも見せず部屋に入る。オレも慌ててシェスタに続く。


「リデル、お久しぶりです」


 ベッドの上に上半身を起こしたヒューがオレに笑顔を向けた。

 予想はしてたけど、ここは闘技場に付帯した医療施設のようだ。

 大会に出場して怪我を負った者が治療を受けられる場所だ。


「ヒュー、思ったより元気そうじゃないか?」


 本当に顔色もそれほど悪くない。


「ええ、もう大丈夫です。休んでいた鍛錬をすぐにでも再開したい気分です」

「ルーウィック様、またそんな無茶なことを……やっとお医者様から、面会の許可が下りたばかりじゃないですか」

「そうなのか?」


 オレが心配そうにヒューを見つめると、努めて明るくヒューが答える。


「医者というのは、大げさに言うものですよ」


 ホントにそうか? ヒューの無茶ぶりは今回の件でよくわかったし。


 オレが疑いの目を向けると、ヒューは思い出したように言う。


「そうそう、あのイクスを破って、決勝進出を決めたそうですね。おめでとうございます」

「いや、あれは……」


 言いかけて、シェスタの視線に気付き言葉を濁す。


「シェスタ、悪いけど席を……」


 外してくれと言おうとして、目を丸くした。

 振り向くとシェスタは恍惚とした表情で、オレ達を見つめていた。


「あの……シェスタ、どうしたの?」

「う、美しい……」

「はい?」

「やっぱり、お二方が並んだ姿は、神殿に描かれた神画のような美しさです」

「……」

「戦女神と称される姫とそれをひたむきに崇拝する騎士との禁断の恋……」


 おーい……妄想に入っちゃってるよ、おばさん。


 うっとりしながら、ため息をつくシェスタに申し訳なさそうに話しかけた。


「あの……悪いんだけど、込み入った話をするんで、席を外してもらえないかな?」

「ああ、私のことなら気になさらないで下さい。こうして、眺めているだけで幸せですので……」


 か、会話が成り立たない……。


 困惑していると、ヒューがオレに目配せをしてシェスタに話しかける。


「シェスタさん、今日は確か、有名な歌い手さんを囲む昼食会があるとか言っていませんでしたか?」


 シェスタは、ハッとすると急に大きな声を上げた。


「そうでした! こうしちゃいられないんだわ。すぐに出かけなきゃ……すみません、リデル様。お昼は食堂でお取りください」


 そういい残すとシェスタはものすごい勢いで部屋から飛び出していった。

 オレは注意深く扉を閉めながら、ヒューに感想を述べた。


「すごいね、あの活力はいったいどこから来るんだろ」

「物事に対する底力は女性の方がきっとあるんだと思いますよ」


 ヒューが笑って答える。


「それで、リデル。イクス戦のことを話してください」


 オレはイクス戦のことをヒューにかいつまんで話した。


「だから、イクスに勝ったわけじゃなく、勝ちを譲られただけさ」


 むすっとした口調で言うと、ヒューは優しく諭した。


「いえ、そういう状況に追い込まれたと相手が思ったのなら、十分勝ちを主張していいと思いますよ」

「そうかもしれないけど……納得いかない」

「リデルらしいですね」


 ヒューは苦笑しながら、ふと表情を曇らせる。


「リデル……イクスは決勝戦で八百長すると言ったんですね?」

「ああ、恐ろしい奴だけど、妙なところが抜けてるよな」

「それはまずいです」


 ヒューが真剣な顔をする。


「え、どうして?」


「いいですか、ルマの闘技大会の賭け方については、いろいろな種類があることはご存じですね?」

「いや、実はよく知らない……」


 出場者は賭けに参加できないって言われたので、まるっきり意識の外だった。


「そうですか、各対戦ごとにどちらが勝利するか予想する賭け方もありますが、一番オーソドックスで人気の高いのは始賭けという賭け方です」

「始賭け?」

「はい、トーナメントが始まる前に優勝者を予想し賭けるというものです。単純でわかりやすく、しかも大穴が当たれば配当もいい。多くの市民や観光客は、この始賭けに参加します」

「そうか……人気のない闘士が優勝すると高配当になるわけだ」

「そうです。だから、決勝でラドベルクが負け、イクスが優勝するようなことがあれば、投票券を大量に買っていると思われるダノンは大儲けができるという算段だった筈です……」

「そのイクスが準決勝で敗退した……それじゃ、決勝でラドベルクが八百長する意味がないじゃないか」

「はい、まさかダノンが貴女に高額を賭けているとは思えませんしね」


 オレの頭に金貨に埋もれるクレイの姿が一瞬、浮かんだ。


「だとしたら、ラドベルクは八百長しなくて良くなったんじゃないのか? それにイクスの奴もただじゃ済まないはずだし……」


 オレが嬉しげに言うと、ヒューが疑問を投げかけた。


「そう上手くことが進むとは思えません。決勝戦はラドベルクの圧倒的有利ですので、対戦賭けでもリデルに高額賭ければ、それなりに八百長の意味はあります。また、そうでもしないとダノンがイエナを拉致している必要がなくなり、逆にイエナの命が危険です」

「なんだって!」

「イクスが負けて計画通りいかなくなれば、イエナを大切に扱う理由がなくなるどころか、証拠隠滅のためラドベルク共々闇に葬る可能性もあります。リデルのせいではありませんが、結果的にあの親子を苦境に立たせる結果となったと言えるかもしれません」


 ヒューの言葉に愕然として、オレは声が出なかった。


 オレのせいでイエナが危険な目に合う……ラドベルクと約束したのに。

 オレの顔色を見たヒューが慌てて慰める。


「あくまで、最悪の場合の話ですし、ダノンがラドベルクを切り捨てるかどうかわかりませんし、すぐに危険になるとは言えないかもしれません。それに私が気がついていることです。きっとクレイも行動を起こしていると思いますよ。彼に期待しましょう」


 せっかくのヒューの言葉も気休めにしか聞こえない。

 ラドベルクに対して申し訳ない気持ちで一杯になり、目の前が暗くなったけど、ふと彼から預かった紙包みのことを思い出す。

 そうだ……ラドベルクもダノンの言うがままにならない切り札を持ってる。


「ヒュー、きっとイエナは大丈夫だよ。詳しくは言えないけど、大会が終わるまでは無事でいると思う」

「……そうですか」


 ヒューは訝しげな顔をしたが、それ以上は聞いてこなかった。


 本当のところは、よくわからない。

 でも、イエナは無事だと思うことにした。

 クレイの活躍にも期待しよう。


「ところでヒュー……」


 オレは話題を転じた。


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