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いつまでも可愛くしてると思うなよ!  作者: みまり
いつまでも可愛くしてると思うなよ!
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セピア色の思い出を色鮮やかに ③

「でも最後にリデル様にお会いできて、本当に良かったですわ。あ、夕食の給仕も来る予定ですけどね」


 えっ、最後ってどういう意味なんだろ?

 オレの訝しげな顔を見て、シェスタはああ、という顔で答える。


「私たちは大会期間中だけ、ここに派遣されているんで、大会が終わったら元のホテルや宿屋に戻るんですよ。まあ、担当の人が負けちゃったら、その時点で終わるんですけどね」

「ヒューが負けたから、もう終わりってこと?」

「ええ、残念ですがそうなんです。もっとルーウィック様の担当でいたかったんですけど、勝負は時の運って本当だったんですねぇ。それで帰ろうとしたら、ソフィアが外せない用事があるっていうんで、急遽代役となったわけです」


 外せない用事? 何だろう、オレの担当を代わってもらうほどのことって……。


「それより、本当はイクス様の担当になるかと密かに期待してたんですよ」


 イクスの担当?


「それ、どういう意味?」

「え? ああ、イクス様は最初にお断りになったので、担当がついていないんです。でもさすがに準決勝出場者に身の回りの世話をする者がいないってわけにはいかないだろうと噂してたんですが……本人のいらないの一点張りでそのまままになったようです」


 担当がつかない……そういう選択もありだったんだ。

 もし最初から知っていたら、ソフィアを断っていたかもしれない。


「でも、イクス様も相当変わっていますよね。厨房のマルトル……あ、コック見習いなんですが、彼が言うには『いったい、いつ、何を食べているんだろう?』って不思議がっていましたよ」

「え? どういうこと」


 シェスタが何気なく話した言葉に違和感を覚える。


「こうやって、お部屋で食べないのはもとより、食堂にいらっしゃっても、飲み物ばかりでお食事取られることがないって……」


 食事を取らない……?


「まあ、外部から差し入れがたくさんあるから、それで足りてるんだと思いますが、宿舎の料理が口に合わないと言ってるようなもので、マルトルは憤慨してましたわ」


 シェスタは自分の話した内容に、さして重大さを感じていないようで、すぐに次の話に移ったが、オレの頭の中にその話はいつまでも引っかかっていた。



「ごめんなさい、余計な話ばかりして」


 片づけを終えて、出て行く段になって、シェスタもさすがにしゃべり過ぎたと思ったようで、神妙な顔付きで謝った。


「いえ、楽しかったですよ」


 オレは愛想笑いしながら彼女を見送った後、物思いに耽った。


 全く、接客業の基本の守秘義務はどこへ行ったんだと思わないこともなかったけど、シェスタのおしゃべりのおかげで、イクスの妙な話が聞けたから良しとしよう。


 ただ、自分の個人的な話は彼女には極力しないようにしようと心に決めた。でないと、オレの噂も瞬く間に広まりそうだ。

 もしかして、ヒューが襲われた噂の出所もここかもしれない。

 そう思いながら、先ほどの話を思い返す。


 イクス……奴はいったい何者なんだ?

 虫も殺さないような優しい顔の奥底にどんな素顔を隠しているんだ。

 それに食事を取らなくても生きていける人間なんて……果たしているんだろうか?


 わからない……何がなんだかわからない。

 わかっているのは、明日、そのイクスと戦うということだけだ。


 無性にソフィアに会って話したい気分だ。

 オレの思いを伝え、彼女の意見が聞きたかった。



 午後になると、明日のために軽い運動を行ったり、例のオレのファンだという貴族の男が訪ねてきてサインをしたりで、あっという間に時間が過ぎた。

 夕食にはシェスタの言ったとおり、また彼女が給仕に現れた。


 今度は比較的静かに仕事をこなすと、無駄話で居座ることもなく早々と退出した。明日の試合を考えて、シェスタなりに気を使ってくれたようだ。ちゃっかりと、オレのサインをもらって帰ったけど……。


 シェスタの配慮のおかげで、オレは早めにベッドに入ることにした。




 どのくらい眠っただろうか?


 控えめなノックの音でオレは目を覚ました。

 静かにベッドから降りると、ドアの前まで忍び寄り、廊下の様子を窺う。

 人の気配を感じたので、小声で話しかける。


「誰かいるのか?」


 すぐに小声で返答がある。


「ソフィアです。夜分にすみません、お伝えすることがあって参りました。よろしいでしょうか?」


 オレは内心の嬉しさを隠して、ぶっきらぼうにドアを開けた。

 部屋に入ったソフィアは用心深くドアを閉めた後、オレの姿を見て目を伏せて赤くなった。


「リデル様、お召し物を……」


 あっ、寝苦しくて下着姿だったっけ。


「ごめん、ちょっと待って」


 慌てて寝着をはおる。


 別に見られても恥ずかしくなかったけど、時間も時間だけに、ちょっと気まずい。

 夜更けに個室に男女(?)二人きりって状況はある意味、問題だろ?


