変転……①
「どうやら、なんとか追いつきそうだね」
「はい、リデル様。上手くいけば、明日には合流できそうです」
師匠と別れて出立したオレとソフィアは、先行しているアーキス将軍のアリスリーゼ討伐軍に追いつくために旅路を急いでいた。
宿場町間では馬を借り、悪路の近道は徒歩で抜け、ようやく討伐軍を指呼の距離とすることが出来た。愛馬のリーリムを泣く泣く帝都に置いていかなければならなかったオレとしては、わずかな距離でも馬に乗れたのは嬉しいことだったけれど、過酷な旅程はその気持ちを萎えさせるほど厳しかった。
「ですが、リデル様。アーキス将軍は、本当にお会い下さるのでしょうか?」
「う~ん、どうだろう。ガートルードに忠誠を誓っているから、立場的にオレは敵になるからなぁ。けど、将軍には悪いけど、どうしても会って話をしなけりゃならないんだ」
さんざん世話になって迷惑もかけてるから、また無理なお願いをするのは気が引けるけど、この際、恥も外聞も捨てて将軍の慈悲にすがるしかなかった。
もちろん、話の内容はアリスリーゼ討伐の件だ。
オレだって帝国軍人が皇帝の命令を拒否することなんて出来ないことは承知している。オレが説得するのはアーキス将軍ではなくアリスリーゼ側だ。
将軍にお願いするのは、オレがアリスリーゼを説得している間、攻撃を待ってもらうことなのだ。これなら、戦闘前に行われる事前交渉の範疇なのでアーキス将軍も受け入れてくれる可能性がある。
オレが道中でソフィアにこの案を提示したところ、彼女は疑問を呈した。
「今回のレイモンド統治官の行動については、私などでは到底理解に及びませんが、果たして、リデル様の説得を受け入れますでしょうか?」
「やってみなけりゃわからないけど、現に討伐軍が間近まで来てるんだ。いくらなんでも、レイモンドだって考えを変えるさ」
「そうであればいいのですが……それに、仮にアリスリーゼが和議を受け入れた場合は、リデル様やクレイ様、ユク様はどうなるのでしょうか? 処遇がとても心配になります」
「それについては、オレに一つ提案があるんだ」
「提案ですか?」
「そう、オレはアリスリーゼから国外に出ようと思うんだ」
「え?」
そうなんだ。帝国にオレたちの居場所が無いのなら、いっそ他国で暮らす方が安全かもしれない。まだ見ぬ異国への憧憬もあるし、悪い選択肢じゃないと思う。
「どうかな……ソフィアも一緒だと嬉しいんだけど」
「もちろん、ご同行します。どこまでもお側に居させてください」
「ありがとう、ソフィア。でも、その前にシンシアを捜さなきゃね」
「……はい」
ソフィアは泣き笑いのような顔をした。
◇
「ゾルダート教?」
「はい、リデル様とユーリス様が帝都で襲われた影のような怪異について、噂を耳にしたことがあります」
「それに、そのゾルダート教ってのが関係してるの?」
「ええ、ゾルダート教の高位の導師がそのような怪しい術を使うと聞いたことがあります」
ソフィアの説明によると、ゾルダート教というのはイオラ―ト教では認めていない邪神ゾルダートを信仰する宗教で、帝都では公にすることを憚られる存在なのだとか。
けれど、唯一神を妄信的に敬い、排他的な教義を実践する教団は、しばしば狂信的な信者を生み出すことで知られていた。その狂信的な信仰のせいで、邪神の力をその身に宿し、恐ろしい術を行使する導師が何人もいるという話だ。
「じゃあ、オレを狙ってるのは、そのゾルダート教団ってことなのか?」
「なにぶん、謎の多い教団なので、そのあたりの真意はわかりませんが、可能性は高いと思われます」
どこかで恨みを買うようなことでもしただろうか?
心当たりはないけど、いろいろやらかしてるから、思いがけず敵対するようなことを偶然しでかした可能性も否定はできない。
それとも、何らかの理由でガートルードに加担しているっていうことも有り得るかもしれない。
不死の怪物疑惑があるイクスの妹エクシィを側近にしているガートルードのことだ。十分怪しい存在と言っても過言ではない。
「どうせ、あれ以外にも術者はいるだろうから、用心に越したことはないね」
「はい、仰せの通りです。ただ、逆に言えば、そうした存在でなければ今のリデル様に対抗できる相手はいないということです」
う……なんか、ごめん。
人外だって明言された気分だ。
「あ、申し訳ありません。決してリデル様がそのような輩と一緒だと言っているわけでは……」
オレの表情を読んでソフィアが慌てて言い訳する。
「大丈夫、自覚してるから」
「リ、リデル様……」
オレは大いに拗ねてソフィアを困らせながら、鬱蒼とした森の道を進む。
この森を抜ければ次の村に着き、今晩はそこで一泊する予定だ。
日もずいぶん傾き、ただでさえ薄暗い森が余計に翳り、夜のように見えた。
「……ソフィア」
「はい、リデル様……」
オレが注意を促す視線を向けると、ソフィアも素早く戦う体制を整えた。
木々の後ろに何者かが潜んでいる。気配を消しているが殺意が感じられた。
待ち伏せしているのだから敵と考えて間違いないだろう。
オレたちは気づかない体を装いながら、ゆっくりと相手の間合いに近づいた。
今もなお病気で苦しんでいる方には申し訳ありませんが、いろいろ落ち着き始めて少し安心しています。幸いなことに身近に罹った方もいなかったので、これからも気をつけて暮らしていきたいと思います。皆様も十分お気を付けください。




