前兆……①
「いきなり、来てしまってごめん。迷惑だと思うけど、他に伝えるべき人がいなくって」
オレは応接室に入って来た将軍に頭を下げる。
「いや、まったく構いません。訪ねていただき嬉しく思います。ささ、とにかくお座りください、リデル様」
以前と変わらぬ態度でアーキス将軍はオレに接してくれた。
そう言えば、皇女とか関係なくこの人は最初からオレに優しくしてくれたのを思い出す。
どうしてなんだろう?
ちなみに門で出会った軍人さんは、オレがルマの武闘大会に参加するために受けた試験の際、お忍びで試験官に扮していたアーキス将軍の従卒を勤めていた人物だった。
オレは微かにしか覚えていなかったけど、向こうははっきりと覚えていてくれたので助かった。おかげで、馬車に乗り込ませてくれた上に、こうして将軍に取り次いでくれて現在に至る。
マニトルさんは、込み入った話があると伝えて別室に待機してもらっていた。
「アーキス将軍、ずっとお礼と謝罪をしたかったんだ。その……血統裁判の時に力になってくれてありがとう。それと、ガートルードの件ではたくさん迷惑かけて、ごめんなさい」
椅子を勧められけど、オレは立ったままアーキス将軍に向って深々と頭を下げる。
血統裁判の件では本当にお世話になったし、中央大神殿から無事に脱出できたのも、アーキス将軍のおかげと言っても過言ではない。
「いえ、リデル様。こちらこそ満足にお役に立つことができず、忸怩たる思いです」
「そんなことないよ! 今のオレがあるのはアーキス将軍のおかげだよ。……それと、オレはもう皇女様なんかじゃなくなったから、前みたいにリデルって呼んで欲しい」
「僭越ながら私は今でも貴女を皇女殿下と信じています。それに、それ以前もリデル殿とお呼びしていたはずですぞ。呼び捨てなどと滅相もない」
相変わらず律儀と言うか真面目と言うか、アーキス将軍らしい。
「それより将軍、あれからガートルードに酷いことされなかった?」
「ご心配いただき、ありがとうございます。しかし、あの後ガートルード殿からは何の音沙汰もございません。かえって不気味に思っている次第です」
「そう、それは良かった」
どうやらガートルードの嫌がらせはオレ限定だったみたいだ。
「それよりリデル様こそ、何故お一人で? クレイ君やルーウィック殿はどうなされました?」
将軍は怪訝そうな表情でオレに二人のことを尋ねる。
まあ、あのいつもオレにべったりの二人がいないことを不審がるのは当然だろう。
「実はオレの方は、いろいろと横槍が入ってね……。
オレは血統裁判から後のこれまでの経緯をアーキス将軍に包み隠さず話した。
「なるほど、血統裁判の後にそのようなことがあったのですな。ガートルード殿も悪辣な策を弄するものだ」
アーキス将軍はオレの話を聞き、憤懣やるかたないといった表情を見せる。
「まあ、それなりに堪えてはいるよ」
将軍の前なので虚勢を張って誤魔化してはいるが、本音としてはかなりへこたれている。
他人に依存する悪癖は早々に直さないといけないと痛切に感じていた。
「して、リデル様はこれから如何するおつもりで? よろしければ、当分の間我が屋敷に逗留していただいても一向に構いませんが」
「ありがとう、アーキス将軍。気持ちは嬉しいけど、用事が済んだらすぐ出て行くよ」
おそらくガートルードの手の者がこの屋敷を絶対に監視しているはずだ。
すぐにオレがここへ来たことはガードルード側に知れるだろう。これ以上、この人に迷惑はかけられない。
「用事が済み次第? この私に何か他の用事でも?」
オレの台詞に引っかかった将軍が首をかしげる。
「うん、オレを匿う代わりと言っては何だけど、男の人を一人保護して欲しいんだ」
「ほお、それは如何なる話なのでしょう。説明をお願いしてもよろしいですか?」
「実はここへ来る前にね……」
オレがマニトルさんが襲われた件とそれに関わるライノニア・アルセム高官の密談の話をすると、アーキス将軍の表情が険しくなる。
「それが本当なら由々しき事態と言えましょうな」
将軍はオレの仮説の可能性を判断しているのか、腕を組み黙り込んだ。オレは将軍の考えがまとまるまで、邪魔しないように静かに待つことにする。
「ふむ、ライノニアがフォルムス帝国と懇意にしているのは周知の事実ですが、アルセム王国となると俄かに信じ難い話です。なにしろ両者とも相手を不倶戴天の敵と思っている間柄でしたからな」
ようやく口を開くが、やはりライノニア・アルセム両国の秘密外交に半信半疑のようだ。
「ですが、一理ある話とも言えます」
「どういうこと?」
「両者の利害が一致したという可能性があるからです。……おそらく、ライノニアはガートルード様の皇帝即位を絶対に許さないでしょう。アルフレート公子を皇帝にするという野望が閉ざされてしまうからです。しかし、近衛軍を手に入れた皇女と我らカイロニア軍の二つを相手にするには些か戦力が心許ない。ならば、停戦状態にあるアルセム国境に張り付けてある戦力を中央に振り向けたいと思うのは当然と言えるでしょう」
「でも、それじゃアルセム国境の護りが危険になるんじゃ……」
「そして一方、アルセム側にもそれに乗る理由があるのです。実はアルセム王国は伝統ある王国ですが、しきたりや故事に囚われ、式典や儀式が必要以上に華美な傾向があります。その上、経済構造が旧態依然で……ありていに言えば国家規模の浪費のため国庫は常に火の車で、そもそも戦争など出来る状態にないのです」
確かに平時の軍隊ほど金食い虫はいないからな。減らせるものなら減らしたいと思うのは道理だ。
けど、戦争と言うのは普通、相手がいるから、自国の理由で一方的に減らすわけにはいかない。
でも、互いの利害が一致するなら……。
「リデル様。そのマニトルという学者は今どこに?」
「将軍との話が終わるまで別室に待機してもらってるよ」
「わかりました。では、私がその男と少し話してみましょう」
アーキス将軍は険しい表情のまま、そう提案した。
少し長めです。
アーキス将軍、再びです。
だんだん、きな臭い話になってきました。
リデル君は果たして帝国から脱出できるか……。
急に気温が下がって、体調も下降気味ですw
皆様もお気をつけください。




