『因果応報』の意味を述べなさい ②
実際のところ、オレとイクスのスピードはさほど変わらないように感じる。にもかかわらず、これほど攻撃をかわされる理由はどうやらオレにあるように思う。怒りで冷静さを失った攻撃は力任せになり、振りも大きく簡単に予測できたのではないだろうか?
イクスが受けに徹しているのは、相手の攻撃を見切るその優れた洞察力を最大限に生かすために違いない。
それを打ち破るには、相手の意表をつく攻撃と対応できないほどのスピードで攻め続ける必要がある。
攻撃パターンを組み立て直し、コンパクトな動作を心がけ、オレは剣を振るった。
宙を舞い、地を滑る。
柔軟な身体を駆使した立体的な攻撃を見せる。
スカートがめくれ上がっても気にする余裕もない。
軽々避けられていた攻撃が徐々に間隔が狭まり、紙一重となっていく。
相変わらず笑顔の表情のイクスからは、何も窺うことはできなかったけど、オレは手ごたえを感じていた。
そして、イクスが鋭い突きを避けて大きく体勢を崩した瞬間、オレは上段から渾身の一撃を放った。
後方に逃げるのを見越して、両手剣を片手に持ち替えて攻撃範囲を伸ばす。普通の人間なら無茶な戦法だけど、人並み外れたオレの膂力があればこそ可能な攻撃方法だ。
キンッ……。
さすがにかわせず、イクスが剣で受け止める。
盾で受け流すことはあっても、剣で止めたのは今大会初めてのことだ。
「やりますね……」
イクスは張り付いた笑いを収め、真剣な顔つきに変わる。そして、ラウンドシールドを投げ捨てると長剣を握り、風のようにオレへと迫った。
攻撃に転じたイクスはやはり強かった。剣の打撃は重く、斬撃は峻烈だ。
初めて守勢になったが、一歩も引くつもりはない。
激しい剣の応酬となった。
刃先がかすり、オレのメイド服が切れる。
代わりにオレの剣先がイクスの皮鎧を傷つけた。
刃をすり合わせながら、顔が近づいた時、オレは疑問をぶつける。
「イクス! おまえの力も聖石の力のせいなのか?」
それに対し、オレを斬りつけながら、イクスは訝しげに答える。
「聖石? 何ですか、それは?」
「えっ……おまえ、聖石知らないの?」
てっきり、イクスもオレのお仲間かと思ったのに……。
会話の意味を図りかねて、お互い間合いをとるように離れた。
「じゃあ、おまえのその力は何なんだ? 人の域を超えてるぞ……って言うか、さっきの科白は、オレの力の理由を見破って言ったんじゃないのか?」
イクスは心底、驚いたようにオレを見つめた。
「リデルさん、もしかして貴女……自分が何者かわかってないんですか?」
何者?……リデル・フォルテ、17歳、傭兵……元男子。
ほら、ちゃんと、わかってるじゃないか。
「どういう意味だよ、それ?」
「いえいえ、知らないならいいんですよ」
イクスは意味深な笑みを浮かべた。
むかっ……何か腹が立ってきた。
「おい、笑ってないで教えろよ!」
「なるほど……そういうことなんですね。それで合点がいきました」
オレの質問に答えず、一人納得するイクス。
何だと! 自分ばっかりわかったような顔しやがって……。
オレにはさっぱり意味がわからないぞ。
「いいかげんにしないと、ただじゃおかないぞ」
オレに凄まれてイクスは少し考え込む。
すると、戦いを止めて話し始めたオレ達に観客が徐々にざわめき始めた。
「教えてもいいですけど、条件があります」
イクスはニコニコしながら提案してくる。
「足元を見やがって、言うだけ言ってみろ」
どうせ、この試合負けろって言うんだろ。
そんな提案は間違っても受けられないけど……。
「え~とですね、ボクの花嫁になってください」
え! えぇぇぇぇ――――――――――――!
突然の告白にオレの頭は真っ白になる。
「ちょ……おま……何言ってんの?」
「あれ? どこか間違えました? じゃ、言い直します『ボクと結婚してください』、これでいいですか?」
オレは目眩を感じて倒れそうだった。
「あれ、返事がないってことは了承ですか?」
「そ、そんなことあるか――――!」
剣の平を思いっきり叩きつけるとイクスが吹き飛んだ。
あれ……初めてヒットしたけど、何だろこの微妙な気持ち。
右腕を押さえながら立ち上がったイクスが不満そうに言う。
「だから、貴女とやり合うのは嫌だったんです。大体、ダノンに頼まれたのは決勝でラドベルクと八百長することだけだったのに、その前の試合で生き死に係わる戦いをするなんて真っ平ですよ。全く割りが合わないです」
オレにしか聞こえない声で話してるけど、馬鹿なのか正直なのか、秘密の話をぺらぺらしゃべってるよ。
「結婚も断られるし、散々です。……だから、もう止めます」
「え?」
イクスが左手に力を込めると、押さえている右腕から鈍い音がした。
右腕がだらりと伸び、ロングソードが地面に落ちる。
オレが呆気に取られている間に、イクスは苦痛に歪んだ顔で、すぐさま審判を呼んだ。
オレの一撃を受けて転倒した際に負傷したと告げると、審判はイクスの身体を調べ、利き腕骨折のため試合続行不能と判断した。
あいつ、ためらいもなく自分の腕を折りやがった。
恐ろしい奴だ。
オレと本人以外その真実に気付くものはいなかったので、イクスの申告通り、オレの勝利が確定する。
否を唱えようとしても、今更遅かった。
なんとも後味の悪い勝利になった。
審判に担架を呼ぶかと聞かれ、イクスはそれを断るとオレに挨拶してから退場すると言い、呆然とするオレに近づいてくる。
「あの男のせいですか?」
「は?」
また意味不明なことを……。
「ですから、ボクの申し出を断るのはあの男……クレイとかいう男がいるからですか?」
「な……ば、馬鹿なこと言うな!」
口ではそう言ったものの、耳たぶまで赤くなるのがわかる。
「やはり、そうなんですね。わかりました、じゃ…………いつか必ず消してあげますよ、その存在」
先ほどまでの苦痛の顔が演技だったように、くすくすと忍び笑う。
「何だと!」
オレが睨むと、イクスは満面に笑みを浮かべつつ、氷のような冷たい目でオレを見つめると踵を返した。
「おい、待て! どういう意味だ? クレイに何かするつもりなのか? もし、手を出したら、ただじゃおかないぞ」
オレの警告を後ろに聞いても振り返ることなく、イクスは闘技場から退場して行った。
怒りに任せて後を追おうとしたけど、観客の大歓声と審判に押しとどめられる。勝利のアピールを促され、剣を握った右手を高く上げると観客が熱狂した。
口々に何か叫んでいるのがわかる。
オレの名だ。
決勝進出を決め、次の試合でラドベルクが勝てば、念願の彼と戦える。
嬉しいはずなのに、何だか気分が晴れない。
オレは歓声に後押しされながら、闘技場の出口へゆっくりと向かう。
観客の熱気とは裏腹に、オレの心はイクスの残した言葉のせいで重く沈んだままだった。




