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いつまでも可愛くしてると思うなよ!  作者: みまり
いつまでも可愛くしてると思うなよ!
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あなたの本命は誰ですか?②

 第4試合も注目の試合だった。

 残っているラドベルク、ジラード、グビルの内の誰かが優勝するだろうというのが、世間一般の見方のようだ。

 オレとしては、どちらも知った仲であるだけに、今日はどちらにも加担できない気分だ。ただ、戦いを生業としている身としては、純粋にこの試合を楽しみたかった。


 今日の髭団長は完全装備だ。

 傭兵団の甲冑に身を包み、愛用のハルバードを構えている。

 それに対し、ラドベルクはハードレザーにバスタードソードという出で立ちだった。防具としては軽装だけど、両腕にはガントレットを装着していた。

 

 正直、オレはラドベルクの分が悪いと思っていた。

 団長の構えるハルバードは斧槍とも称され、槍の穂先に斧頭とその反対側に突起ピックが取り付けられている。斬る、突く、鉤爪で引っかける、斧頭で叩くといった、4種の攻撃方法が可能だけど、熟練者でないと使いこなせないと評判の武器だ。

 そして、グレッグは戦場において、その使い手として右に出る者はいないと恐れられてきた傭兵だ。本来なら武闘大会に出ることなどありえない人物と言っていい。

 確かに第一線で活躍していた時代に比べ、身体能力は衰えたかもしれないが、いかに武闘王ラドベルクと言えども苦戦は免れない、そう思っていた。

 けど、試合が始まってすぐにそれが間違いであることに気付いた。


 髭団長は、オルラット戦の時とは見違える動きと鋭い槍捌きを見せたが、それでもラドベルクに及ばなかった。団長の目にも止まらぬ槍の突きを最小限の動きで的確に受け、鉤爪や斧頭の攻撃も軽々と避けてみせる。

 重装備の団長の疲労を待つ持久戦になるだろうというオレの考えとは全く違う展開となった。

 団長が間合いを取ろうと引いた瞬間、ラドベルクは団長の槍を剣で弾き上げると懐に飛び込み、肩から体当たりを浴びせた。踏ん張りきれず腰を落とすと、ラドベルクはそのまま団長を後ろに押し倒し馬乗りになる。


 勝負はそこで付いた。


 圧倒的な強さだった。

 観客もラドベルクのあまりの強さに声を失っていた。

 一瞬の間の後に大歓声が巻き起こる。


 オレは初めて見るラドベルクの戦いに我を忘れた。


 凄い! 強すぎる……同じ人間とは思えないほどだ。

 でも、オレはこの人と戦いたい!

 戦って勝ちたい。


 オレは燃えるような目で、闘技場で起き上がる団長に手を貸すラドベルクを見つめた。

 興奮冷めやらぬオレは、ラドベルクに直接会って話がしたかった。

 ノリスの訃報の影響を感じさせない戦いぶりに、何か言葉をかけてあげたい気持ちだった。

 でも、控え室の周りは大勢の人垣で、話すことはおろか、近づくことさえ叶わなかった。


 諦めて宿舎に戻ろうとしたところへ、ソフィアが現れて来客を告げる。


「ウェルナー男爵と名乗るお方が、リデル様にお会いしたいとお待ちです」


 また貴族か……待てよ、ヒューの試合の後、話したあいつかな?

 サインがどうとか言っていたっけ。

 面倒だけど、約束は守らなきゃ。

 男に二言は無いって言うし。


 オレは渋々、ソフィアの後に付いて歩く。

 シリル戦の影響か、闘技場の廊下で知らない人とすれ違う度に注目され、ひどく困惑した。人の注目を浴びるのは嫌いじゃないけど、男連中の舐めるような熱い視線には、ほとほとうんざりする。

 オレが男に戻っても、決して女性をしげしげと見つめたりしないぞと、心の中で誓った。


 ソフィアは宿舎でなく、闘技場の一角に幾つかある談話室の一つにオレを案内した。


「ここでお待ちになっています。申し訳ありませんが、私は宿舎に用事がございますので、これで失礼します」


 扉を示し、一礼して立ち去ろうとするソフィアを、オレは急いで呼び止めた。


「え~! 一緒に居てくれないの? 変な人だったら、どうすんだよ」


 っていうか、確実に変な人だと思うもん……。


 オレの泣き言をソフィアはくすりと笑って受け流す。


「大丈夫です。リデル様と戦える相手なんて、そうそういませんから」

「そ、それはそうかもしれないけど……」

「では、急ぎの用がございますので」


 取り付くしまも与えず、ソフィアはかすかな笑みを浮かべながら戻っていった。

 オレは扉の前で、立ちすくんだまま、しばし思案する。


 むぅ、考えていても埒が明かない。

 オレは意を決して談話室の扉を開けた。


 そこには、オレと戦える数少ない相手が座っていた。



「よおっ! 元気にしてたか?」


 ソファーに足を組んで座り、リラックスした様子で手を上げる。


「クレイ……」


 懐かしすぎて、不覚にも涙が出そうになった。

 こんなにも会いたかったなんて……我ながら驚きだ。

 一緒の空間にいられると思うだけで、ほっとした。


 でも口から出たのは、


「何だ、クレイじゃないか。ウェルナー男爵なんて言うから、どんな立派な奴がいるかと思ったよ。それにしても、相変わらず代わり映えしないな、お前は」


 可愛くない……な、オレ。


「久しぶりに会ったのに、つれないねぇ。貴族の肩書きがないと、出場者には会えないんだよ。そういうお前だって、ある部分の成長が止まったままで代わり映えしないじゃないか……いや、ちょっと太ったか?」

