セピア色の思い出を色鮮やかに ②
オレの話を聞いて、ソフィアが声を上げて笑った。
笑う声も可愛かったけど、オレはあえて仏頂面で言う。
「ソフィア、そんなに笑わなくてもいいだろ」
「ご、ごめんなさい……くっ」
謝りながらも、笑いを収めるのに必死のようだ。
笑うと実年齢よりずっと幼く見える。
けど、思い出しても腹が立つ。
クレイの奴、いたいけな女の子が絡まれているから、無理して割り込んだのに、まさか男だなんて、こんなの詐欺だと、ずっとぶつぶつ言ってた。
お前が勘違いしたんだろうが。
「最悪の出会いだよ」
「そうですか? 女の子なら一度は憧れる出会いのパターンじゃないですか」
「そうかぁ?」
疑問形で答えながら、ふと会話の流れに違和感を感じて、ハッとする。
しまった……つい、クレイの話が楽しくて迂闊にも男時代のエピソードを話しちまった。
ど、どうしよう、ソフィアが変に思うに決まってる。
オレの動揺や話の辻褄がおかしい点に気付かないのか、それともフリをしているのか、ソフィアは平然と会話を続ける。
「それから、どうなったんですか?」
ソフィアは興味深そうに目を輝かせている。
「うん……まあ、いろいろあってね……」
あれ? クレイの奴、予めオレが女になったってこと話してあったんだろうか。
クレイの判断に文句をつけるつもりはないけど、オレの秘密を許可なく話したとなると、それはそれでちょっと面白くない。
オレは少しテンションが下がるのを感じながら、ソフィアの質問に答えた。
「その後、すぐに親父が亡くなって、結局クレイと二人でその団を辞めることになったんだ」
というより、本当は団そのものがある事情で無くなったのだ。
オレとしては、その辺りの話はあまり思い出したくない出来事だったので、自然と表情が暗くなる。すると微妙にそれを察したのか、いきなりソフィアが立ち上がった。
「すみません、話に夢中になって夕食の片づけがまだでした。食器を厨房に返さなくてはいけないんです……」
そう言うと部屋の隅に置かれた配膳卓に片付けられた食器を運び始める。
オレは声をかけるタイミングを失い、ソフィアの片付けする様をぼんやりと眺めていた。
退出の準備が整うと、ソフィアはもう一度、オレの前までくると深々と頭を下げる。
「今日は、お食事をご一緒させていただき、本当にありがとうございました。こんなに楽しい食事は何年か振りです」
顔を上げて微笑むソフィアは親しげで、最初に受けた印象とずいぶん違って見えた。
丁寧にお辞儀をして出て行く彼女の後姿に言葉では言い表せない不思議な感覚を覚えながら、オレはぼんやりと見送った。
翌朝、顔を合わせたオレとソフィアは、お互い自然と笑顔になった。
わだかまりが無くなると、何故あんなに嫌いだったのか不思議に思えるほどだ。ソフィアの優しい雰囲気に、幼い頃、密かに『お姉さん』に憧れていたことを思い出す。
そのことを告げると、ソフィアには本当に妹がいるらしく『もう一人妹ができたみたいです』と笑って答えてくれた。
ソフィアが給仕を終え、部屋から下がった後、オレはしばらく考え込む。
ソフィアはオレのこと、どう思ってるんだろう?
好意は感じられるから、嫌われてはないと思うけど……。
そもそも、クレイはいったいオレのこと、どういう風にソフィアに説明してるんだろう?
オレのこと、クレイ様の大切な方って、ソフィアは言ってたけど。
それに昨日はついうっかり、男時代のエピソードを話しちゃったけど、ごく自然な反応だった。
やっぱり、オレが元は男だって知っていたんだろうか?
そうだったら、めちゃくちゃ恥ずかしい。
男のくせに可愛い子ぶって!とか思ってたらどうしよう。
不思議だ、あんなにも気にいらなかったのに、今度は嫌われるのが恐く感じるなんて……。
お昼に会ったら、それとなく聞こうと思っていたのに、給仕に現れたのはソフィアではなかった。
前に会ったことのあるヒューの担当だったおばさんだ。
「シェスタと申します。よろしくお願いします、リデル様」
オレは、世話係の担当が替わったのかと心配になり、おそるおそる聞いてみた。
「あの……ソフィアは?」
「今日は所用があるようですので、私が代わりに参りました」
オレの表情に気付き、にっこり笑って答える。
「こ、こちらこそ、よろしく」
こういうタイプのおばさんはどうも苦手だ。
何もかも見透かされるようで嘘がつけない。
今もほっとした心の内を気付かれたように思う。
シェスタおばさんは、てきぱきと給仕をこなすと、脇に控えオレの食事が終わるまで待機した。
食事の間、ふと見ると、シェスタが、さりげない様子でオレを観察しているのがわかる。
無視しても良かったけど、気になって尋ねてみた。
「シェスタさん、どうかしました?」
オレの質問に、少し決まり悪そうにしながらも、明るい調子で答える。
「あらあら、わかりました? 不躾でごめんなさいね」
「いえ、いいですけど」
大会が始まってから、こんな風に人から注目されるのは日常茶飯事になっていたので、咎める気持ちはさらさらなかった。
ただ、シェスタから無遠慮な視線とは違った親しげなものを感じたので、気になって理由を尋ねてみたのだ。
「それはですね、ルーウィック様といつも貴女様の話をしていたからなんです」
ヒューは社交の場では、優れた話し手だけれど、プライベートでは寡黙な性格だった。
怪我のせいもあって、宿舎でシェスタの世話を受けている間も積極的に話そうとしなかったそうだ。
読書を嗜むか、瞑想していることが常だった。
彼女もそれを心得て、ヒューの邪魔にならないように気をつけていたが、オレのデビュー戦が終わった日、街でのオレへの評判を話したところ、珍しく話が弾んだんだそうだ。
「ルーウィック様は、それはもうリデル様のことが気になって仕方がないようでしたよ。まるで恋人……いいえ、妹や娘への愛情のように見えました」
ヒュー、お前の精神構造、どこかおかしいと思う。
すでに肉親モードになってるじゃないか。
「だから、リデル様のこと、前からよく知ってる気分になっていたのです。でも、こうして初めてお会いして、何だか新鮮な気分で、つい見入ってしまったのです」
申し訳ありませんと頭を下げた。
「あ、気にしてないんで……。それより、ヒューのお世話をしてくれて、ありがとう。あいつ、素直そうに見えて結構頑固だから、シェスタさんを困らせたでしょう?」
「いえいえ、たいていの殿方は女性を困らせる特技をお持ちのようですから……でもルーウィック様は紳士でしたよ」
ニコニコと笑う笑顔の奥に女性の怖さが透けて見えた。
オレもヒューと同様、シェスタといる時は、紳士……淑女?になろうと心に決めた。