「で、伝えたいことって……あ、オレもソフィアに伝えたいことがあるんだ」


 やっと、安心したようにオレの方へ視線を向けたソフィアが小首を傾げる。


「そうですか? ではリデル様からどうぞお話ください」

「いや、オレのは後でいいから、先にソフィアが話して」


 こんな夜更けに忍んで伝えに来る話だ、きっと今日仕事を休んだことに関連があるに決まってる。


 オレはソフィアに話すように促した。

 ソフィアは少し戸惑う様子を見せたが、頷いて話し始めた。


「イクスについて、いろいろ調べましたので、ご報告に参りました」


 頭に『クレイ様に頼まれて』がつくんだろうな、と少し意地悪く考えながら耳を傾けた。


「出場者であるリデル様もご存知かと思いますが、今回の無差別級は出場者の不足のため予選大会が開かれませんでした」

「うん」

「ですから、本選出場者に選ばれたのは実績がある高名な戦士か、事前に行われた試験官との模擬戦に合格した者のみと伺っています」


 確かにラドベルクやヒューは前者だし、オレは将軍の試験を受けたから、後者と言えるだろう。


「けれども、イクスはそのどちらでもありません」


 そう言えば、イクスの奴、全く無名なのに試験の時いなかったよな。


「じゃあ、どうやって出場したんだ?」

「第三の方策として、推薦状によるものがあります」


 ああ、確か、ヒューがそんなことを言ってたっけ。


「つまり、誰かの推薦で出場できたわけなんだ?」

「その通りです。調査したところ、イクスはベリドット伯爵の推薦状を提出しています」

「ベリドット伯爵…… 有名なのか?」

「はい、大変由緒ある家柄で、今のデュラント公家ともつながりのある名門です。また、最初の武闘大会開催時に貢献した歴史があり、大会運営に発言力があります。」

「ふ~ん」

「ただ、二代続けて浪費家の当主が出て、家格とは裏腹にお家の実情は火の車のようです」

「もしかして、それって……」

「はい、ダノン男爵に多大な借財があり、その頼みを断われない状況下にあると言って良いでしょう」


 やっぱり、イクスの奴、ダノン絡みだったか……そんな気はしてたけど。


「イクスがダノン男爵の息のかかった人物であることはおおよそ判明しましたが、当のイクス自身の経歴その他の情報は全く入手できませんでした」


 対戦するに当たっての注意情報は皆無というわけだ。


「それと、興味深い情報として、ダノン男爵は元々ライノニアの出身で、カイロニアで財を成すために、かなりの無理や後ろめたいことをしてきたらしいという話です」


 男爵家乗っ取りを始めとする彼の悪行は、市井の噂になっているぐらいだから、ある程度は周知の事実なんだろう。

 成り上がり者ともなれば、そうした話は付き物だし、とりたてて驚くことでもない。

 結局、ソフィアの話はダノンの情報にとどまり、肝心のイクスに関する有益な情報は乏しかった……というよりほとんど無かった。


 まあ、無名の男の情報なんて集まりようがないのは当然だけど、あの力量で無名ってのが、そもそも解せない。


 オレはシェスタに聞いたイクスに関する不可解な噂を、ソフィアがどう考えるか知りたくて、話し終えた彼女に早速訊いてみた。


「食事を取らない人間ですか?」


 聞き終えたソフィアの反応は、分別のある大人としてごく自然な反応だった。


「修行によって、何日も食べないでいるというようなことは聞きますが、全く食べないというのは聞いたことがありません。それだって、生命をギリギリ維持しているというレベルで、武闘大会に出場するなど無理でしょう。大体そんなことをして、イクスにどんな得があるんですか? もちろん、彼が物語や伝説に出てくる不死の怪物にように、そもそも食事を取る必要がないなら話は別ですが……」


 最後の一言は、ソフィア流の冗談だったみたいだけど、オレはドキリとした。


 不死の怪物……。


 理性では、そんな馬鹿なと否定はするけど、オレの直感がそれを邪魔する。イクスの得体の知れなさは、そう感じさせるほど不気味なものだった。


「誰かが言ったように、差し入れを食していると考えるのが普通ではありませんか?」


 ソフィアの言う通り、それが現実的な考え方だろう。


「リデル様? どうかなさいましたか」


 オレが急に黙り込んだのを心配してソフィアが問いかける。


「あ、うん。馬鹿なこと言ってごめん。夜遅くにわざわざ伝えにきてくれてありがとう」

「いいえ、役目ですから……」


 ソフィアは少し躊躇ってから付け加えた。


「それに、役目以上にリデル様が心配で…………どうしてもお伝えしたかったんです」


 手に持った燭台の灯りの中、少し頬を染めた彼女は清楚で美しかった。


 男の時のオレなら、間違いなく惚れてしまいそうだった……いや、心は男なんだから今、惚れてもおかしくないんだけど……。


「それと、クレイ様が『リデル、優勝したらご褒美やるから』と仰っていましたよ」


 勝つのが前提かよ……。


「……うん、頑張るよ。そう伝えて」

「はい」


 自由にクレイと会えるソフィアがちょっと羨ましかったけど、オレはソフィアに笑顔で告げた。


「おやすみ、ソフィア」


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