『因果応報』の意味を述べなさい ①
広い闘技場の中央でオレとイクスが相対している光景は、なんとも言えない不思議な感じだった。
イクスは細身の身体に黒のソフトレザーを着込み、一見すると戦士には見えない。
かくいうオレもいつものメイド服なので、戦士らしからぬ格好と言えた。
お互いが剣を構えていなければ、とても今から戦い合う姿とは思えないだろう。
先ほどまでざわめいていた観客も静まりかえっている。そして時折、ほぉ~というため息がもれるのが聞こえた。
こうやって真面目に見るとイクスは本当に美青年……いや、まだ美少年といっても良い。
で、オレもまぁ……なんだ、それなりに可愛いらしいみたいだ。
その二人が見詰め合う(?)様子は、通常の武闘大会では見ることのできない珍しい出来事のようで、観客席も固唾を飲んで見守っている。
やがて、審判が開始のかけ声を発すると、おもむろに試合が始まった。
「やっぱり、貴女と戦うことになりましたねぇ」
イクスが緊張感のない顔で、にこにこしながら言う。
「やっぱりって……ずいぶん自信があったんだな?」
油断なく気を配りながら、イクスを睨む。
「そんなことないですが、貴女以外にめぼしい相手はいませんでしたからね」
落胆したように嘆息する。
「……大口たたけるのも、今の内だ」
そういうとオレはイクスに突進した。敗れたヒューを馬鹿にされた気がして、かっとなっていたのだ。
オレの行動をイクスは楽しそうに見ながら、最初の位置に突っ立ったままでいる。
今までもそうだけど、自分から能動的な行動を取る気はないようだ。
間合いを詰めるとオレは剣を横になぎ払った。
その攻撃をイクスは風を受けた枝葉のようにひょろりとかわして見せる。続けざまに斬りつけても同じように避けられる。
「まだまだ動きに無駄がありますよ」
オレの剣を軽々と避けながらイクスが嘯く。
息もつかせぬ攻撃をしながら、オレはタイミングを計っていた。連続攻撃と見せかけて、実は攻撃のスピードをわざと落とし、無駄な動きを織り混ぜ、ある一定のリズムで攻撃を繰り返していた。
「そんな攻撃じゃ、いつまで経っても当たりませんよ」
イクスが退屈そうに笑った一瞬、オレはフェイクをかなぐり捨てて、鋭い一撃を放った。
単調な攻撃とは違う神速の攻撃は確実にイクスの身体を捉えると思ったのに、実際は空を切った。
剣を戻し、イクスを見ると曲芸師のようにくるりと空中で一回転すると後方に降り立った。
「リデルさん、すごいですね! 斬られちゃうかと思いました」
素直に驚嘆する姿が腹立たしい。でも、同時にヒューが苦戦したのも納得した。さっきの一撃はオレとしてもかなり本気の一撃だったけど、易々とかわしやがった。やはり、見た目で判断すると痛い目に合いそうだ。
オレが用心深く間合いを取ったのを見て、イクスがくすりと笑う。
「おやおや、攻撃はもう終わりですか? 戦法としては面白いですが、みえみえでしたねぇ。さっきも言いましたけど、このままじゃ、いつまで経っても勝負はつきませんよ」
イクスの軽口にむっとして答える。
「お前が逃げてばかりで立ち合わないからだろう! それにめぼしい相手がいないって言ったけど、それじゃ何故、ヒューを闇討ちにしたんだ?」
証拠もないのに断言したオレにイクスは一瞬、きょとんとした顔をしたがすぐに相好を崩した。
「あれ、バレてました? よくわかりましたねぇ……さすがリデルさんですね」
「やっぱり、お前だったのか!」
「でも別に彼の存在を恐れて襲ったわけじゃありませんよ。それも依頼の内だったんで。それに有名な騎士様がボクみたいのに簡単に負けたら、さすがに可哀想でしょ。だから、怪我してたからって言い訳を作ってあげたんです」
何だと! ヒューを馬鹿にするにもほどがある。
オレは我を忘れてイクスに斬りかかった。けど、オレの本気の攻撃はことごとくイクスに回避される。攻撃のスピードはシリル戦の時より数段上回っていたにもかかわらずだ。
ヒューに対する暴言とまともに立ち合わないイクスに腹を立てたオレは思わず口走った。
「卑怯者! 正々堂々と勝負しろ」
そのとたん、イクスの愛嬌のある目が冷ややかなものへと変わった。
「卑怯ですか? よく言えますね……そういう貴女はどうなんですか?」
「オレ……?」
「そうです。ボク自身、人間の範疇から考えると確かに卑怯だと思いますが、貴女の力は卑怯じゃないんですか?」
ぎくりとした。
少し前からずっと思ってた。
聖石の力で強くなったオレが、本当に優勝していいのかって。
人は生まれた時から他人とは同じじゃない。
運動神経や知性などの身体的能力、美人や美形という容姿、美術や音楽などの優れた才能……最初から格差があるとオレは思う。
現にラドベルクのような体躯は絶対に手に入らない。
人は生まれた時から不公平にできているんだ。
だから、オレの能力を聖石で上乗せするぐらい、なんで悪いんだって、ずっと自分に言い聞かせてきた。
そう信じようとしてた。
でも、大会に出ていろんな相手や対戦を見て、少しづつ考えが変わってきた。みんな持って生まれた才能をさらに努力して頑張っていたからだ。しかも自分の不得手な部分にも折り合いをつけて。
例えば、シリルは異性を惹き付けるような美人ではないが、戦う人間としては十分魅力的だった。美人じゃないって言われて、傷つくより戦うスキルを上げてきたのだと思う。
ヒューだって、毎日の鍛錬を決して怠らないし、戦う身体を維持するために食事にも気を配っている。そして、常に騎士としての分限をわきまえていた。
それに比べてオレはどうだ。
努力を諦め、安易に奇跡に頼っただけ……。
それで勝って、本当にいいんだろうか?
自分の考えに囚われ、気がつくと攻撃の手が止まっていた。
「思い悩むのは自由ですが、 今、ボクが攻撃してたら、簡単に決着ついていましたよ」
呆れたようにイクスが笑う。
先ほどの不気味な冷ややかさは影を潜めていた。
「それにしても、相手の言った言葉にそんなに動揺するなんて、リデルさんは『剣』は強いかもしれませんが、『心』が弱いですねぇ」
『剣』は強いけど『心』が弱い……その言葉でハッとした。
オレはラドベルクを倒して必ず優勝するって、クレイと約束したんだ!
こんな奴に負けるわけにはいかない。
聖石の力で勝つのは確かに卑怯なことかもしれない。
でも卑怯でかまわない……ここまできたら、もう引き返せない。
自分を責めるのは終わってからで十分だ。第一、目の前のイクスだって、どう考えてもズルしてる。
まずは、こいつを倒してから考えよう……。
オレは迷いを捨て、イクスに集中した。
オレが剣を構えなおすのを見て、イクスが満足そうに笑う。
「おや、やる気になりましたね。そうこなくちゃ……」
オレはまたイクスに突進した、今度は怒りに任せるのではなく冷静に考えながら……。