「何だとぉ!」


 まぁ、そう怒るなと、クレイは優しく笑いながら、椅子を勧める。


「いや、立ったままでいい。それより何の用なんだ。オレだって、意外と忙しいんだぜ」


 本心とは真逆のことを口走るこの口……誰か何とかして欲しい。


「そうか、それは悪かったな。じゃ、手短に用件を済ますよ」


 クレイは残念そうに言うと立ち上がった。どうやら自分だけ座っているのを気兼ねしたらしい。


「まずは、順調に勝ち進んで、おめでとさん。街でのお前の人気はたいしたもんだよ。ある程度は予想していたが、ここまでとは思わなかったな」

「そうなんだ」


 そっけなく返すが、内心はクレイに褒められて、何だか嬉しい。


「ああ、お前関連のグッズを販売して大儲けさ。この上、お前が優勝したら、大金持ちになれそうだな」

「はぁ? グッズ販売?」

「ああ、お前が勝つのも人気が出るのも予想できたからな。使わない手はない」


 それで、あのメイド服を無理矢理着せたのか……。


 オレは呆れてものが言えなかった。

 大会に出ないで、何をやっているかと思えば……。


 でも、いたずらっ子のような目で笑うクレイを見ていたら、怒る気持ちも失せた。

 クレイはお金にあまり執着しない。

 友達がいると気軽に奢ってしまい、いつも貧乏している。


『明日の命は誰にもわからないから、今日を後悔しない生き方をする』が持論なんだ。


 だから、オレにくれたテリオネシスの剣だって、どうやって手に入れたか、未だもって謎だ。少なくとも買った物ではないだろう。

 そう考えると今回の儲け話も、お金を稼ぐというよりはゲームを楽しむという趣きが強いように思えた。


「そうそう、お金の話はともかく、リデルに伝えておくことがあって来たんだ」


 クレイは笑みを消して真剣な表情になる。


「イエナがダノン邸に囚われているのは、ほぼ確実だ。後は救出の機会を見極めるだけなんだが、それがなかなか上手くない」

「どういうこと?」

「ダノンが屋敷に寝泊まりする時は、護衛団も屋敷に詰めているんだ。あれじゃ、救出は不可能だ。だから、ダノンが外泊する日を調べている」

「いない日を狙うんだ?」

「そう、護衛団はダノンと行動を共にするからな。そうなれば屋敷の警備は手薄になり、助け出せる確率は高くなる」

「わかった。一緒に行動できないのは残念だけど、イエナのこと、よろしく頼むよ」


 オレは冗談も皮肉もなく素直に頭を下げる。

 クレイはオレの頭をくしゃっとさせて「もちろんさ」と言った。

 たぶん、オレの顔は確実に赤くなっていると感じながら、気になっていることをクレイに訊く。


「イクスの評判って、どうなの?」

「イクスか?」


 クレイは考え込む表情をしてから答えた。


「そうだな、街での評判は賛否両論だ。本当は強いという意見と、まぐれで勝ってきたという意見が入り乱れている」

「クレイはどう思うの?」

「オレか……見た目とは違って只者じゃないと思ってる」

「そう、あのさ……ヒューがね。自分を襲ったのはイクスだって、確信してたよ」

「そうなのか?」

「うん、間違いないって」

「そうか、それなら次のお前の試合前までに調べておこう。対戦相手の情報は不可欠だからな」

「よろしく頼むよ! オレも油断しないように気をつけるから」

「任せておけ、ところで、そのヒュー自体は大丈夫なのか?」

「試合後に会ったけど、命には別状ないみたい」


 それは良かった、とクレイは安心した顔をした後、そろそろ帰るとするか、と言いながら、オレをじっと見つめた。


「何?」


 クレイの視線にどぎまぎする。


「いや、何でもない……また、何かあったらソフィアを通じて、連絡してくれ」


 出口に向かおうとするクレイを押し留めて聞く。


「ソフィアさんって、クレイの何なの?」


 ずっと聞きたかったことを、思い切って訊ねた。


「ソフィアか? 古くからの知り合いの娘さんだ。信用していい」


 それだけの関係には、到底思えなかったオレは無言になる。

 クレイは訝しげな顔をしながら、続けて言う。


「お前からすると少しお姉さんになるが歳も近いし、仲良くしてやってくれ。俺にとっては『妹』みたいな存在だから」


 妹……妹なんだ!


「うん、わかった。クレイがそう言うなら、仲良くするよ。ソフィアさんって、凄く美人だよね」


「……まぁ、一般的に見ればそうかな」


 突然、テンションの上がったオレに、戸惑うクレイは相槌を打ちながら、出口に向かう。


そして、振り返ると


「リデル、頑張れよ。でも、決して無理はするな」


 にこりと笑って部屋から出て行った。


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