拡がる波紋……④
アリシアの絞り出すように発した声に彼女の切実さが感じられた。
いつものような上から目線の、どこか醒めた口調とは違い、生の感情が見え隠れする。
そんな表情にオーリエは見惚れた。
(綺麗……やっぱり、リデルに似てる)
そんな感想を口走ったら、さぞかし気を悪くするだろうと思いながらもオーリエは口元が綻ぶのを自覚した。
(性急でわがままだけど、真っすぐな人なんだ)
リデルを追い出した張本人ということで、最初あまり良い感情を持っていなかったけれど、彼女は彼女なりに帝国の現状を憂えて何とかしたいと考えていることがよくわかった。
また、頭が切れて何でも如才なくこなせそうに見えたが、意外と不器用なところもあると気づく。それに他人から誤解を受けやすい損な性格であることも。
横で無視されてプリプリ怒っているアレイラに、やはりどこか似ているような気もする。
「あの……皇女殿下。私にお願いしたいことって何ですか?」
オーリエは、最初よりほんの少し優しい口調で自分への頼みごとについて尋ねてみた。
「……オーリエ、貴女……まあ、いいわ」
オーリエの微妙な変化に気づいたアリシアは何か言おうとするが口をつぐんだ。
「先ほどの斡旋の話なら、父に書状を送って頼んでみようと思います。でも、それ以外に私に出来ることなんて、たかが知れていると思うのですが」
いつの間にかアリシア皇女の願いを聞き届けるつもりになっている自分にオーリエは密かに驚くが、表情に出すことはしなかった。
「貴女に直接カンディアへ行ってもらいたいの」
アリシア皇女はオーリエの目を見ながら、静かに言った。
「カンディア?」
思いがけない地名にオーリエは鸚鵡返しに答える。
「ええ、そうよ。グレゴリ傭兵団の……貴女のお父上のいる場所ね」
「わかってます。でも、そんな遠くに私が……? 何のために?」
「私の真意が確実にグビル団長へ伝わるため……言い繕わなければ確実に説得するためね。でも、貴女へのもう一つのお願いはそれだけではないの」
「それだけではない?」
「ええ、そちらが本命と言っていいわ」
「ですが、私は近衛騎士団所属で、言わば皇女殿下の……貴女の護衛です。帝都から離れるわけには……」
「これはオーリエにしか頼めないことなの。護衛なんて、他の誰かでもできるわ。だから、どうしても貴女にお願いしたいの」
命令ではなく――と、アリシアは、そう付け加えた。
(かなわないなぁ。私の性格を熟知してる)
オーリエは情に篤い娘だ。命令でなく、頼まれると断りづらい性格をしている。アリシアはそこを的確に攻めてきているのだ。
「……仰ってください。私に出来ることなら前向きに考えますので」
「ありがとう、オーリエ。じゃあ、言わせてもらうわね」
アリシアは、にこやかな笑みを引っ込めると、息をひそめて言った。
「貴女、アルサノーク傭兵団をご存じかしら?」
「アルサノーク傭兵団ですか? もちろん知っています。傭兵の世界では有名ですからね。あ、でも今は没落して見る影もないと聞いていますが」
「それが、最近復活して往時の頃とは比べ物にならないけれども、そこそこに勢いを取り戻しているのよ」
「そうなんですか、知りませんでした。何かきっかけでも?」
「オストフェルト伯爵の催した剣闘士大会で上位に入賞して注目を浴びたのがきっかけになり、団員が増えたと聞いているわね」
「ああ、あの大会ですか」
オーリエも父親のグビル団長が運営に関わっていたので、手紙のやり取りでその大会の簡単な内容や目的については、おおまかに聞いていた。
ただ、大会結果についてはグビル団長も忙しかったらしくオーリエに手紙を送っておらず、リデルの大活躍もオーリエの耳に届いていなかったのだ。
「団長の名は、確かネフィリカと言ったかしら。貴女よりは年上だけれども、まだ若い女だと聞いているわ」
「ネフィリカは友人です。あいにく、大会の結果は聞いていませんでしたが、アルサノーク傭兵団も良い成績を残せたのですね。それは良かった」
オーリエが小さい頃は、アルサノーク傭兵団もグレゴリ傭兵団に匹敵するほどの傭兵団であったため、互いに交流があった。
ネフィリカとは何度も顔を合わせていたし、同性で少しお姉さんのネフィリカを慕ってもいたのもあり、彼女が団長として活躍しているのを耳にして我がことのように嬉しかった。
「そうなの? それなら話は早いわ。貴女にお願いしたいのは、私に助力するようにネフィリカを説き伏せて欲しいのよ」
アリシアの申し出にオーリエは大いに疑問を感じた。
アルサノークは由緒ある傭兵団ではあるが、往時ならまだしも現在は地方都市に拠点を置く中堅どころの傭兵団と言えた。いや、正直に言えば、ついこの前までは解散寸前のレベルで、とても帝国の皇女様が何かをお願いするような傭兵団などではない。
「失礼ですが、私を通じてネフィリカに何を頼もうとしているのですか? お世辞にも皇女殿下の依頼に応えられる団とは、とても思えないのですが」
「あら貴女は、アルサノーク傭兵団と皇帝勅許状について聞いたことはないの?」
もちろん、知っていた。
何しろ、オーリエは幼少期にお母さんから著名な傭兵団にまつわる数々の逸話を子守唄代わりに聞かされていたので、年配の人に負けないほど傭兵団の歴史に詳しかったのだ。
「ええ、もちろん知っておりますが、ずいぶんと前に廃れた話と聞いています」
実際の話、オーリエでなければ、若い傭兵は元よりベテランの傭兵でさえ、勅許状の存在を知らない者も多く、今さらそれを持ち出して意味があるのかとオーリエは懐疑的に思えた。
世の中はコロナで大変な騒ぎですね。自分も余波をくらって困ってます。
でも、学生さんが長期休みに入るとアクセス数が増えるので、なろうの読者が増えるかもしれませんね。まあ、冗談はさておき、一刻も早く終息するのを願っています。




